第304話 蟲毒システム解除
生還アナウンスを聞いた祠堂は、安堵から全身の力が抜けて、頭を地面につけながら遠くを見つめた。
「そうか、生還できた……」
変形した名残は、一部の髪色が青くなっていること、チョコブラウンの目に少し赤みが強くなっていること、身長が少し伸びたことであるが、息吹戸が教えることはしないため、祠堂が気づくことはない。
すぐに気づく点をあげるなら、転化時に身体が膨張したことで服が破けてしまい、布切れになってしまったことだろう。
殆ど裸であるが、幸いなことに体を少し起こしたことでジャケットやスーツなどが腰と臀部に集まり、大事な部分を隠すことに成功していた。
「すごいな。マジで助かるとは思わなかったぞ」
いち早くそれに気づいた章都が、腰に巻いていたカミナシジャケットを解きながら祠堂に近づいた。
「体はどうなって……っ!」
祠堂は手のひらを見る。受けた傷は治っていなかったが人であった。口元を触ってみてもいつもの顔の手触りである。ホッとしたのもつかの間、
「あ、まだ動くの駄目。そのままで」
息吹戸が声をかけた。
裸についての注意ではなく、首元にある鎖についての警告だ。まだ蟲毒の術が稼働している。
解除するため顔の近くで片膝をつくと、驚いた祠堂が反射的に頭を起こすので、
「動くなって言ってんだけど?」
息吹戸が祠堂の耳を手で押さえて、ガンっ、と地面に押し付けた。
「うっ! なにすんだ!」
痛みにイラっとした祠堂は息吹戸を睨む。
「蟲毒の解除をするから、そのままジッとしてて」
「蟲毒の……?」
意外な言葉を聞いて、祠堂が目を丸くする。
「がいさいと一緒に蟲毒術も受け継いだって、考えたらわかるでしょ?」
息吹戸は淡々と現状を述べてから、祠堂の首を触った。
「な!?」
びくっと祠堂の体が跳ねたが、
「いやだから、首にあるんだってば。ジッとしてて」
息吹戸は面倒だと言わんばかりに眉をひそめた。
これ以上何か言うと殴られると気づいて祠堂は黙る。細く白い指がゆっくりと皮膚を撫でるので、恥ずかしさとムズムズする気持ちが湧き上がり頬が赤く染まった。
見上げると息吹戸が至近距離で見下ろしている。そして、たゆんとした胸が間近にあり祠堂は生唾を飲み込む。邪念を振り払うため目を瞑って現実逃避した。
「えーと?」
息吹戸が首筋を触ると、文字列が集まり魔法陣となった。
(意味は『将帥は汝なり。だが汝は贄でもある。数多の贄とともに坩堝にて相食みから創造され、汝は新たな神と成れ』か。まぁ、バトロワだから誰が神になってもいいよってことかな。なんだ結構作り簡単じゃん、普通に消せる)
「鏡よ、意味を消滅させて」
祠堂の真上に十センチの青銅鏡が現れる。
鏡面から光が注がれると、魔法陣がショートを起こしたように火花を散らして消滅した。
すると景色が小刻みに動き始める。
分解されるように沼地の風景と空間の境界も消えていき、本来の街並みが出現する。空にあいた穴がしぼんで夜空が広がり、急に辺りが暗くなる。
侵略されていた一帯は電気の供給が経たれているため、これが本来の景色であるが、隊員たちがすぐに光源を出現させたので、真昼のように明るくなった。
蟲毒システムが環境汚染の要のため、解除することにより敵の罠を全て突破することができた。
「お疲れ様、もう動いていいよ」
息吹戸は終了の合図を伝えてから立ち上がり、祠堂から離れる。用がなくなったので津賀留を探しに行くつもりである。
「あ……」
祠堂が目を開けると、もう息吹戸は移動を始めていた。
助かったことにホッとしたものの、任務以外興味がないという態度をみて、ちょっと悲しくなった。
すぐに追いかけようと上半身を起こし、膝を曲げたところで、章都が「ほらよ」と腰にジャケットをかける。
「たちまちはそれを着てろよ」
「え?」
祠堂がきょとんとすると、章都がにっこりとした生暖かい笑顔を向けてきた。
「ああ、分かってないんだな。それ以上動くと股間のモノが顔を出すから腰に巻いとけって言ってんだ」
「え?」
祠堂はゆっくりと下半身をみて「はあ!?」と声を上げた。
あのまま立っていたら大惨事になっていたと真っ赤になる。散らばっている布と自身の身体を交互にみて悲鳴じみた声を出した。
「服がない!?」
「転化したときに体膨れたから破けたんだよ。うまいこと見えてないから安心しろ」
章都がケラケラ笑うと、祠堂は「ぐぅ……」と呻いて頭を抱えた。
「かっこつけたのに裸だと締まりが悪いだろ。気を利かせてやったんだ、ありがとうは?」
「どうもありがとよ!」
祠堂は苦々しく思いながらも、ジャケットを腰に巻いて前と後ろを隠してから立ち上がった。裸でミニ巻スカートという異様な姿である。
「使い終わったら返した方がいいか?」
一応聞き返したら、章都は嫌そうにへの口になる。
「捨ててくれ。アンタの股間の汚れがついた服なんてクリーニングしてもまっぴらごめんだ」
一瞬意味が分からなかった祠堂だが、ハッと気づいて怒鳴った。
「汚れねぇよ!」
「はー、どうだかねー」
「だったら徹底的に、跡形もなく、燃やしてやるからな! あとで返せって言われても無理だからな!」
盛大に怒鳴ってから祠堂は顔を背けて両手を組んだ。
章都は微笑しながら頭を掻いて、火模露と班目に呼びかける。
「アンタら見たら分かるだろ? 祠堂はもう大丈夫だから結界消して攻撃解除しろよー!」
隊員はざわざわと騒めき、指示を仰ごうと火模露と班目に注目する。
「そう、みたいね……」
合わせ鏡の神鏡に呆然としていた班目だったが、呼びかけられてすぐに「今を以て戦闘終了」と周囲に宣言した。
「さぁ。後片付けだな」
火模露は腰を押さえながら班目に近づいた。ニコニコしている彼とは対照的に班目は不安色が濃い。
「ねぇ火模露。息吹戸さんが使っていた能力は……」
「神鏡だ。禍神転化を解除できるなら相当力が強い。世界で十本の指に入るかもしれない」
班目は「そうよね」と頷きながら、不思議そうに聞き返す。
「磐倉家や火模露家と同じ力が何故、彼女に? 息吹戸家で神鏡能力者がいたのかしら?」
「おそらく母方だ。磐倉家から枝分かれした血筋だという話を聞いたことがある」
火模露の説明に頷く班目だったが、ふと目を伏せた。
「だけど、今まで一度でも神鏡を見たことがあったかしら? 息吹戸の家系は荒魂と攻撃能力が殆どだったはず……」
「たまーに浄化系の能力者も出てくると聞いたことあるけど、あれは別格みたいだ。俺は浄化能力を受け継げなかったから…………羨ましいな」
班目はふと火模露が含んだ言い方をしていることに気づいた。なのでもう少し話題を引き延ばしてみる。
「彼女の性格上、素直に出すとは思えないけど、危機の時は能力を出し惜しみしないはず。何故今まで隠していたのかしら?」
「さぁ。それは俺にも分からないが、確信を持って言えるのは……。彼女に神鏡を与えた師は、おそらく彼女自身だろうってことだ」
「どういうこと?」
班目が困惑した眼差しを向けると、火模露は苦笑を浮かべて彼女の肩をぽんと叩いた。
「さぁ、喜熊も起きただろうし、後始末に入ろう」
話を終わらせた、と感じて班目がため息を吐く。
「そうね。後始末をやらなきゃ。頭が痛いわ」
大掛かりな戦闘が終わった後は、生き残った従僕討伐及び、禍神とその被害状況や調査任務に変更される。
「そのためにまず祠堂の保護だ。服を着させて休ませないと動き回るぞ」
「がってん!」
火模露と班目は駆け足で祠堂の元へ向かったが、タッチの差で走り去られてしまった。二人は「ちっ!」と舌打ちする。
後を追いかけようとしたが他の隊員から指示を求められしまい、後ろ髪惹かれる思いで仕事に戻った。
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次回は4/23更新です
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