第300話 勝っても負けて……?
章都と祠堂が事の成り行きを眺める中、
「祠堂お手柄だな! すぐに転化解除専用職員がくるから待ってろ!」
遠くから馴染みのある声が聞こえたので、祠堂が慌てて振り返る。
走ってくるのは、辜忌対策第一課課長を担っている火模露庵だ。
二十六歳の男性で百七十四センチの長身、肩まで伸びた赤い髪が一つにくくられているがぼさぼさだ。筋肉質の体にあちこちに包帯が巻かれている。
「みこちゃぁん! すっごい! 頑張ったねぇ!」
その後ろから、辜忌対策第一課課長を担っている班目マナビが、手を振り上げながら、松葉杖を駆使して小走りでやってくる。
二十六歳の女性で百六十センチ、細い顔、足首まで伸びる髪、細い体に細い手足が印象的である。
二人とも声が大きく、喧騒の中でもよく聞こえた。
祠堂は喜びを前面に出して立ち上がった。
「火模露さん! 班目さん! ご無事でよかった」
この二人は課長の任についたときに手厚い指導を行ってくれた先輩だ。
治療のため途中で退却していたが、元気そうでよかったと安心する。
「うっわー。今更きたのかよ使えねぇやつらだ」
その横で、章都が自分のことはまるっと棚に上げて大きな声で毒づいた。彼らが嫌いなため、苦虫を噛みつぶしたような顔になる。
祠堂はイラっとしたので無視を決め込んだ。衝突しないコツは適度にスルーすることだ。
反応がなかったので章都は赤耳がいさいに視線を戻した。
隊員達の攻撃により鱗がズタズタになっているが致命傷という傷は見当たらない。あれじゃダメージにならないなと嘲笑った。
「なぁなぁ、結局、どっちが仕留めたと思う?」
問いかけてみたが祠堂は無視をしている。
章都は靴の先で祠堂の脛をコンコンと蹴ってから同じ質問をした。
迷惑だと言わんばかりの渋い顔をしてから、祠堂は「知るか」と毒づいて、額の汗と血を拭った。
冷や汗がまったく止まらないため、血が落ちて本来の顔色がでてくる。
「ちょっと聞いてくれよ」
「嫌だ」
「あの龍、好きなアイドルの子だったんだよ」
章都は祠堂に全く配慮しない。拒否しても勝手に話し始める。
うっかり話に耳を傾けてしまうのは、祠堂が真面目だからだ。
「推し活はワタシの生きがいなの知ってるよな? あれはデビューする前から応援してた最推しの一つだったんだ」
「そうかよ」
「だからワタシが詩織ちゃんにトドメ刺したかったんだ。彼女がこれ以上、血で手を染めないように。あとワタシが殺したので彼女は永遠にワタシのモノだし」
章都は悲しそうに呟くが、祠堂は推しでも嬉々として殺すのかとドン引きしていた。だが討伐の心構えとしては文句のつけようもない。
リアクションに困って、頷くだけにとどめた。
その時、赤耳がいさいの体から光が飛び出して、巨大な光の噴水イリュージョンのように高々と空に昇った。
量の多さに誰もが度肝を抜かれ、これはすぐ転化してしまうと恐れ慄いた。
「おやー、これは……予想以上に、多いぞぉう」
光の噴水を見上げて、章都は顔を引きつらせた。横に大きくジャンプして三メートルほど祠堂と距離を開け、どちらにより多く集まるのか調べる。
「これは駄目だな」
祠堂は苦笑いをする。覚悟していたので慌てることもない。
勢いよく上に昇った光の洪水は、ある程度の高さになると二股に別れて降ってきた。落下地点は章都と祠堂である。
攻撃した隊員達に殆ど光はやってこないため、無効判定のようだ。
章都は観念したように手を額に当てる。そして憐れむように祠堂をみた。
「あっちゃー。やっぱこうなった。アンタ間違いなく死んだな。そうだ、死ぬ間際にワタシの胸触らせてやろうか? ほれほれ、こうやって手も挟めるぞ!」
祠堂はブラジャーに包まれている豊満な胸をチラリとみてから、呆れながら首を左右に振った。
「うるせぇ痴女、最後に見たのがお前の胸なんて吐き気がする。あっち行け」
「なんだぁ。胸に喜ばないオトコもいるんだな」
章都はぼさぼさになった髪をかきあげた。焦げた臭い匂いに顔をしかめると、何かに気づいて真剣な眼差しになり、股間に握りこぶしを引っ付ける。
「もしやこっち系か……っ!」
「お前もう喋るな!」
祠堂が泣きそうな声でツッコミを放った。
しょうもない下ネタを話していても、光は待ってくれない。
滝に降り注いでくると、途方もない圧が全身を包む。
息苦しく体が熱い。全身から汗が吹き出し、視界が三十重にずれてしまい立っていられなくなる。
章都はふと、体内に蠢く感触は照明の光を受けた後とよく似ていると感じたが、違うと思い直す。威力が弱まっていったからだ。
章都は転化強い耐性がある。普通は殆ど影響を受けない。
外部は身体に根を張るので、肉体が拒絶反応を起こし防御、その結果、転化を無効化する。
だがこの度のドームで起こった転化は、内部すなわち霊魂に根を張った。
そのため肉体防御をすっ飛ばして、唐突の重度転化症状、もしくは従僕化に至る。
何が原因だったんだ、と会場の様子と己の行動を振り返る。
何も浮かばないまま、痛みが治まる。
章都は手で額の汗を拭った。
現在の転化率は四割といったところだ。右手のみの人狼に代わっているが、この程度なら支障はない。
「いつもと同じように感じるが、どこかおかしい。でも分からん」
やれやれと首を左右に振っていると。
「が、ああああああああっ!」
雄叫びが聞こえて、章都は弾かれたように横を向いた。
そして息を飲む。
読んで頂き有難うございました。
次回は4/9更新です
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