第3話 閃く天の啓示
「ウウウ、アアアア」
ゾンビが叫ぶ。しかし話しかける程度の声では、いまいち迫力がない。
叫び終わると口を大きくあける。歯は全て犬歯となっていた。
更に喉の奥から五センチほど伸びる小さな口が現れた。小さい口はヤツメウナギのようにギザギザの牙がびっしりとついている。
(インナーマウスだと!? 寄生型なの!?)
ヤツメウナギの口で吸いつかれては、筋肉がミンチにされるだろう。
素手は無理と判断した『私』は、回れ右をして来た道を戻る。
『私』が逃げると察知したゾンビは「ウウウ、アアアア!」とくぐもった叫び声をあげ、手足をばたつかせながら追いかけてくる。ただ、緩慢な動きのため速度は出ていなかった。
ガチャ、ガチャ、ガチャ。
と、複数のドアが開いた音が聞こえ、『私』は肩越しに後方を確認する。
ドアから出てきたのは同じゾンビ。男女五体が追手に加わった。
手足をばたつかせながらコミカルな走りをする集団は、さしずめコントのオチのようだ。
とはいえそれは傍から見ればの話で、後方から追いかけてくるゾンビたちは、十分に危機感を募らせる存在であった。
(うん、人間を攻撃する寄生型ゾンビかぁ。最悪)
『私』は逃げるが勝ちと言わんばかりに、颯爽と通路を駆け抜ける。
短距離選手のような速度を維持すれば、ゾンビたちを引き離すまでそう時間はかからなかった。
数分後、『私』はゾンビを振り切ったことを確認して、ゆっくり速度を落とした。
「ふぅ。振り切ったみたい」
『私』がびっくりするほどの俊足であった。動体視力も良いため常に走っている先を見据えることができた。
難点をあげれば、かけ慣れていない眼鏡が少し邪魔に思えるくらいであった。
(うーん。この体、予想以上に戦闘に特化されている感じだね。で、ここはどこだ?)
商業施設の内装ではあるが壁の色と質感が変わっている。落書きとまではいかなが、奇妙なペイントが波打っていた。
先ほどと違うエリアに出たので、『私』は立ち止まる。シーンと静まり返るので耳がキーンと鳴った。
(どこをどう走ったか全然分からないぞ。道は合ってるのかな?)
はぁ、はぁ、と少し息があがっていたので呼吸を整えた。
深呼吸を行いながら、『私』は首を傾げる。
(動いて息が上がるなんて、今まで体験したことがない。こんなこと初めてだ。夢の設定が進化したのか?)
肉体から伝わる感覚に疑問を持った途端、思考に霞がかかる。『私』は目眩がしたように手で額を押さえた。
(……? 恐らく私は何か大切なことを忘れて、何か重要なことを見落としている。でも今の段階では分からない)
思い出そうとして数秒考えたが、すぐに諦めた。
「ん。まぁ、夢なんだから時間がきて目覚めればいいよね」
代わり映えのない通路を歩いていると、壁に切れ目があることに気づいた。人が通れるギリギリの隙間である。
覗き込むと上に行く階段があった。
「まじか。下に降りる階段がない。上に上がるしかないとかあり得る? でもここだよね」
細い身体でスルリと隙間に入り込む。
階段は小学校の階段を彷彿とさせた。四角いスペースは上へ続く階段のみである。
『私』は上を見あげる。段の途中で左に折り曲がっていると思った直後、
――妹分を助けに屋上へ行け!
突然頭に響く女性の声に、
「!?」
ぐるんと『私』の視界が一転して、何かのピースがカチッと嵌った。
「そうか」
天からの啓示が降りてきたような感覚を覚え、『私』の目に強い光が灯る。
(そうだ。私は……妹分を助けにきたんだ。そのためにここに来た。それができなければミッション失敗だ。妹分が『誰』で、どんな『顔』をしているのか。どんな『危険』が発生しているのか、詳しい情報はさっぱり分からない。でも行かなきゃ。私じゃないと助けられない展開なんだろ?)
『私』は背中を押されるように、一気に階段を駆け上がった。
「あ、れ?」
だが次の階に進む階段がなく、新たな通路が伸びていた。
「そうだった。各フロアに点在する階段を探して、上がらないといけなかった」
『私』の口から勝手に言葉が出てくるが、記憶が戻ったわけではない。
(なるほど。ステータスオープンの代わりに、言葉で指示をするんだ! 斬新なシステムだ! そうと決まればさっさとミッションを進めよう)
『私』は階段を探すため通路を駆け抜け、見つけるたびに上の階に駆け上がった。
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