第275話 条件クリアまで
戸所が息吹戸に注目したので、祠堂は目を細めながら眉間にしわを寄せる。
「戸所、俺に聞きたいことは何だ?」
腕を組みながら苛立ちを含めて聞き返すと、戸所はバツが悪そうな視線を祠堂に向けた。
「す、すいません課長。従僕の群れは……もう片付けてしまったようですね。流石です」
と誤魔化すように苦笑いを浮かべた。
祠堂は腕を下ろして深いため気を付いた。
「敵のレベルがお前たちよりも高いと判断する。戸所と磯永は二の境界まで戻り救護班と合流。戸所はまずは治療すること。磯永は救助の手伝いをすること」
「わかりました」
と磯永はすぐに承諾するが、戸所は首を横に振って拒否した。
「課長一人だと危険です。俺もついて行きます」
「何言ってんだ。怪我をしているお前よりは遥かにマシだ。顎を支えたまま戦えないだろ。さっさと回復してもらえ」
正論を言われてグッと声を詰まらす戸所。悔しいが顎を支えたまま戦える相手ではない。ここで引き返すのが得策だが、祠堂だけで任務続行は苛酷ではないかと心配のあまり心が痛んだ。
祠堂は柔らかい眼差しを戸所に向ける。
「一人の方が楽だから気にするな」
「……はい。意向に沿います。顎砕かれてなかったらついていくのに……」
「何言ってんだ。そもそも怪我する前に転化したんだぞ」
祠堂が追い打ちをかけたので、戸所はしょんぼりと肩を落とす。
「一班だと俺しかこれなかったのに……まだまだだ」
他の二十数名は途中で転化症状が現れてしまい任務を断念した。彼らも回復すれば任務を続行するが、解除時間は二十から三十分を要するため大幅な時間のロスといえる。
「そんなに落ち込むなって。そろそろ境界の解析結果がでるはずだ。誓約を受けずに通れるそうになったら戻ってこい」
磯永と戸所が「はい」と返事をする。
「俺はこのまま……」
祠堂が振り返る。さきほどまで居たはずの息吹戸が消えているのに気づいて、「あ!」と大声を上げて辺りをキョロキョロ見渡した。
五十メートル先に車道を走っている息吹戸を発見して憤慨する。用がなくなったのでさっさと移動したと理解できるが、一声もなく消えていたのは如何なものだろう。
「いつの間にあんなとこまで!」
祠堂が鼻息を荒くしながら走ろうとしたが、一歩踏みだしたところで我に返りピタッと停止した。
ごほん、と咳払いをして振り返る。
「俺は任務に戻る。戸所は余裕があれば二十体ほど従僕を倒せ。二の境界に出られるそうだ。無理だと思ったら結界がある建物に避難しろ。以上」
戸所と磯永が「はい」と返事をした途端、祠堂は全速力で駆けだして息吹戸の背中を追った。あっという間に姿が小さくなる。激しい水しぶきを観ながら、戸所と磯永は互いの顔を見合わせた。
「課長ってとことん息吹戸さんを目の敵にしてると思わないか?」
「目の敵というか、ライバル視なんじゃ?」
「ライバル……ライバルなんだろうか? 対抗心マシマシなのはわかるけど。ライバルになるのかなぁ?」
怪訝そうに呟く戸所。磯永は深い溜息をついた。
「祠堂さんもなぜあんな人に執着しているのか」
「肩を並べたいとか」
「小馬鹿にされるのが我慢ならないのでは?」
「あり得る」
戸所と磯永は雑談をしながら引き返した。
息吹戸は従僕を探すついでに身体の変化について考えていた。
(さっき七体倒しただけで三の境界を通ったときと同じ量が溜まった。ってことは、この辺りの従僕は『一体分』じゃなくて、一頭で『三から五体分』の力を持っているってことになる)
共食いか、人間を食らって得た力と考えれば胸糞の悪い話である。
(五十体じゃなくてもっと少なくてもいいかもしれない。四の境界付近で探そう。あっちからやってくる従僕に当たれば時間短縮になるはず――ってあれ?)
後方からバシャバシャと水を蹴る足音が聞こえてきた。
足音は一つでこちらに迫ってきている。
(足音……人間っぽい。もしかして~)
誰か来たのかなんとなく予想できた。
息吹戸が肩越しに後方を確認すると、案の定、祠堂である。さっさと次に行くと思っていたので予想外であった。
溜息をついて息吹戸は立ち止まる。くるりと後ろを向くと祠堂が十五メートルほど開けて立ち止まった。ムッとした表情で睨んでいる。
何の用があるんだろうと息吹戸はしかめっ面をして腕を組んだ。
「なんで私と同じ方向に進むの?」
「同じ方向だと都合が悪いのか?」
祠堂がふんぞり返る。
息吹戸は手を振ってあっちに行けとジェスチャーした。
「私は通過する『力』が足りない。どっか行ってほしいんだけど」
「お前に指図されても聞けるか」
と反発された。もしかして気づいていないと感じて、親切心もかねて伝えてみる。
「祠堂さんは通過条件を満たしているから通れる。そのまま行けばいいよ」
祠堂は小さく首を傾げて「そうなのか?」と怪訝そうに聞き返した。
息吹戸は嫌そうに目を細めて「うん」と頷く。
「祠堂さんの穢れの量はそのくらいある」
と言われ、祠堂は自身の体を触ったり見たあと首を左右に振った。
「転化の影響はないが」
「それは祠堂さんの内面がタフだから」
あまり聞かない言い方だったので、祠堂は「内面がタフとは?」と聞き返す。
「穢れの耐久性の高さ、それとも自己浄化が高いともいうのかな? 許容範囲が広くてとても深い。霊魂に浸透するにはもっと穢れの量が必要みたい」
息吹戸がジッと見つめていると、祠堂の頬に朱が刺した。落ち着きなく髪を触りながら視線を左右に動かしている。
(まぁ。転化までに至る穢れの容量って個人差あると初めて知ったけどさ。この人は大分タフみたいだなぁ。羨ましい)
ちょっと間を開けてから、再度、どっかへ行ってと暗に伝えるも祠堂は動く気配さえ見せない。他に何か用があるのだろうと考えて、一つ思い当たることがあった。
「もしかして、転化に不安を感じてる?」
祠堂は驚いて目を見開くと押し黙った。
(それもあるが本題は別かな?)
息吹戸は話題を変えた。
「ところで雨下野ちゃんは一緒じゃないの?」
「あいつは二の境界内で活動中だ。建物に結界を張り終わったらこっちに来る」
「大分取り残されている感じ?」
「まだ沢山の人がこの空間に閉じ込められている。隠れている人の気配を消すため建物一つ一つに再度結界を張っている」
なるほど。と息吹戸は組んだ腕を解いた。
「じゃあね祠堂さん。禍神戦闘で逢いましょう」
息吹戸は踵を返して走ると、再び祠堂が後を追いかけてきた。
(なんでついてくるんだー?)
息吹戸は頭上に『?』を浮かべる。聞いても返答がないのは知っているので彼の存在を無視することにした。
読んで頂き有難うございました。
次回は内なる声に耳を傾けたら水没してました
更新は日曜日と水曜日の週二回です。
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