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おいでませ神様のつくるミニチュア空間へ  作者: 森羅秋
第五章六句 授け与えるカタストロフィー・蟲毒フィールド
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第263話 条件クリアがある

 二人の頑張りに期待しつつ、息吹戸いぶきどは前方を眺める。


 すりガラス状になっている布帛ふはくの向こう側は、輪郭がにじんだ町の色が見えるくらいだ。

 端まで進むと足元の水面が少し上に伸びていることに気づく。水位が上がっているようだ。


(膝下くらいかな?)


 水位の予想をしている間に二の境界からどんどん人が出てくる。さながら大規模なマラソン大会であったが、多くの怪我人が走っているため状況はひっ迫している。


 必死の形相で逃げる者、声を上げて泣き叫ぶ者、子供や年寄りを引っ張って走る者が通り抜けて行くのを横目で見つつ、息吹戸いぶきどは二の境界に触れた。布帛はプラスチックのような手触りで冷たく感じた。


「あ……通れないや」


 分厚い空気の層が指を押しのける。

 力技で通れるようになるとも思えず、どこかに抜け道がないか調べるため場所を移動した。


 二の境界に沿って歩くと広い車道に出た。

 人々は布帛ふはくを通り抜けるが、中には行く手を阻まれて動けない人もいる。いくつもの人間のシルエットが写り、何とか向こう側に行こうと体を押し付けていた。


 そして布帛ふはくを抜けても二の境界から去らない人も目立つ。こちら側に来れない人を引っ張り出そうと頑張っていた。

 しかし誰一人として境界を抜けることができないため途方に暮れている。


(通行の差って情報通りなんだろうか?)


 しばし観察してみる。

 男性が通り抜けられない、逆に女性が通り抜けられない。

 学生達が全員で通り抜けたり、老夫婦とその家族が通り抜けたり。家族の中で通り抜けられない者がいたり色々なパターンがあった。


(やっぱ読んだ方が早いかも)


 息吹戸いぶきどは二の境界を見上げて意識を集中させる。二の境界及び周囲から文字列が浮かび上がった。

 大音量のノイズを放つパノラマ巨大ディスプレイに映しだされたのは、フォントサイズ三の大きさの文字がびっしりとエンドロールのように流れてくる。


 そこから必要な情報を目視で探し出すような感覚であった。

 文字が小さいので読みにくい。それに加え四方八方から不規則動きをしていたので音を上げそうになる。


(……目がチカチカする)


 アスマイドの文字に絞り込み、飛び込んでくる情報から抜き取って読む。

 膨大な情報量が思考を混沌にさせていくが、一部分の解読に成功した。


『***を**ひきぶ*え*もの**つう**かのう』


 眼の奥が痛くなってきたので息吹戸いぶきどは解読をやめた。すぐに痛みは消えたので頭痛は回避できたようだ。

 腕を組んで静かに見上げる。


(読める文字が少なかったな……もっと覚えないと。さて、通り抜けるのに条件があるのは分かった。でも全部読めなかった。ちょっと周囲を観察してみるか)


 息吹戸いぶきどは再び布帛ふはくに沿って歩く。

 今度は車道を抜けて建物を迂回して反対側の歩道に出た。


(こっちも脱出してる)


 三人の家族連れが二の境界から抜け出ようとしていた。

 若い男性と女性、そして小学一年生くらいの少女が息を切らせてやってくる。三人の服はところどころ血が付いているが返り血のようだ。


「ままぁ! いちちゃんがころんじゃったぁ!」


 少女が二の境界に半分体を出した状態で母親の服を掴むと、女性は血走った目で後方を振り返った。すると肩まで出ていた男性が踵を返して戻った。すぐに布帛ふはくの向こうで赤い火がぼわっと広がる。

 二分後、頭にべっとりと返り血がついている幼女と女性、少女が二の境界から飛び出してきた。


「ままぁ! ままぁ! こわかったあああ!」

「もう大丈夫だからね。パパが守ってくれたから」


 幼女が泣きながら女性に抱きついた。男性も出ようとしたが布帛ふはくに激突して尻餅をついた。女性と子供二人は驚いて固まるが、すぐに駆け寄ろうとして布帛に弾かれた。


「うそよどうして!?」


 女性が叫びながら布帛を叩く。戻れないと分かると、泣きながら子供たちを連れて二の境界から離れた。妻子が離れたことで男性は移動してどこかへ消えてしまった。


 一部始終を眺めていた息吹戸いぶきどは、ふぅむ? と首を傾げる。


(あの男性、二の境界から出れたのに戻ったら出れなくなった。そして一度完全にでた女性は向こう側に戻れなくなった。情報は正しいっと)


 歩きながら考えていると何度も似たような場面に遭遇した。

 二の境界から出かけて引き戻し、何かをすると出られなくなっている。


(二の境界で従僕と戦うと通れなくなるみたい。こちら側とあちら側が条件が違うのか。さーてと、私がこれを通り抜けるには従僕を倒さなきゃいけない)


 息吹戸いぶきどは急いで従僕じゅうぼくを探し始める。

 現時点でカミナシやアメミットは一の境界内にいる従僕をメインに討伐している。元々従僕の数が少ないのに更に少なくなっている状態だ。

 二の境界が聳える付近で探すこと数十分、布帛から一体の従僕が通り抜けたのを目撃した。

 体は虎で顔は人間である。

 カツン、カツン、と脚の爪がアスファルトに響く。従僕は顔を動かして周囲を見渡す。そして前方にいる息吹戸を見つけて、オギャァ、と泣き声を上げた。



 これは古代中国の伝説の生き物、馬腹ばふく、もしくは馬腸ばちょうだ。

 水中に住み人を食べる生物である。この肉を食せば兵をさけ、雷鼓をおそれなくなる効果があるそうだ。



 馬腹ばふくは人の顎を限界まであけると、虎の口がでてきた。『オギャァ!』と一声鳴いて全力疾走。水しぶきをあげながら正面からとびかかってくる。


 息吹戸いぶきどはスライディングで下に滑り込み、馬腹ばふくの首を鉈で貫いて削ぎ落した。ごろんと首が地面に落ち、胴体がどしゃんと水しぶきを上げながら転がった。

 息吹戸いぶきどが立ち上がる。体の後ろ側が水で濡れてしまった。


「ふぅ。水あるの忘れてた。冷たい」


 先に進もうとしたが、馬腹ばふくが光ったので視線を向ける。追撃だろうかと様子を伺っていると、馬腹ばふくからソフトボールほどの光が一つ、飛び出した。


 光は六つの花弁をもつ花のようであり、六つの胃をもつミズクラゲのようにも見えた。


 霊魂ではないと気づいてよく視ようとした瞬間、光は一直線に息吹戸いぶきどにやってきて、するん、と体内に入る。

何故か神通力が変化した。


(なんだこれ。言葉では説明できないけど違和感が……)


 鉈を振りながら体を動かしてから、おもむろに馬腹ばふくの亡骸を持ってみた。軽く感じる。


(力が上がった気がする? レベルアップ? ゲームのように? 嘘でしょマジで?)


 突然、神通力量と威力が増加したことに戸惑う。戦闘に勝利したら一瞬で強くなるのは初めてだ。


 世界の理が書き換えられていると感じて、これはマズイなと『私』の中で警鐘が鳴った。

 気をつけろ穢る、と囁かれた気がして息吹戸いぶきどは拳を握る。


馬腹ばふくの力を吸収させられた。どんな狙いが。うーん、とっても気持ち悪い。あまり吸収したくないけど今回は仕方ない。菩総日神ぼそうにちしんに会う前に解けなければいいけど。まぁ大丈夫だけど……)


「って、何が解ける?」


己の心にツッコミを入れる息吹戸いぶきど

数秒だけ誰かと話していたような奇妙な感覚を覚えた。


「まぁ……いいか」


 数秒考えたが、さっさと気持ちを切り替え、二の境界へ向かった。


読んで頂き有難うございました。

更新は日曜日と水曜日の週二回です。

面白かったらまた読みに来てください。

物語が好みでしたら、何か反応して頂けると励みになります。

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