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おいでませ神様のつくるミニチュア空間へ  作者: 森羅秋
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第269話 鶏の証言

 息吹戸いぶきどはフォルダの確認をすべくつづりのメールを開いた。

 空中ディスプレイに多くのファイルが並べられる。その数は百十四個。種類は大まかに二つ。血族の家系図と四名の屍処かばねどころについてである。

 軽く目を通してから「何の調査報告?」と聞き返すと、つづりは得意げな表情になり胸を張った。


「血族調査です。屍処かばねどころの特殊な転化実例も入れていますぅ」


 息吹戸いぶきどはノートの最後の方に書かれていたことを思い出して「ああ……なるほど」と言葉を濁した。可能な限り情報を集めて現状を打破しようする瑠璃の強い意思が感じ取れて、妙に口の中が苦く感じた。


息吹戸いぶきどさんの読み九割アタリですぅ。あいつら血脈に潜んでいますぅ。なので血を受け継ぐやつら全員が敵になりますぅ」


 息吹戸いぶきどはディスプレイ画面を消した。腕を組み視線を明かりに固定する。


(血脈とはつまり家系。受け継がれていく神の力に屍処かばねどころの……異界の神の力が混じっている人間か。彼らが何かの拍子で先祖返りすると仮定した場合、記憶はどうなる? 誰に教わるわけもなく自然に悟るのか? そんなわけないよねぇ)


 もう少し情報が欲しい。と息吹戸いぶきどつづりをみる。


「貴女は屍処かばねどころを見た事がある?」


 射抜くような視線を受けてつづりは心臓が高鳴った。鼓動に合わせてすぐに頷く。


「言葉でも言動でも、屍処かばねどころから微かにでもおかしいと思った部分はある?」


「おかしい……」


 つづりは復唱しながらゆっくりと首を傾げる。

 彼女が出会った屍処かばねどころは久井杉で、職場襲撃と幼少期の町襲撃の二回。過去に遭遇した者は女性で名前は知らない。となれば元上司について考えるべきだろう。

 二度と思い出したくもない記憶をこじ開けて、覚えている限りの上司の動きと言葉を年月順に並べたつづりの口から「ああそういえば」と言葉がこぼれる。


「今の久井杉……元上司ですけど、『やっとここに入れた。チャレンジ通算八回目にして。やりました自分』とか感慨深く言ってましたねぇ。そこは常世の心臓部で稼働チェックのため毎日入っている場所でしたけども……」


 息吹戸いぶきどは瞬きを二回ほどして「それってもしや転生?」と呟くと、つづりが首を傾げた。


屍処かばねどころは異世界の神が人間に転生しているのかも!」


 つづりはきょとんとした顔をしている。


「つまり……生まれ変わりってことですよねぇ?」


 息吹戸いぶきどが頷くと、つづりは何ともいえない表情を浮かべた。


「私達は正常に転生したからこの世に生きていけるんですよぉ。だから前世なんてなにも覚えてませんけどぉ」


 今度は息吹戸いぶきどがきょとんとしたが、数秒間を開けて「あー」と声を出した。


 つづりの言っている『転生』は『輪廻転生』という哲学的、宗教的な概念のことである。肉体が生物学的な死を迎えた後に違った形態や肉体を得て新しい生活を送る。これは新生や生まれ変わりとも呼ばれ、存在を繰り返す意味を持つインド宗教の思想である。


 一方の息吹戸いぶきどの伝えたい『転生』は『異世界転生』である。地球上の現代文明世界から魔法が存在するファンタジー世界へ転生する物語を指し示す。


 常識の違いがクッキリと浮かんで、息吹戸いぶきどはどうしたものかと腕を組んだ。


(そっか。ここでの転生って輪廻転生ってことを指し示すんだ。転生ジャンルとかあるかなぁ? 日本だったら昔からその手の話あるのに。浜松中納言物語とか……。いやいや今はそっちじゃなくて、どう伝えたらいいものか)


 息吹戸《いぶきど》は単語を思い浮かべて意味が近いのを選んだ。


他生たしょうのような感じ……って言ったら通じる?」


 他生たしょうとはこの世から見た過去および未来の生という意味だ。生き方や姿は変わるけれども『魂そのものは変わらない』という考え方であり、前世で起きたことはすべて今の人生に引き継がれる。


 「え!? そのように考えているんですかぁ!? 屍処かばねどころは血だけではなく霊魂が受け継がれるといいたいのですかぁ!?」


 つづりが驚きすぎて肩が揺れた。


(あ、伝わった。発音だと伝わないと思っていたのに。予想外。これってもしや小難しい言い方じゃないといけない? うわぁ気乗りしないなぁ)


 息吹戸いぶきどは深い溜息をつく。

 つづりは両手を頬に添えて上に動かし変顔をつくった。


「だとすればますます私達だけでどうこうできる問題ではありませんよぉ。ううむ。屍処かばねどころ根絶の夢が遠のきますねぇ……。でも」


 パッと手を離して、唇に笑みを浮かべる。


「救いはあります。息吹戸いぶきどさんやわたしの血族は問題ないってことですぅ」


「部長は?」


 息吹戸いぶきどが速攻で聞くと、綴は目をぱちくりとさせて、ふっ、と笑みを浮かべた。


玉谷たまや部長も問題ありません。問題があるとすれば……」


 つづりはすぐに語尾を濁した。


「あるとすれば?」


 息吹戸いぶきどが眉をひそめると。


「報告書に記載していますのでお任せいたしますぅ。お話は以上になりますぅ」


 つづりはパッと表情を明るくして誤魔化した。

 息吹戸いぶきどは「わかった」と頷く。


「それと、お手隙のときに次の調査方針をメールで知らせてくださいませぇ。文章の最後にアドがありますぅ。そこをクリックしていただくと式神が届けてくれますぅ。履歴は残りませんのでご安心ください」


「わかった。考えがまとまるまで数日かかるけどいい?」


「勿論ですぅ。任務の報告書、および、現場検証が終わってからで構いませんですぅ。暇なんでぇ時間はいくらでもありますぅ」


 用事が終わったと息吹戸いぶきどが腰を浮かせるが、「もう一つぅ」とつづりが引き留めた。

 息吹戸いぶきどが座り直すと、つづりが妖艶な笑みを浮かべて席を移動した。えへへへ、と笑いながら無理矢理息吹戸(いぶきど)の真横に座る。


「……なに?」


 息吹戸いぶきどは肩が触れるのが嫌で少し奥に移動する。つづりがその分ずいっと近づいたので、厚かましいと険悪な顔になった。


「近い。どいて」


息吹戸いぶきどさぁん! どぅしても言いたいことありますぅ!」

読んで頂き有難うございました。

次回は鶏が攻めてきます。

更新は日曜日と水曜日の週二回です。

面白かったらまた読みに来てください。

物語が好みでしたら、何か反応して頂けると励みになります。

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