第293話 劣勢続行
黄色耳がいさいに焦りの表情が浮かんだ。
アメミットに戦力が増したことで攻撃が防がれてしまいダメージが通らない。赤耳がいさいは敵の数が増えると眼力で動きを鈍くするだけで攻撃を行わなくなった。
『ガル!』
自分ばかりが何故戦うのか、と黄色耳がいさいが恨めしそうな目で赤耳を睨む。
力があるんだからヤレと吠えたてると、気乗りしないような目を向けて赤耳がいさい動いた。
空に浮かぶ魔法陣をみると。
――オオオオオオオオオオオオオン!
遠吠えを放つ。
鼓膜を破かんばかりの大音響に隊員達はたまらず耳を塞いだ。
衝撃により空気がビリビリと震え、地上を押しつぶさんとばかりに圧力がきたので、隊員達は地面に押し潰されないように踏ん張って耐えた。
遠吠えに呼応するかのように空に浮かぶ魔法陣が太い光を放ち、真下にある大地を照らした。
その光はドームの照明機材と同質のモノであり、穢れを溜め込んだ人間が当たると強制的に従僕となる術であった。
「うああああああああああ!」
二人の隊員が悲鳴をあげて膝を折る。体から毛や耳が生えて野狗子に転化した。
祠堂は行動を起そうとしたが身体が硬直したように動けなかった。
めきめきと音を立てながら体のどこかが変化していき、思考はぐちゃぐちゃに掻きまわされていた。
周囲の状況は理解できるが、何をしていいのか混乱が生じる。
思考を鷲掴みされた感覚に意識が遠のくが頬を噛んで耐える。
まだどうにかなる。自分を見失っていないから大丈夫だと、己に重々言い聞かせて意識を保った。
遠吠えは続いている。
転化に耐えている者は隙だらけであったが、幸いなことに、野狗子となった隊員三人は咆哮の圧力に耐え切れず地面に突っ伏して行動不能となっていた。
だが黄色耳がいさいがそれを見逃すはずもなく、滑空して真下にいた野狗子を狙った。
隊員達が焦りの色を浮かべる。転化したとはいえ仲間だ。失うのは耐え難いことである。
黄色耳がいさいが食らおうと口を大きく開けた瞬間、右眼球に鉈が深々と刺さった。
『ギャイイイン!』
目から血がふき出す。
黄色耳がいさいは痛みから逃れるように頭を激しく振った。大きく振り過ぎたので首が地面に激突して倒れる。そのまま地面の上で胴体をくねらせた。
『ギャアアアアン!』
体を打ち付けるたびに地響きが起こり地面に深い亀裂が走る。
「ぎゃ!」
「うわ!」
鞭のように飛んできた尻尾に直撃した枝本と隊員が弾き飛ばされた。
枝本は悲鳴を上げながら地面をバウンドするとそのまま動かなくなる。
インフォメーションまで下がっていた喜熊は、四方に飛ばされた隊員をみて「ああああ、これはマズイ、マズイ」と祈るように呟いた。
他に手が空いている者がいないか目で探すが、すぐに対応できる者はいないようだ。
「さすがに俺も動かにゃいかんか……」
観念したように肩を落とすと熊の和魂を呼び出して背に乗り、隊員の回収に向かった。
赤耳がいさいの長い遠吠えが終わると魔法陣の輝きが収まる。
耐え抜いた隊員達の全身から冷や汗がふき出し、肩で荒い息をしていた。
激しい痛みと強い倦怠感が現れている。転化の進行が進んだためいつまで正気を保てるのかと不安が過る。
「っはあ。はぁ」
祠堂も強い倦怠感に襲われ頭を軽く振った。若干視界が高い気がするが、それを確認する暇はなかった。隊員、いや野狗子が腕を振り上げて襲ってくる。
『がああああ!』
「うたう。やってくれ」
祠堂は冷静に指示すると鳥の和魂が突風を起こした。野狗子はきりもみしながらインフォメーションの方へ吹っ飛んだ。
「雑魚はいい。いまは……」
前方に黄色耳がいさいがのた打ち回っている。
赤耳がいさいは空に静止していて下界を見下ろしている。
二頭とも攻撃体勢ではないと判断して、祠堂は残っている二人の隊員にサインを送る。彼らは敵から距離をとって祠堂の周りに集まった。
「結界をはります」
これで一度くらいは攻撃を防げる。
数秒か数分かわからないが、呼吸を整える時間はあるだろうと急いで息を整えた。
「蟲毒のせいで面倒だ」
祠堂は額から滴り落ちる汗を袖で乱暴に拭いた。
「かっこよく駆け付けたものの、すぐに脱落しました恥ずかしい」
一人が半頬を外して汗を拭く。素顔は二十代後半の女性であった。その表情には苦渋が満ちている。
「本当に。もう少し戦えたはずなんだけど……」
残る一人、二十代前半の男性が苦笑する。額から見える金髪がヘルメットに引っ付いていることに気づいて直した。
「熟練者から離脱してしまうのは大きな痛手だと痛感します」
「ほんとそれな」
合流した隊員は全員熟練者だがあっという間に三人転化して戦力外となってしまった。改めて厄介なフィールド効果に頭が痛くなってくる。
転化や従僕化を解除できる能力者が少なすぎて、解除待ちが発生しているなか、優先的解除してもらい駆けつけたというのに全く役にたっていない。
「でもアレに持久力がないのが幸いかなーって」
男性がヤケクソを含んだカラ笑いをした。
「禍神はともなく問題なのは蟲毒です。そうでなければ中央区のど真ん中、戦力が固まっている場所で戦力不足に陥ることはなかったはずなのに」
女性が苦虫を噛み潰したような表情で呻いた。あとどのくらい時間を稼げば応援が到着するのか計算する。
戦える人間を思い浮かべながら隊員は祠堂に呼びかけた。
「課長は大丈夫ですか? 救護班から聞きましたが禍神の力を取り込んでいるとか」
「耳を疑いましたっす。あ、ました。調子はどうですか?」
隊員達が不安そうに見つめるので、祠堂は息を吐きながら「今は大丈夫」と返事をした。
しかし本音を言えばギリギリだ。気を失えばどうなるか分からない。
己が食われる感覚に恐怖を覚えるがそれを表に出すことはない。強い姿をみせたい人物が近くに居るのならなおのこと、弱気になれないと気合を入れなおす。
そんな祠堂の元へ、息吹戸がひょっこりとやってくる。
「で。どうするの?」
手を貸そうかという提案である。
「鉈が飛んできたぞ、手を出すなと言っただろう!」
この期に及んで祠堂は考えを改めなかった。
息吹戸はすでに匙を投げているので平然と受け流す。
「危なかったから仕方ないって。くだらないプライド貫いて死ぬよりはマシ」
祠堂がぐぅと呻く。彼女のおかげで味方は守られ、敵は大きなダメージを負っている。本来なら礼を述べなければならない状況だが。
「この戦闘にお前は必要ない!」
彼の意地は折れない。
「ねぇ馬鹿の一つ覚えって知ってる?」
息吹戸が怒りを灯した目を向けると、祠堂は言い澱む。
「立場のある者ならまず勝つことを第一に考えるべきじゃない? 好きか嫌いかで協力相手を選ぶ段階はもう終わってると思わない?」
「それは……」
「忘れてないと思うけど、貴方は禍神の力を一手に引き受けてる。つまり敵にとって最も手に入れるべきアイテムってわけ。ほいほい前に出て食われたら目も当てられない。考えて行動してほしいものね」
「俺が負けるとでも?」
祠堂の語尾に怒りが加わるが、息吹戸はしらっとした態度で頷いた。
「今の状況をみたら、そうね」
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