第3話 閃く天の啓示
『ウウウ、アアアア』
ゾンビが叫ぶ。
だが話しかける程度の声では、いまいち迫力がない。
叫び終わると口を大きくあけた。犬歯のように尖った歯の奥から、触手のようなモノが伸びてきた。
五センチほどの長さであるが、小さな口がついている。ぬるりと蠢くその口は、ヤツメウナギのような牙がびっしりとついていた。
(インナーマウスだと!? 寄生型なの!?)
ヤツメウナギの口で吸いつかれると、筋肉はもれなくミンチになるだろう。
素手は無理、『私』はそう判断して、戦うのを放棄。来た道を戻った。
『アアアアア!』
ゾンビたちはくぐもった叫び声をあげ、手足をばたつかせながら全速力で追いかけてくる。
しかし緩慢な動きのため速度は出ておらず、幼児の全力疾走並みだ。
距離はあっという間に開いた。
(……後ろ気になる。ちょっと速度緩めてみよう)
『私』は速度を落としながら肩越しに後方を見て、思わず「ふ」と笑った。
手足をばたつかせ、コミカルな走りをするゾンビ集団は、さしずめコントのオチのようだ。
とはいえ、それは傍から見ればの話で。
後方から追いかけてくるゾンビたちは、十分に危機感を募らせる存在である。
(うーん、寄生型ゾンビかぁ。最悪。逃げた方が無難だね)
『私』はスピードを上げた。
最初はぎこちなかった足の動きもスムーズになり、颯爽と通路を駆け抜ける。
短距離選手のような速度を維持すれば、ゾンビたちを引き離すまでそう時間はかからなかった。
数分でゾンビを振り切ったので、ゆっくり速度を落とした。
少し息があがっていたので呼吸を整える。
「はぁはぁ……ふぅ。振り切れたなんてビックリ。この体、戦闘に特化している感じがする」
『私』自身も驚くほどの俊足であった。動体視力も良いので、常に走っている先を見据えることもできた。
ただ一つだけ難点をあげるなら、かけ慣れていない眼鏡が少し邪魔である。
「それに……動いて息が上がるなんて、今まで体験したことがない。こんなこと初めて」
肉体から伝わる感覚に疑問を持った途端、思考に霞がかかった。
目眩がして、『私』は手で額を押さえる。
(……? 恐らく私は何か大切なことを忘れている。何か重要なことを見落としている。でも何も分からない。思い出せない)
数秒考えたが、すぐに諦めた。
「ん。まぁ、夢なんだから時間がきて目覚めればいいよね。で、ここはどこだ?」
通路の色と質感が変わっており、奇妙な落書きが壁を波打っていた。 いつの間にか違うエリアに来てしまったようである。
シーンと静まり返るので、耳がキーンと鳴った。
(どこをどう走ったか全然分からないぞ。道は合ってるのかな?)
通路を歩いていくと、途中で壁に切れ目があった。
人が通れるギリギリの隙間があり、覗き込むと上に行く階段が見えた。
「まじか。下に降りる階段がない。登りしかないとかあり得る? でもきっと、ここが正解のはず」
細い身体でスルリと隙間に入り込んだ。
四角いスペースにぽつりと、階段だけがある。小さな段と簡易な手すりは、小学校の階段を彷彿とさせた。スペースを調べてみたが、やはり上へ上がる階段しかなかった。
『私』は罠を警戒して階段を見据える。
段の途中で左に折り曲がっていると思った直後、
――妹分を助けに屋上へ行け!
突然頭に響く女性の声に、ぐるんと『私』の視界が一転して。
体の内側から、何かのピースがカチッと嵌った。
天からの啓示が降りてきたような感覚を覚え、『私』の目に強い光が灯る。
(そうだ。私は……妹分を助けにきたんだ。そのためにここに来た。それができなければミッション失敗だ。妹分が『誰』で、どんな『顔』をしているのか。どんな『危険』が発生しているのか、詳しい情報はさっぱり分からない。でも行かなきゃ。私じゃないと助けられない展開なんだろ?)
『私』は誰かに背中を押されるように、一気に階段を駆け上がった。
「あれ?」
しかし上がった先は通路しかなく、上の階に進む階段はなかった。
『私』が困惑気味に左右を見比べていると、
「そうだった。各フロアに点在する階段を探して、上がらないといけなかった」
口から言葉が出てきた。
記憶が戻ったわけではない。自然に、勝手に、動いたのだ。
『私』はぽんと手を叩いた。
(なるほど。ステータスオープンの代わりに、言葉で指示をするんだ! 斬新なシステム! そうと決まればさっさとミッションを進めよう)
ゾンビに追いかけられつつ、階段を探して通路を駆け抜け、上へ上へと急いだ。
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