第280話 約束してくれ
ドームまであと三〇〇メートルの付近になって急激に従僕の数が増えた。
周囲に隊員もいないため仕方なく討伐していくが、ここでの一頭の力は十頭分ほどの量がある。最小限に仕留めていてもすぐに大量の穢れが溜まった。
「この溜まり方はマズイ。もう一度解除しよう」
三の境界でぶっ倒れたことを踏まえれば、余裕のあるうちに解除した方がいいだろうと、息吹戸は二人分の転化解除を行う。
消える神鏡を見つめながら腕を組み、眉間にしわを寄せた。
「一匹倒すだけでも穢れの影響が出てくるとは」
空間のルールを破壊できればいいのだが、おそらくがいさいの近くにあると推測できる。今のところ穢れが溜まるたびに解除して進むことしか成す術がない。
さくさくと進むためには『極力戦闘を避けながらラスボスに到着する』という高難易度の攻略法が必要になってくる。到底無理な話であった。
(神鏡出すの時間のロスだけど仕方ないよねえ。急がば回れってやつだ)
息吹戸は深い溜息をついてチラリと祠堂をみる。彼は考え事をしているのか終始無言であった。
(喋ってると子供みたいで、黙っているとクールなイケメンだな)
こうして眺めていると雨下野の作品の主人公だと感じる。
(雨下野ちゃん、人の特徴をしっかり把握してるんだなぁ。本の続き読みたくなってきた。お邪魔虫出てきたあとの展開はどうなってるんだろう)
架空男子学生のそわぁな展開を妄想して口元がにやけてきた。
命を懸けた任務中なのでそっと両手で隠したが、祠堂から疑惑の眼差し刺さってくる。
いかがわしいことを考えていたことがバレたかもと、息吹戸はスンとした表情になった。
「あのさ。さっきから気になってたんだが」
祠堂が躊躇う口調であるが、絶対に聞くという意思の強さが伺えた。
息吹戸は目つきを鋭くさせて「なに?」と聞き返す。
睨まれた祠堂は表情を引きつらせた。
「いや。その。神鏡をたくさん使っているから、疲れてきたんじゃないかと思って。神通力を大量消費するから、もう俺に使わなくていいぞ」
(よっしゃ! バレてない!)
息吹戸は心の中でガッツポーズをして、すぐに首を横に振った。
「そんなに消費しないから大丈夫。まだまだつかえる」
死者の国に行ったときの方が神通力を使いまくっていた。とこっそり思う。
そして岡の助言から細心の注意を払っているため、神鏡召喚による神通力減少と肉体負荷はそれほどかかっていない。
「だといいがな。最低限、自分の分は残しとけよ」
祠堂は半分だけ信じて忠告した。
「言われなくても」
息吹戸が肩をすくめて同意したので祠堂は唇を緩めた。
二人は滝登りドームから一番近い立体駐車場に到着した。ドーム周囲から戦闘音が響く為、どこかの部隊は到着しているようである。
戦況は分からないが、広場を抜ければすぐ戦闘に突入するので、ここで最後の転化解除を行うことにした。
「その、本当に大丈夫か?」
度重なる術を見た祠堂が心配そうな表情を向ける。その態度から神鏡の難易度を感じ取った息吹戸であったが、別に、と一声で済ませた。
「それよりもあっちに集中しなよ」
息吹戸ががいさいを示すと、祠堂がゆっくりと視線を動かす。
滝登りドームの上空を飛ぶ二体のがいさい。あれだけの巨体ならそろそろ警戒範囲に入るだろうと気合を入れなおした。
「さてどう戦うか」
息吹戸はがいさいの移動範囲狭そうだなと思いながら、「戦うのは楽だけどね」と告げる。
「問題は勝った後。必ず出る犠牲をどう回避するか」
禍神を討伐するのは可能であるがその後が厄介だ。空間のルール『敵の力を吸収して力を得る』の方が遥かに脅威である。
「なぁファウストの現身。この空間は蟲毒と同じシステムだと気づいているよな?」
祠堂の確信に「勿論」と同意する。
「どう考えても蟲毒。最後の一匹になるまでこの中で戦わせることが目的。がいさいが最終進化できなくても、がいさいを倒した人を禍神に暗黒進化させることも視野に入れてる。どう足掻いても禍神が降臨したままの状態になるね」
「最終進化に暗黒進化? 最終はなんとなくわかるが、暗黒進化ってなんだ?」
祠堂が「?」を浮かべているが、息吹戸は無視する。
「がいさいの穢れを受け入れられるほどの許容量を持った人が戦うといいんだけど……。先に蟲毒のシステムを探して解除した方が安全かなぁ」
息吹戸の穢れ耐性は低いことが解ったので、戦うよりも先にシステム解除をする方がいいかもしれないと思案する。
「ちょっと待て」
祠堂が小さく挙手をして、
「がいさい、というのかアレは」
山犬頭の龍を指し示す。
息吹戸は「特徴がソレっぽい……」と言いつつ、礒報が伝えてきた内容を思い出して首を傾げた。確認するため聞き返す。
「祠堂さんも知らないのか。やっぱり初めての異世界転移なんだ」
祠堂が重々しく頷いた。
「俺は初めて見る。どんな禍神なのかわかる範囲で教えてくれないか?」
息吹戸はどう伝えるか悩んで端的に答えた。
「好戦的で残忍。でも家族を大切にして情に厚く災厄から守ってくれる神様かな」
「なんだそれ」
「神様は二面性あるでしょ。がいさいの効率の良い攻略は知らない。死ぬまでボコればいいんじゃない?」
祠堂は少し不思議そうに瞬きをしたが、そうか、と呟いた。
「まあ、物理でなんとかなるなら良いか」
いつものように対処すればいいと気を取り直して顔を上げる。
「よし、ファウストの現身。賭けをするぞ」
こんな時にと息吹戸は呆れた。
「祠堂さんって賭け事が好きなんだ」
「好きじゃねぇよ。でもお前との賭け事だけは別だ。賭けの内容は『俺一人で戦うからお前は禍神と戦わない』だ」
思ってもみない内容だったので、苛立ちから息吹戸は表情を消した。
「なにそれ、蚊帳の外で見てろと?」
「そうだ。三体とも俺が仕留める。そうすればいざという時になんとかなる」
祠堂が自信満々にドンと胸を張ったので、息吹戸は深い意味を読み取った。
「…………ああなるほど。祠堂さんが穢れを一手に引き受けてしまえば禍神になる贄は最小限で済むと。最悪、祠堂さん一人の犠牲で済むかもしれないと」
「そうだ。あとお前が戦ったらダメだっていうのは神鏡をメインに使ってほしいからだ。解除できる能力を温存しておけば、万が一、俺が転化しても解除してもらえ……」
祠堂がぴたりと動きを止めて、深々と頭を下げた。
「お手数ですが解除してください。俺も死にたくないから討伐は最終手段にしてくれませんか?」
いきなりの低姿勢をうけた息吹戸は呆れながら「むぅ」と呻く。
その態度から否定的なニュアンスを感じ取った祠堂は誠意をもって説得に入る。
「ファウストの現身の要求は可能な限り叶える。それか俺が転化したらそのまま討伐してもいい。だから頼む。今回は賭けに乗って一切手を出さないでくれ」
息吹戸はうーんと唸りながら腕を組んだ。
(確かに。今回のミッションの胆は蟲毒解除だ。これを何とかしないと完全クリアできない。第二の禍神誕生を阻止する方が効率がいいかもしれない)
ちらっと祠堂を見ると、必死な眼差しを向けていて……そのうち穴が開きそうだ。
「もう一度聞くけど。倒せたとしてもほぼ百パー転化するよ。私がその場にいれば何とかなるかもしれないけど、死ぬ確率の方が高い」
「いつもと同じだ。最善していても死ぬときは死ぬ」
清々しいほどあっさりした返答がきて、息吹戸は彼の自己犠牲精神を鼻で笑った。
「はっ。まぁ現状を考えるとその方がいいかもしれない。なら『がいさいにトドメを刺さない』という内容で賭けの承諾をしよう」
祠堂が驚愕の表情に変化すると、動揺して手が意味なく空をかいた。
「マジか……承諾があった……俺の話に耳を傾けてくれた……」
ゆっくりと左手で耳の後ろ側を撫でて、口元を嬉しそうに綻ばせた。
なんだか嬉しそうな雰囲気が漂ってきたので、息吹戸は白い眼を向けながら釘を刺す。
「劣勢だと感じたら戦闘に参加するから。精々頑張ってね」
「お前が出る幕なんてねぇから高みの見物してろ! 賭けは今からだからな!」
祠堂がムッとした表情になってドームに向かって駆け出した。あっという間に見えなくなる。
(瑠璃が悪口書く気持ち分かる。あの人、無計画じゃないのに無鉄砲で危なっかしい。雨下野ちゃんはアレをうまく扱えるなんてすごいなぁ。私は無理だ匙投げたい)
息吹戸はやれやれとため息をつくと、最後の道のりを走った。
読んで頂き有難うございました。
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