第27話 上梨卯槌の狛犬本部
住宅街を少し離れた場所、森を切り開いて創られた上梨卯槌の狛犬本部は、三階建ての大正モダンな屋敷の外観をしている。コンクリート建築で、外壁がレンガ造りになっている。禍神の襲撃を何度も受けながら100年以上倒壊を免れている建物だ。
建物の両脇にコンクリートが敷かれ、駐車スペースが設けられ沢山の車が停まっている。
玉谷は借りている駐車スペースに車を停めると、エンジンを切って声をかける。
「到着したぞ。起きろ息吹戸」
一声で目を開けた息吹戸は、「ふわい」とあくびを噛み殺しながら、椅子にもたれ掛かって背伸びをする。
「着きましたかー?」
「着いたから声をかけとる」
「それもそっか」
息吹戸は車から出ると、本部を見てパッと目を輝かせた。
「すごい! モダンな建物! 写真撮りたい!」
観光客のように大はしゃぎする彼女を、玉谷は何とも言えない表情を向ける。
ほぼ毎日出勤して見飽きているはずなのに。と心で呟いた。
頭痛が起こりそうな頭を軽く振ってから「ついていきなさい」と息吹戸を誘導する。
呼びかけられ、はい! と上機嫌で返事をした彼女は、カルガモの子のように玉谷の斜め後ろをついて行く。
その視線はあちこちに飛んでいて、明らかにこの景色を楽しんでいた。
建物の玄関に着くと、息吹戸は上を見上げた。
「す、すごい……」
建築物の偉大さに息を飲んで感動しながら玄関の中にはいる。一言で表すなら、そこはダークブラウンのモダンクラシックな内装だった。装飾性の高いクラシック様式の手すりと、曲線が少ない角張った棚や椅子が目を惹く。
その空の隅っこに普通の自販機が置かれ、喫煙スペースが設けられている箇所がある。ちょっと周りと浮いているかな。と思ったが許容範囲内だ。あれば便利なものには目を瞑ろう。
息吹戸はときめきを隠しきれず、目に星を輝かせながら「すごい」と呟く。しかしそれも一瞬で、速足で廊下を歩いていく玉谷の後を急いで追いかけた。
玉谷は『討伐部』と書かれたプレートを目にしながら黒いドアの前に立つ。どうやら職場は一階のようだ。
玉谷は振り返りドアを示す。
「ここがお前の職場だ。見覚えは?」
「全くありません」
と即答すれば、玉谷はややしかめっ面をする。
「入ってみなさい」
「はい」
促されたので、息吹戸は漆喰で塗られた木のドアを開け、室内に足を踏み入れた。
「うん?」
そこは予想とは違った空間だった。
職場も大正モダンな内装と期待したが、現代のオフィス仕様だ。
ホワイトの壁紙が壁一面に敷かれ、個室を形成する壁が最小限にあるだけの、広くて開放的空間だった。
ワークスペースに対面式個人ブースが10台設置され、その横にはファミレス席が三台。ホワイトボードにびっしりと情報が書かれている。
「これは、予想外……」
幾分ガッカリするが、玉谷も室内に入ったので気を取り直す。「ここはどうだ?」と呼びかけられたので、首を左右に振りながら「全然なにも」と答える。
玉谷は「はあ」とため息を吐きながら、奥へ進み部長プレートが置かれているデスクへ向かう。部下の動きを監視できるよう全体が見渡せる位置だ。
息吹度はきょろきょろ見渡す。室内には誰もいない。
(今、全員出払っているみたいだね)
BGMがないのでコツコツと玉谷の足音が響いている。
(外装はレトロで、内装は一般的なオフィス。残念)
息吹戸は改めてがっかりする。外見同様に内装もレトロ空間だと思い込み、期待していた。
おそらく改築工事を繰り返し、尚且つ、現在のニーズに合わせる為このような和洋折衷……というよりも温故知新な状態になったのだろう。
これはこれでアリか。と思い直し、現実に向き直った。
(さて、どうしようかな。全然わからないんだけど。何をすれば?)
息吹戸は視線を泳がせた。この建物や職場は初めて来た場所なので勝手がわからない。
とりあえずドアの横で静かに佇んでいると、玉谷がその様子に気づき、顔をあげて呼びかけた。
「息吹戸、会議スペースに腰をかけなさい」
「会議スペース?」
そこだ。と示されたのは、出入り口から左側にある壁の白と黒のドア。あそこが会議スペースらしい。
息吹戸は歩きながら近付いてドアを示す。
「ここですか?」
「そうだ。そこに入って少し待っていなさい」
「はーい」
促されたのは手前側にある白いドアだ。会議スペースのドアを開けて覗くと、テーブル一つに二人掛けのソファーが対面で置いてあった。こちらの家具はモダン色が強い。
(わあ、可愛い家具)
ちょっとだけテンションをあげて、今度は座る場所をどっちにするか迷った。なんとなく奥側に座って待つ。
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