第2話 定番のゾンビと遭遇した
真っすぐ伸びた通路を進むと、突き当りに差し掛かった。
左に曲がるようだが、『私』はすぐに飛び出すようなことはしない。
出会い頭に何かがいるのがホラーの鉄則である。
まずは壁に張り付いて耳を澄ませる。
詰まったような音が、微かに周囲に漂っているだけで、気になる様な音はない。
曲がり角の向こう側を覗くと薄暗いが通路の奥がみえる。
灰色のドアが左右に並び、通路の奥の奥まで伸びていた。
(商業用施設かと思ったけど、どっちかといえばホテル? 変な間取り)
何も潜んでいないようなので速足で進むが、なかなか通路の終わりがこない。
変わり映えのない景色が続いたので、足を止める。
(……無限ループかも? 引き返して別の道を探そうかな)
そう思った直後、前方から妙な気配がして『私』は眉を顰めた。
ドアの中から何かが近づいてくる音。
がりがりと硬いものを爪で引っ掻く音。
それが並んだドアから通路に響いていると気づいて、『私』に緊張が走った。
彼女の表情に恐怖はない、むしろ。
(これは警戒しなきゃ……何が出てくるのかワクワクする! リアルお化け屋敷!)
期待感を抱いてしまったために『私』の口角がゆっくりと上がる。
おもむろに腰回りを触って、何かに気づいたように目を見開いた。
(武器がない……。ポケットに何か持ってない?)
ポン、ポン、とシャツとズボンのポケットの上を叩いてみたが、武器になるものはなかった。
(こんな場所にいるのに、何も持っていないとは……しまったなぁ)
ホラー夢と分かった段階で武器を探すべきだったと後悔する。
(ミスった。生死を賭けた戦いが一つか二つくらい、ストーリーであるというのに。仕方ない。素手で倒せる相手……何がいるかな?)
おそらく敵は、人間・死霊・モンスター・クリーチャー・邪神のどれかであろう。
建物の雰囲気、聞こえてくる音、人間のうめき声から推測すると、ここにいるのはゾンビだ。
(……囲まれなければ打破できるけど、ステゴロは避けたい)
映画、ゲーム、アニメの影響を受けているためか、ゾンビと肉弾戦をしてかすり傷を負うと感染してゾンビになるという、変なところにリアリティがあった。
今回も絶対に適用されていると、ため息を吐く。
ガチャ。
音がした。
距離にしておよそ三メートル。
二つ向こうのドアだと思った瞬間――通路の空気が一つのドアに流れていく。
じっと見ていると、音もなく、ゆっくりとドアが開いた。
ずり……ずり……ずり。
引きずる様な音の後で、ドア枠を人間の手が掴んだ。
俯いたままの人間が出てくる。シャツにジーパン姿の短髪男性、おそらく三十代。
『私』の気配を察したのか、ふらつきながら顔を上げた。
肌の色は真っ白で血の気がなく、あちこち黒かった。
鼻と口からどす黒い血液が流れており胸にとびっている。
ひどい猫背で肘を曲げたまま腕を前方に伸ばしており、ぷるぷるした煮凝り状の赤い液体が、体のいたる所に引っ付いている。
死んで間がないのか、死臭は殆ど感じない。
(うん、ゾンビ。首と手首に絞められたような青い痣があるから、噛まれたというよりも感染系かな?)
ひとまず『私』は、物理で解決できる相手と知って胸をなでおろす。
(良かった……いや良くはないけど。まだ対処できる相手だからその点は良い。でも手ぶらだから接近したくない。倒す系か脱出系かによって対処が変わるんだけど……倒して進む感じだよなぁ)
傷を負えばゲームオーバー。吞気に構えるわけにはいかない。
逃げるべきか戦うべきか、選択を迫られる。
ゾンビは動作を止めた。
白い瞳孔を見開いて『私』を凝視すると、犬が牙を向けるように口角をあげ、唸った。
『ウ、アアア』
(視覚で反応した! 素早いタイプかも!)
多種多様なゾンビが夢に出てくるため、動きや反応で大まかに判断できた。
(ゾンビ語で、餌があるぞーって叫んだかもしれない。まずいな!)
一匹だからと余裕ぶってはいけない。
一匹出てきたら、周辺に三十匹はいると思わなければならない。
それがホラーの常識である。
『私』は並ぶドアに注目した。
案の定、這いずる音と呻き声がいくつも聞こえてくる。
ドアの中から蠢く嫌な気配を感じて、ゾクゾクゾクと背中に冷たいものが走る。
だが同時に、この状況を乗り越えてみたいとワクワクした気持ちが沸き上がった。
バン、バン、とドアが開いて、ゾンビが次々と顔を覗かせる。
どれもが『私』をロックオンして唸り声を出し、不協和音が通路に響く。
『ウゴオゴゴ……』
最初に出てきたゾンビが両手を挙げて走り出すのを皮切りに、次々とゾンビたちが迫って来た。
「多勢に無勢ってことで……逃げよう」
武器がないので逃げの一手である。
『私』は全力疾走でゾンビを掻い潜りつつ、通路の先に進んだ。
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