第30話 貴方と私の関係
「ええと。誰だっけ? …………あ! 祠堂さんって人」
(ずっとヤンキーお兄さんと呼んでいたから、危うく本名を忘れるところだった。危ない危ない)
またしても玉谷の目が点になる。
「……ビルの中で祠堂に会ったのか?」
彼の事だ、出会ったのは偶然ではあるまい。どうやって息吹戸の動きを把握したのか。
第一課も息吹戸の足取りを追っていたが、中々掴めなかった。俄かには信じられない話だったが。
「うん。私の事をファウストの現身って言ってたよ。それが私の本名なの?」
その名を言う奴は祠堂だけだ。と玉谷は確信した。
「それは二つ名だ。お前は二つ名が沢山在るが、そのうちの一つだ」
「二つ名か。ふふふ、中二病っぽい。かっこいい」
息吹戸はクスクスと楽しそうに笑う。
名前で呼ばないことに腹を据えかねて静かに怒る、いつもの姿ではない。と、玉谷は少し絶句してから、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「そうか……彼が協力したのか」
恥をかかされた事を忘れない、絶対、目に物見せる。と、祠堂が宣言したのはいつだったか。
それ以降、任務中に勝手に割り込み、突発的に息吹戸に勝負を挑むようになった。
突然乱入してくるので正直迷惑だが、真っ直ぐな性格なので、正面切って正々堂々とやってくる。こそこそと裏で彼女を陥れるような真似はしないはずだ。
だが、息吹戸に協力する性格でもない。協力したという話自体が眉唾物だ。
「俄かには信じられない話だ」
「本当ですよ! 津賀留ちゃん助ける為に囮になってくれました! 頼りにさせてもらいました!」
力説する息吹戸を見て、玉谷は頭痛がするように、先ほどよりも深い皺を眉間に寄せながら片手で額を隠した。
あり得ない彼女の姿に、思考が少し悲鳴をあげた様だった。ついでに胃痛もするので、みぞおちを握りしめる。
突然弱った玉谷を見て、驚いた息吹戸は慌てながら腰を浮かせる。
「だ、大丈夫ですか部長さん!? 顔色悪いですよ?」
誰のせいだと言いたいが、今回は息吹戸に落ち度はない。
彼女の見慣れない態度に、玉谷が勝手に頭痛と胃痛を感じているだけだ。
「なんでもない」
ため息交じりに答えると、玉谷は息吹戸をじっと観察する。
外見は彼の知る部下で間違いないが、内面は別人のようにしか思えない。彼女が演技をしていると仮定しても、その理由が皆無だ。
ましてや純粋で世間知らずな雰囲気を出すのは、彼女の生い立ちを考えればまず無理である。
何をどうすれば、あれだけ排他的な性格がこうも温和に変化するのか。
話すだけで疲労困憊に陥った玉谷は、ソファーの背に体を預けた。
「嘘、ではないな」
「嘘ではないですねー。逆に嘘だったら楽ですわ~。こうやって部長さんに本当の事を言わずに、頃合いをみて一人で生きる選択肢もあった、かもだし」
「な……!」
玉谷がショックを受けたように目を見開いたので、息吹戸は慌てて否定をする。
「あ。いや。今のは冗談というか、噓です。あってもやらないです。記憶無いので絶対にやらないです。頼らせてくださいお願いします」
テーブルに両手をついて謝ると、玉谷の胃痛が酷くなった。思考を空っぽにさせながら彼女を眺めて、「そういえば」と言葉を続けた。
「儂の事は最初から部長と呼んでいたが、それは何故だ?」
息吹戸は体を起こして背筋を伸ばす。
「あー、それも津賀留ちゃんの時と同じです。貴方をみた瞬間、頭の中で『父親のような部長』って浮かんだんです」
そこまで言って、口を紡ぐ。
(ついでに、関係性を聞いておこう。今聞かないと後悔しそうだし)
ほんのり胸に感じる淡い想いは、返答次第でなかったことに、今なら出来る。
「貴方は私の父親代わりだったんですか? それとも、接し方が父親みたいだったんですか? それとも、本当は父親?」
「……!」
玉谷は深くショックを受けたように表情が消えた。そのまま深く体を曲げる。
「それも、覚えていないのか……。そうだよな。質問に答えられないということは、そういうことでもあるか……」
あまりにも落胆され、息吹戸は「す、すいません」とどもりながら謝る。
玉谷は顔をあげて、悲しそうに微笑みながら首を左右に振った。
「儂はお前の父親ではない。義理の父親だ。まあ、養子に迎えていないので、父親というよりも後見人の立場だが」
「なんと!? 私の義理の父だったのですね!」
(やっぱりーーーー! そんな気がしてたあああ!)
息吹戸は内心絶叫した。
向ける眼差しが妙に暖かかった答えが出て、嬉しいような、残念なような。
(この段階で分かって良かった! 恋の蕾はすぐ消せる!)
と、すぐさま蕾を握りつぶした。
(さようなら。恋しなくてよかった。危ない事はしちゃいけない)
でもちょっとだけ、創作のネタになるかな? と思って脳内の押し入れには突っ込んでおく。
もう少しここに慣れたらまた創作活動再開しようと心に決めて。