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おいでませ神様のつくるミニチュア空間へ  作者: 森羅秋
第五章九句 授け与えるカタストロフィー・エピローグ
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第321話 『食呪』の被害

 ファミレス席で章都しょうとが机に突っ伏し、糸崎が横に座ってよしよしと頭を撫でている。


「ううう……死んじゃった……ずっと応援していたのに……」


 一通りの業務を終えると、推しが死んだショックが一気にやってきてしまい悲しみのあまり号泣していた。泣きだすとなかなか止まらず、一時間ほどずっとあの調子である。


「そうね、残念だったわ」


 糸崎が当たり障りのない励ます言葉を綴る。

 

 リミット乙姫に熱狂していた姿を知っているため、職員は見て見ぬふりをする。

 そのうちに回復していつもの調子に戻るだろう。それまでは糸崎にフォローを任せていた。


 そこへ勝木が通りすがりに立ち止まった。困ったような表情を浮かべてから、ニカッとカラ元気のような笑顔を浮かべる。


 あ、と糸崎が声を出す前に


「気にするな章都しょうと! 初動が遅れてもちゃんと活躍できているじゃないか! お前は凄いぞ!」


 お節介であり余計な一言が章都しょうとに注がれた。


 落ち込んでいるから励まそうとしたのは十二分に伝わる。だがタイミングかつ言葉選びが悪かった。

 糸崎はあっちゃーと額を押さえる。


 案の定、章都しょうとが反応して顔を上げる。


「気にしてんだからあっち行け」


 充血した目で勝木をギッと睨み、怒気を交えながら呻く。


「お、おう……」


 気圧されて勝木が一歩下がると、糸崎が手でシッシとあっちへ行けと示した。


「こんな状態だから、放っておいて」


「そ、そうだな」


 励ましに失敗した勝木は肩を落としてトボトボと去って行った。

 章都しょうとはまた机に突っ伏して肩を震わせる。


「うっうっうっ、護符が役に立たなかった。内部から変化するなんて想像してなくて、うっうっ、ワタシ役に立ててない……うっうっ」


 糸崎はゆっくりため息をつく。


「いつまで泣いてるの? 死んだ人間は思い出にするか、即座に忘却しなさい」


「ユッキー辛口いいいい!」


 章都しょうとは涙でぐしょぐしょの顔を上げた。目で糸崎を非難する。


「死者よりも生者よ」


 糸崎は持っていたハンカチで章都しょうとの顔を優しく拭いていく。これで若干、見た目がまともになった。


「生き残った二人が新しいユニット作ったんだから、そこに全力投球、それか新たなユニットを求めなさいよ。腐るほどあるでしょうアイドルなんて」


「秋冬姫はもう応援してるしいいいい! お気に入りのアイドルなんて腐るほどいねーしいいいい!」


 紅葉と雪は『ミノリ姫』という新たなユニットを作り、二人で再スタートすると発表された。詩織・琴子・清美を絶対に忘れないというキャッチフレーズと、リミット乙姫の曲をリメイクして歌い続ける方針を出している。


「ならいいじゃない」


「だよなぁー。ワタシも全力応援だぜ!」


 章都しょうとがニカッと笑った。

 気持ちはとっくに前向きであると感じて、糸崎は首をかしげる。


「だったらアイドルは解決よね。だったら何でそんなに泣いているの?」


「だって部長にこっぴどく叱られたんだもんんん!」


「あ、そこ?」


「現場で不用意におかし食べたことや、初手で倒れたことをこっぴどく怒られちゃったんだもぉぉん! メンタル削れた! めっちゃ怖かった! 心臓が口から出た! 心臓握りつぶされるとか思った! 超こわ! こわ!」


 両手で、ダンダン、とテーブルを叩きながら、章都しょうとは身の縮む思いを表現すると、糸崎が肩をすくめた。


「部長が怒るのは当たり前じゃない。現場はどこに罠や毒が仕掛けられているか分からないのに、用意した物以外を摂取したんだから。しかもよりによって『例のグミ』でしょ。救いようがないわね。死ななかっただけマシよ、ふふん、お馬鹿さん」


 糸崎がせせら笑う。

 刺々しい指摘だが、これは生存を喜ぶ言葉である。バディ歴が長い章都しょうとには正確に伝わっていた。


「しかし悔しい! まんまと策にハマって初見殺しになったしーっ! 情けないーっ! ユッキーもっと慰めてくれー! ワタシの自尊心を上げてくれええええ!」


 章都しょうとは糸崎の腰に手を伸ばしてぎゅーっと抱きしめた。

 糸崎は迷惑そうな表情であるが、口の端がしっかり笑みを作っている。計画通りという背景が出てきそうだ。


「私が一緒だったらよかったのにねー。そうしたら絶対にグミ食べさせなかったもの。この、お・馬・鹿・さ・ん」


 章都しょうとの頭を撫でながら、糸崎は言葉攻めを開始した。それはアイドルにうつつを抜かした制裁も兼ねている。






 二人の会話に聞き耳を立てていた息吹戸いぶきどは、うわ、と思いながら首を左右に振った。

 SM関係という感想を浮かべつつ、聞こえてきた会話から事件の真相を推測する。


「現場での飲食は禁止。まぁ当然と言えば当然か」


 ペットボトル一つ、飴一つ、どれも毒が仕込まれていれば即アウトである。


 現場で辜忌つみきが動いている可能性を考慮して、自分たちが持ち込んだ以外の飲食は原則禁止とされていた。


 罰則はないものの、体調不良もしくは死亡により任務続行が不可能の場合は、職場的責任を問われて罰則が与えられることになる。


 彩里弥あやりやの場合は本人死亡のため罰則はなく、信頼の喪失により社会的地位が低下した、というものであった。一部の者たちからは『死んでお咎めなし』と陰口を叩かれている。


 息吹戸いぶきどは目に嫌悪の色を映した。


「愚かな責任者だ」


 津賀留つがるは死者を冒涜していいものかと迷ったが、


「そうかも、しれませんね」


 とやんわりと同意する。


「あとはグミを購入してその場で食べた観客の八割が従僕じゅうぼく化および転化症状を発症、およそ五十人が四の境界に逃走しました。はじまる前は飲食自由でしたので、食べた方が多いのでしょう」


「それは読んだ。一般人が従僕じゅうぼく化を半数以上討伐したんだっけ。でも蟲毒システムによって従僕じゅうぼく化してしまい倍増した。まさに鼠算式よね」


 殆どの一般人は穢れの耐性が低い。従僕じゅうぼく一体分の穢れが体内に入っただけでアウトだ。


 果敢に立ち向かった者達のほとんどが従僕じゅうぼくになったが、食呪を経由していないため人に戻すことに成功している。


「はい。四の境界で転化した人達は、従僕じゅうぼくを倒してから意識を失ったと証言しています」


 そこでパッと津賀留つがるが笑顔になった。


「この証言は息吹戸いぶきどさんが転化解除を行ったことで得られました。カミナシ各部署で賛辞が上がっています。いつもながら凄いですね!」


 息吹戸いぶきどは眉間にしわを寄せて黙った。褒められたくてやったわけではないため少々鬱陶しく感じたようである。津賀留つがるの反応を無視して、視線を画面に戻す。


食呪しょくじゅ従僕じゅうぼくに堕ちた人は、霊魂が影も形もなかった。なかなかエグイアイテムだけど侵略としては効果的な方法ね。今後も同じ手口で事件が頻発したはずだ。バレなければ防衛組織まるっと一つくらい壊滅できる)


 ここで息吹戸いぶきどが一笑する。


(しかし試験的なのか実験しかったのか分からないけどドジだね。私なら真っ先にアメミットかカミナシにばら撒いてみるけどな。少しでも悔しがっているといいなぁ)


 仮室けだいが大々的に宣伝したおかげで、屍処かばねどころが新しい呪具開発成功したことを各防衛組織が認知することができた。

 次に同じ事を行っても、その時はこちらが有利となるはずだ。


 津賀留つがるはジッと、にやにやと口の端が緩んでいる息吹戸いぶきどを見つめる。こんなに凄惨な事件なのに楽しそうだなと感じて苦笑した。


読んで頂き有難うございました。

次回は6/22更新です

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