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おいでませ神様のつくるミニチュア空間へ  作者: 森羅秋
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第268話 鶏の調査報告

 甘い声を聞いた息吹戸いぶきどは無表情のまま一秒ほど固まった。


(えっろ、狙っているのか分からないけど、えっろ! 同姓でもドキドキするならこれ男性は一撃死するんじゃないか!? これがハニートラップ!? 初めてみた!)


 と真っ先にこのような俗な感想が浮かんだ。

 すごいすごいと感心しながら、情報の空白部分に女性の言葉をはめ込めてみる。

 真っ先にでてきたのは息吹戸瑠璃いぶきどるりのノートに書かれていた『鶏』の名だった。

 屍処かばねどころの調査を手伝っている存在が彼女ではないかと推測する。

 会う日になっても瑠璃が来ないため探していたのかもしれない。と考えた息吹戸いぶきどは、摘ままれた袖を振りほどかずに聞き返した。


「任務を中断するほど重要なこと?」


「もちろんですぅー。五分で済みますから。満足させますからぁー」


 女性は唇を尖らせると首を傾げて何度か瞬きをする。あざとくなく、さらっとした可愛らしさが目立った。


(美人局に遭ってるわけではないよね。ちがうよね?)


 息吹戸いぶきどが疑心を前面に出すと、女性は困ったように眉をひそめた。


「ううう。これって息吹戸いぶきどさんから依頼されている情報なんですぅー。受け取ってもらわないと困りますぅー」


 息吹戸いぶきどの目がスゥと細くなる。


「貴女が『鶏』ってことね」


 ぼそりと呟くと、女性はぱぁっと笑顔になった。


「そうです! 私のこと思い出してくれたんですね!」


 予想は当たっていたと確信した息吹戸いぶきどは少し考えて、「貴女はどちら様?」と聞き返す。

 女性はガァンとショックを受けた。わなわなと手が震えてくる。すぐにドンと自分の胸を叩いて強気な笑みを浮かべた。


「わ、わたしを忘れていようが内容を覚えていればおっけーです! ここだと邪魔が入るのでついてきてください。わたしがさっきまでいた場所ですから安全ですのでぇー!」


 息吹戸いぶきどは十分ほどなら大丈夫だろうと考え、構わないと返事をする。


「でも簡潔にお願い」


「了解ですともー! では走っていきましょう!」


 女性は息吹戸いぶきどの左手を握って走り出す。息吹戸は引っ張られるような体勢になったが手は振りほどかなかった。いや、振りほどくのをやめた。走ってすぐにこの人は凄いと率直に感じたからだ。


 女性の足が速いという部分もあるが、それよりも注目すべきポイントは、太ももを上げて行進の角度で走っているのに水音が小さいことだ。短距離走選手の速度くらいは出しているのに息吹戸いぶきどの走る音しか周囲に響かない。


(極力音を出さないような訓練をしている。つまり。隠密だ)


 現在に生きる忍者なのかもと、ときめいた。





「こっこでーす!」


 T字を曲がり、一つ目の角を曲がったところにあるレトロの外観の喫茶店で足を止めた。五分弱で到着したようである。


 女性は息吹戸いぶきどの手を離すと、おしりをふりふりさせながら近づいてガラスドアのドアノブに手をかけた。


 息吹戸いぶきどは「ふぅん……」と相槌を打ちながらリアンウォッチで現在時刻を確認する。十分ほどで任務に戻るため計ろうと思っていたが、デジタル時計の画面にノイズがかかっており境界に入った時間で停まっていた。

 役に立たないとジト目になり、体内時計に頼ることにする。


 がちゃん、とドアが小さく音を鳴らすと、喫茶店を囲うように結界が出現した。息吹戸いぶきどは反射的に文字列を読む。


(身を隠すのと音を消すのと、あと氷の攻撃も付属されてるかな)


 彼雁ひがんの張る結界くらいの強度だと目星をつけた。

 見た目とは裏腹にかなりの熟練者だと感じつつ女性の背中を凝視する。


「どうぞどうぞ」


 女性が振り返ったタイミングにあわせて、息吹戸いぶきどは視線を緩めた。

 促されるまま中に入る。電気がついていないので薄暗い。誰もいないばかりか取っ手や椅子にうっすら埃があるのに気づいて眉をひそめた。


「貴女、このお店の人?」


「いいえ。ここ閉店しているんですけどぉ。緊急時なので鍵開けてはいっちゃいました。てへ」


 女性がそう説明しながらドアに鍵をかけて、ついでに結界の入り口も閉める。


(閉じ込められた……のかな)


 息吹戸いぶきどが疑う様な眼差しを向けると、女性は首を左右に振った。


「物取りじゃないですよぉ。わたしが息吹戸いぶきどさんを襲えるわけないじゃないですかぁ。本当にさっきまでここに避難してたんですぅ」


(多分、嘘じゃなさそう)


 女性はにこりと微笑んで一番奥の四人掛けテーブル席を示す。


「そこの奥へがわたしが籠城していたときに座っていた席ですぅ」


 その部分は埃が拭かれて綺麗である。ガスランプが置かれ、テーブルの上に炭酸飲料の空のペットボトルと、食べてそのままにしてあるチョコの包みがあった。


「あああああ。散らかったままだったぁん!」


 女性は慌ててお菓子の袋を端に寄せて、ガスランプをひねって小さな明かりを灯した。


「お目汚し失礼しましたぁ。どうぞ息吹戸いぶきどさん」


 座るよう促されたので息吹戸いぶきどは素直に椅子に座る。女性は対面に座った。


「では。記憶喪失の息吹戸いぶきどさんに改めて自己紹介ですぅ。わたしは綴蒼詩つづりあおしでぇっす。元常夜導長鳴鳥とこよしるべながなきどり諜報部所属していましたぁ」


 そして恭しく一礼する。

 

 自ら正体を明かしてくれて助かるが、はいそうですか、で終わらせて話を進めるつもりはない。まずどうして生き残っているのか、から答えてもらなければならない。

息吹戸いぶきどは視線を鋭くさせた。


常夜導長鳴鳥とこよしるべながなきどり? 壊滅したって聞いたけど」


「その生き残りです!」


 つづりはエッヘンと胸を張って、


「もうー。どこまで忘れてるんですかぁ! 息吹戸いぶきどさんの助言のお陰ですぅよぉう。あおしはずぅぅっと、生涯あなたに尽くす誓いをたてておりますぅ。わたしの全てはあなたの物ですよぉ。んふふふ」


 ちらりと艶っぽい眼差しを向ける。

 つづりと目が合った瞬間、息吹戸いぶきどの脳裏に浮かんだ言葉はGLであったが、無視である。

 瑠璃がどんなことをしてたのか興味がないと言えば嘘になるが、今は絶対に無視するべきである。


屍処かばねどころとの抗争は私達が生きている間で終わることがないって意味か……」


 と自分に都合の良い翻訳をした。


「そうですぅ。でもぉ。害獣の数は減らすのはいつの世も変わらないのですぅ」


 つづりは相槌を打ちながらカバンを漁って三十センチほどのケーブルを取り出した。先端がネジのようにグルグルとなっているためUSBケーブルではない。


「少し失礼しますぅ」


 つづりがズイっとお尻を浮かせて前のめりになる。テーブルに胸を置きながら息吹戸いぶきどの左手を丁寧に持ち上げて、リアンウォッチにある小さなボタンを押した。

 小指サイズのディスプレイが現れると画面にネジ穴が三つほどあった。つづりは赤い丸がついているネジ穴にケーブルの先端を近づける。先端がぱぁっと光りネジ穴にレーザーが注がれた。


「では情報を移しますねぇー」


 メイン画像である空中ディスプレイが勝手に浮かびメールが届く。


「確認しまぁす」


 つづりはディスプレイを何度か押してメールを開き沢山付属されているフォルダのロックを解除して開いていく。無事に送れていると分かると綴は画面を閉じてケーブルを外した。息吹戸いぶきどの手をゆっくりテーブルに下ろすと席に座り直す。


「調査報告はこれで終了ですぅ。なるべく早く目を通して、読んだら必ず消してくださいねぇ!」


読んで頂き有難うございました。

次回は鶏が持ってきた情報にヤバさを感じます。

更新は日曜日と水曜日の週二回です。

面白かったらまた読みに来てください。

物語が好みでしたら、何か反応して頂けると励みになります。

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