第281話 できなかったこと
四の境界内は全体的に地形が高くなっていたが、滝登りドーム半径二五〇メートル周辺は更に地形が緩やかに盛り上がっていた。
そのため湿地の中にある建造物がそびえているように見えた。
辜忌対策部の指示を受けたアメミット先遣隊が一班、ドームにたどり着くことができた。
回避を重点に置いたため隊員もほぼ全員が揃っている。
到着した喜びもつかの間、出入口ゲート前広場の散々たる景色を見て言葉を失った。
建物は無残に壊されており、あちこちに血しぶきと血だまりがあった。
そこに体の欠片がいくつか落ちているのをみれば、何が行われたのか想像に難くない。
班を率いていた三十代後半の長身男性、辜忌対策第二課課長補佐の枝本海斗は、ハンドサインで物陰に隠れるよう指示を出す。
この辺りで身を隠せられるようなスペースは折れそうな木や壊れたキッチンカーの裏だ。そこに十二名全員が隠れて息を潜める。
周囲には従僕が闊歩し、上空にがいさいが飛んでいるのを目の当たりにして、枝本は苦渋の表情を浮かべる。
「俺たちだけでは無理だ。もっと数が欲しい。他の隊は到着しているか?」
枝本は同じ課長補佐の大戸村ぎおんに確認をとった。
大戸村は三十代後半の長身女性である。防御のサポートと通信を担当していた。
「まって」
胸にひっつけていた通信機をとってGPSで他の隊の居場所を検索すると、いつもの柔らかい風貌が消えて苦々しい表情になった。
「まだ殆どの部隊が三の境界内です」
「その通信は稼働しているよね?」
同期であり同い年であるため、枝本が砕けた口調になった。
大戸村がギッと睨み、口調を強くしながら「ちゃんと動いています」と小声で話す。
まだ戦力がこっちに来ていないと分かると、枝本が右手で頭を抱えた。
彼は攻撃型だがここまでくる間に体力と神通力を随分と消費しているうえ、いつ転化するか分からない状況。
従僕だけであればギリギリ対処できるが、禍神と好戦できる力は残っていない。
それは枝本だけではなく班全員が同じ状況であった。
「やっばー。俺たちは結界の保護に回るしかないー」
「あの従僕、すごく強いから一気に襲われたらアウトかも。喜熊課長、一緒に来て欲しかったぁ」
大戸村が祈る様に両手を握った。
天を仰いだところでサッと気持ちを切り替える。
部下たちに他の班が到着するまで戦闘はせず、結界を張っている隊員を保護して隠れる旨を伝えた。
誰もがうんうんと素早く首を縦に振る。異論はなくむしろ大賛成であった。
いざ、行動に映そうとした矢先、隊員が六時の方向を指す。
「枝本補佐! あれを!」
数匹の群れを形成した野狗子がこちらにやってきていた。
三の境界にいた者より二回りも大きく、熊のようだ。口元を真っ赤に滴らせながら、隊員を凝視している。
会話が聞こえたか、隙間から見えたのだろう、戦闘回避することができない状況に追い込まれた。
「背中をみせるとマズイ、戦闘態勢!」
枝本はすぐに指示を出す。
隣にいた隊員が「捜索はどうしますか?」と念のため聞いてみる。
「あとだ! バラバラに戦っては分が悪い! 固まって行動する」
それに、と枝本は上空を見上げた。
山犬頭の龍こと、がいさいがゆっくりと滑空してきた。大きな目で隊員達と野狗子を捉えている。
地面は野狗子の群れが狙い、がいさいは上空で弱ったモノを狙う。
「枝本補佐! 八時の方向からあつゆが来ます! その数、十体!」
隊員がドームに走ってくるあつゆの群れを示した。その光景をみた枝本は、まさに四面楚歌だと引きつったような笑みを浮かべた。
枝本率いる隊が戦闘を繰り広げていたその裏側で、第三課討伐四班に所属している女性隊員が野狗子から必死に逃げていた。
「いやああああ!」
彼女はコンサートの警備を担当している隊員であり、浸食に対抗するため最初に結界を張った者達の……最後の一人だ。
守っていた隊員たちが死に、結界を構築した隊員たちも死んだ。
足がもつれて倒れたときに庇ってくれた保科の断末魔が耳から離れない。
結界を維持するために少しでも長く逃げなくてはと、転ばないように必死で走った。
もうすぐしたら助けがくるとささやかな希望を胸に抱き、ドームを周回するように走り続ける。
そんな中、正面入り口付近の広場が賑やかだと気づいた。
足を向けてみると、従僕と戦う辜忌対策部の姿が目に入る。
「応援が、きたっ!」
隊員は合流するため走り続ける。
彼らは強い。保護してもらい安全な場所に連れていってくれるはずだと期待が強まる。
「わた、私はここ! ここに!」
隊員は手を振り自分をアピールした。彼女の目には仲間の戦う姿しか見えていなかった。
『ガルルル!』
もう少し慎重になれば、横から駆け出した野狗子に気づけたというのに。
「がは!」
気づいたときには、野狗子が両手で隊員の腹を掴んでいた。鋭い爪が防護服を突き破り皮膚まで到達する。
「だめ! だめえええ!」
隊員は野狗子の腕から逃れようと必死で足や手を振り乱すが、結界を維持するために力を使い過ぎてしまい身を護るほどの力は残っていなかった。
「だめ、だめ、私が死んだら、結界が、みんな頑張ったのに……誰か、誰かぁ」
涙を流して顔をくしゃくしゃにしながら助けを求めるように手を前に伸ばす。そこで地面に落ちているヘルメットが視界に入った。
血まみれのヘルメットが五つ転がっている。
その周囲にはアメミットの服の切れ端と肉片が落ちていた。
「あ……ああ……みんな……」
この場所が最初に結界を張ったところだと気づいた。
守ってくれた仲間、結界を維持した仲間の顔が走馬灯のように駆け巡る。
全員が従僕に食われてしまったところで回想が終わり、隊員の体が震えた。
『ガルアアア!』
野狗子は隊員の頭に噛みついてヘルメットを力任せにはぎ取った。
振り回されるような威力を受け、顎を固定するベルトがピンと引っ張られる。
「ひっ……ぎっ!」
ベルトが切れず隊員の首が無造作に引き延ばされる。ゴキゴキ、ミチミチ、と頸椎と首の筋肉が嫌な音を立てた。
野狗子がもう一度勢いをつけて、ぶん、と顔を振ると、ベルトが切れてヘルメットが明後日の方向へ飛んでいった。
頸椎を骨折して頭がだらんと左肩に引っ付き、隊員の体が小刻みに痙攣しているが。
「あ……が……あ……」
意識が残ってしまった。己の最後を感じて自然と涙があふれた。
託されても何もできなかったと悔しい気持ちが溢れたが。
ぶちり、と音がして、そんな感情はすぐになくなった。
野狗子は大きい口を開けて隊員の頭頂骨を噛み、割った。
骨の割れ目から中身が地面に落ちると、持っていた体を投げ捨てて四つん這いになり中身を食べ始める。
『おぎゃああ!?』
そこに馬腹の群れが通りかかり、落ちているモノを取り合いながら貪りつくした。
隊員の死によって、侵食を抑えていた結界が破綻した。浸食の勢いが戻り、空を黒く染めていった。
従僕たちは空を見上げ、汚い笑みを浮かべた。
獲物を狩る機会が増え、多くの力を得られると期待したが。
すぐに新たな結界が展開されて、浸食がピタリと止まった。
それを目撃した従僕たちは、口をへの字にさせて不快感を露わにする。
外側から強固な結界に覆われたとなると、命令を遂行する手は一つしかない。己をがいさいに差しだすことである。
穢れが溜まったモノから次々とがいさいの口に身を躍らせる。その表情は醜悪ながらも使命感で満ち溢れていた。
読んで頂き有難うございました。
次回は2/2更新です
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