第285話 こっちに来なくていい
息吹戸は広場の方に体を向ける。町の方からぽつぽつと、従僕が走ってやってきていた。あれは全て修正可能な者達である。
次にドーム側を見てみる。コンクリートの亀裂から顔をのぞかせる従僕は修復不可能な者達だ。
(ふむ。体に入ってくる穢れの蓄積量は一体で約二十体分ってとこか。気持ち悪いけど酷い胃腸炎とでも思えば耐えられる。考え方一つで気分も変わるもんだなぁ)
息吹戸ははトントンと鉈の背で肩を叩きながら、どこから手を付けようかと悩んだ。
(蟲毒システムに近づくには、がいさいに近づかなきゃいけないけどまだ無理だな。従僕を相手して向こうの負担を減らしてあげたいけど、はてさて、どっちを主にするべきか……)
ドーム側の従僕はがいさいや隊員を目指している。息吹戸は広場側の従僕達に鉈を向けた。
「あっちにしよう」
『おぎゃあああああ!』
人面虎のあつゆが一声鳴いて大ジャンプした。走行距離を大幅に短縮して一呼吸で目の前に迫ってくる。
息吹戸ははスッと横にずれて、あつゆの胴体を蹴り上げた。
バキャという音と共に胸郭が粉砕され、あつゆが『ギャ』と鳴いた。
蹴りの勢いで弾き飛ばされて地面にバウンドすると、白目をむいて気絶した。仮に目覚めたとしても、胸骨や肋骨が粉砕すればまず動くことはできない。
「打撃による骨粉砕か……」
息吹戸は野狗子の振り下ろしをかわしながら回り込んで背中に飛び乗り、頸動脈をしっかり押して六秒で失神させる。ぐでっと弛緩する体を地面に転ばせると。
「首を絞めて失神させるかだけど、これはすぐに意識戻るだろうから」
倒れた野狗子の胸を踏み胸骨と胸肋関節を粉砕した。
「内臓を守る骨を壊せばまず動けないから、これでいこう」
方向性が決まったので、バス停からこちらに近づく従僕を順に仕留めていった。
重い一撃を受けた従僕がどんどん地面に沈んでいく。最初は数を数えていたが、百を超えた時点でやめた。
これだけ動けば息が切れるだろうと思いきや、息吹戸に肉体疲労はほとんど感じていない。
従僕たちは巨体で重量があるのにも関わらず子供用ボールを蹴っているようだ。百を超えて攻撃してもまだまだ体力や気力が有り余っている。
あまりにもタフネスなため『私』も驚きを隠せない。
(これは体力馬鹿すぎる。アタッカーとタンクとクラウドコントロールを兼ね備え、場合によってはヒーラーだなんてチートすぎる)
移動しながら倒しているためいつのまにか広場を越えて道路の手前まで来ていた。この辺りもどこを見ても従僕がいる。
(うーん。まだ途切れないなぁ。この辺はイベント会場やショッピングモールが多いから人も多いよねぇ。それが仇となってる。とはいえ、そろそろ面倒になってきた)
息吹戸は二百体を越えたところで飽きてきた。
(蟲毒を調べたいんだけど、でも、この状況を放置するわけにも……)
がいさいと戦っていてはこの数をさばき切れないだろう。手一杯の隊員達に余計な負担を与えると一気に敗北する可能性がある。
(任務失敗に繋がると分かることは極力やりたくんだけど、周回ゲームみたいで飽きてきたぁ。何か刺激がほしい)
突進してきた人面牛ことあつゆの背に乗って、ふわぁ、と欠伸をする。
背中から振り落とそうとあつゆは闘牛のように跳ねまわったが、息吹戸の太ももがガッチリ挟み込んでいるため尻が浮くこともない。
他の従僕があつゆ諸共仕留めようとするので、しばらくロデオ状態を維持しながら、息吹戸は拳を振るって従僕の頭蓋骨を叩き折った。
襲ってくる従僕がいなくなったところで、乗っていたあつゆの頭頂部を拳で砕いて失神させた。
地面に着地した息吹戸は腕を組みながら、広場で気絶している二百体の従僕を眺めた。
「せめて全体の数が解ればなぁ。終わりがあるとやる気がでるんだけど……」
そう愚痴っていると、大きな影が頭上に降ってきたので見上げた。
牙だらけの大きな口が落下している。
「わぁお!?」
口が閉じる寸前、息吹戸はバックステップで逃げる。
カパン! と口を閉じる音と、風の塊が全身に響いた。
(この距離も範囲内だったんだね。どのがいさいだ?)
耳をみると黄色だ。
黄色耳がいさいは残念そうに目尻にしわを寄せつつ、首をくいっと上にあげる。
(これはチャンス!)
息吹戸は鉈に神通力を籠めて刃渡りを広げた。
(とりあえず狙うは目!)
目を狙って一閃すると、黄色耳がいさいは素早く瞼を閉じて顔をそむけた。
鉈は眉間に当たって、カァン、と弾かれる。
分厚い毛が盾になり薄皮一枚ほどしか切れていない。
『ぎひゃ!』
ダメージはほぼ無いように見えたが、黄色耳がいさいが悲鳴を上げて急上昇すると、あっという間に上空に昇っていく。流石に十メートル以上では歯が届かない。
ドームの方へ逃げていく黄色耳がいさいを見上げながら、チッ、と舌打ちした。
「空飛ぶの反則じゃん。術式もちゃんとみれなかったし……」
嘆く息吹戸の側方から赤耳のがいさいが地面スレスレを飛び迫ってきた。
大きく口を開けて噛みつこうとするので息吹戸はステップしてかわした。
空を切った口は直線状にいた従僕を数体ほど口に入れて、満足そうに上昇してドームに戻って行く。
青耳がいさいが息吹戸のすぐ上を旋回した。動きを止めた瞬間、首を伸ばして噛みついてくる。ステップで避けても、何度も何度も、執拗に噛みついてきた。
(実写版のワニワニパニックみたい。ただ……あいつらにとっては私じゃなくてもいいみたいね)
狙いを外しても地面に倒れている従僕達が食われている。この場合はどっちが狙いだったのかと首を傾げるほどだ。
バラバラと血しぶきや肉片が散らばっていくので、折角死なないように倒したのにと息吹戸は不快感を露わにした。
「努力を無駄にすんな!」
鉈の刃渡りを大きくする。
次に噛みついてきたら、頭に飛び乗り斬ってやるつもりだった。
上空を飛ぶ青耳がいさいが狙いを定めて滑空してきた。首を伸ばして大きく口を開けたので、息吹戸はジャンプするため足に力を入れる。
(もう少し近づけば)
タイミングを計っていたところへ、息吹戸の前に滑り込むように祠堂が走ってきた。
「ちょ、も!」
思いっきり出鼻をくじかれて息吹戸はタイミングを逃した。
「うたう! いけ!」
祠堂の号令のもと、鳥の和魂ががいさいの口の中に突っ込んだ。
青耳がいさいが反射的に口が閉じると、ごぉん、と頭が大きく揺れる。これは鳥の和魂が空気の刃を放った衝撃であった。
本来なら従僕を真っ二つにできるほどの威力であるが、がいさいの体内はとても頑丈なため細かい傷しかつかない。となると、同じ場所に連続攻撃をすることでダメージを与えていくに限る。
『グルァ』
青耳がいさいの頭がゴンゴンと左右に大きく揺れ、口から赤い血と涎をまき散らした。痛みから逃げるように青耳がいさいが上空へ飛び上がる。
祠堂は青耳がいさいの様子を確認しつつ、喉ではなく口腔内で集中攻撃の指示を念じた。
鳥の和魂は翼を模ったガラスのような風の塊をいくつも創り出すと、ピョロロロと甲高く鳴いた。
『ンガァ!?』
口腔内で旋風が発生したため、青耳がいさいは目を大きく見開いた。
すぐに口を大きく開けて頭を振るが鳥の和魂を追い出せない。
ピュロロロロと可愛い鳴き声が上空に木霊すると、青耳がいさいの口の中から赤い竜巻が現れた。
読んで頂き有難うございました。
次回は2/16更新です
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