第315話 何が出るかな。グミ!
呼びかけても、津賀留は気持ちよさそうに眠っていて起きる気配がない。
瞼がぴくぴく動いている。
レム睡眠中で、何か夢を見ているかもしれない。
「仕方ありません」
加無木は五センチ角の紙を取り出し、指でピッと弾く。
紙が瞬く間に折り込まれ折り鶴になると、一直線に飛んで津賀留の顔に突撃した。くちばしが額に刺さると、
「いった!」
針を刺したような、チクッとした痛みに悲鳴を上げて目を覚ます。
折鶴はただの紙に戻り、津賀留の膝の上に落ちた。
息吹戸は手を伸ばし折り鶴をひょいっと拾い上げて、折り目を解いて開いた。何も書かれていない。呪文が描かれていると期待していたため、裏切られた気分になった。
「いたいー。なにかが当たって……あれ?」
津賀留は両手で額を押さえながら周囲を見渡した。
「おはようございます。到着しました」
最悪の目覚めを与えた加無木が淡々と挨拶を述べる。表情筋が固定されているのか終始無の表情を崩さない。
そのため彼が怒っていると感じた津賀留は、前髪を右手で整えながら、
「す、すみません。起きました」
と申し訳なさそうに謝った。
「いえいえ。お気になさらず」
加無木が少しだけ目尻を上げた。本人は微笑んでいるつもりだが大変わかりづらい。
「お二人ともすぐに報告したいでしょうが、まずは医療室に向かい、メディカルチェックとメンタルチェックを受けてください。私がご案内します」
言い終わるとすぐに、加無木は運転席から降りて息吹戸が座っている側に立つ。ドアを開けると右手を伸ばし「お手をどうぞ」と促した。
「……気遣いどうも」
エスコートだと分かったが、息吹戸はその手を取らずに立ち上がる。
加無木は気分を害した様子もなく、ぺこりと会釈をしてから反対側へ向う。津賀留をエスコートしようと思ったが、彼女は自分でドアを開けて降りると小走りで息吹戸に駆け寄った。
完全に入れ違いになってしまったが、加無木は気にすることなく「では医療室へ」と声をかけた。
津賀留は素直について行くが、息吹戸は動かない。
加無木は振り返って問いかけた。
「何か疑問がありますか?」
「先にオフィスに顔を出したいんだけど」
報告は後回しでも良いが、本部に戻った旨だけは伝えたかった。しかし加無木は「今は無理です」と小さく首を振る。
「顔をみせるだけでも駄目なの?」
息吹戸が気難しい表情になると、加無木が神妙な顔になり姿勢を正した。
「玉谷部長は他箇所で緊急案件が発生したためそちらに向かっており、現在席を外しています」
津賀留が驚いて「え?」と声を上げるその横で、息吹戸の目が鋭く光る。
「本部に戻るのはおそらく明日。そのように聞いていましたので、先に検査を受けるほうが時間短縮になるとこちらで勝手に判断しました」
「部長に声がかかるほどのことが……? 何があった?」
「恥ずかしながら、自分は詳細を知りません。上司に貴女方を送迎するように言われ、玉谷さんについて問われたらそう答えるように指示を受けただけです」
息吹戸は加無木見据えるが、彼は顔色一つ変わらない。
「そして今からご案内する医務室に玉谷さんから手紙を預かっています。詳細は御自分の目で御確認ください」
「わかった。医務室に行くから、案内よろしく」
玉谷がやりそうな段取りだと感じた息吹戸は、医務室に向かうことを承諾した。
本部正面玄関から中に入る。多くの者が出払っているのか一階に職員の数は少なかった。
三人一列に廊下を進んでいる途中で、津賀留が「あ!」と声をあげて立ち止まったので、息吹戸と加無木が振り返って彼女に注目する。
「そうだったー」
津賀留はズボンのポケットに手を突っ込んで何かを取り出した。
「息吹戸さん、これ見てください」
両手で隠すように握りながら、足取り軽やかに息吹戸の傍に寄って、ズイっと差しだす。それは三.五センチの半円の大粒グミ……『乙姫心のアモールグミ』であった。
「ライブ限定のグミをいただいたんです! 美味しいと評判なのでぜひ息吹戸さんに食べていただきたいと思い、持って帰りました。よろしければ受け取ってください」
息吹戸が反応を示す前に、加無木が興味深そうに津賀留の手の中を覗き込んだ。
透明な小袋で包装され、オレンジからブラッドオレンジにグラデーションになっている。
見ていると食べたい欲求が沸き上がったので、加無木はグミから目をそらした。
「それは確か、チケット購入者のみ買えるという噂のグミですね。津賀留さんも買えたんですか?」
ギクリ、と津賀留の表情が強張る。だが嘘をついても仕方ないので正直に答えた。
「……いえ、これは製造工場宣伝担当の樹錬さんから。スタッフ全員に配っていた時に頂いたんです」
「スタッフ全員に配られ……つまりスタッフと間違えられたということですか? カミナシの制服で向かったのに?」
加無木が疑問符をつけたので、津賀留がちょっとだけ口をもごもごさせてから、
「私もその、はい、その時はスタッフ証をかけていたので頂けたんです……ええと、プチトラブルがあって制服がボロボロになりまして、だから身分証代わりに……」
と端的に事情を述べた。
制服をボロボロにした結果のグミ入手は、決して褒められることではない。
加無木は半分呆れたような眼差しを浮かべるも、
「なるほど、トラブルが良い結果をもたらしたと。レアゲット御目でとう御座います」
幸運を掴んだことを称賛した。
「えへへ。そう言って頂けると嬉しいです」
と津賀留ははにかんだ笑顔になった。
和やかな空気の中、息吹戸だけは表情を強張らせていた。
恐ろしいモノを見るような眼差しで差し出されたグミを凝視する。
読んで頂き有難うございました。
次回は6/1更新です
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