第262話 歩きリアンウォッチ
津賀留が鼻を大きくすすりながら、はい、と返事をした。
ライブ中にリミット乙姫三名から禍神が召喚、観客やスタッフの体内から従僕が召喚されたことから始まり、ドーム内で結界を展開して生存者と共に隠れていること。
礒報は現在、生存者の位置確認と安全強化を行うため、単身で動いている事。
章都は倒れて戦闘不能に陥っている事。同じ症状で倒れる人たちが居る事をかいつまんで述べた。
息吹戸は動いている交差点で青信号を待ちながら、なるほど、と頷く。
車道誘導をしていたアメミット隊員が彼女の存在に気づき、赤色灯を振ってすぐに進行中の車を一時停止させた。
早く通るように手で示されて、息吹戸は小走りで横断歩道を通過した。
「それじゃあまず質問だね。津賀留ちゃんは転化した原因はなんだと思ってる?」
津賀留は動揺してたじろぐが、現場を見て感じた事を正直に述べた。
『スポットライトに当たったことです。光に……照明機材の中に呪具があったんだと思います』
「章都さんはスポットライトに当たったのかな?」
『私は見ていないのでわかりません』
章都はスポットライトに当たっていたが、それを知っているのは礒報だった。
「ふーむ。なら章都さんの服をすこしはぐって、体の状態を確認して」
『え!?』
と津賀留は驚きの声をあげた。
『ですが、初期転化でこの症状はでません。これは中度から重度の症状のはずです』
「程度は知らないけど、照明浴びて転化した人が続出したんでしょ? 苦しむってことは転化に抵抗していることじゃない? ボディチェックしろって言うのは転化進行を確認しろってこと」
『え!?』
「え。じゃなくて、転化起こしていると予想してるならさっさと対処しなさい。持っていった荷物の中に進行を緩めるようなアイテムないの?」
『わ、わかりました。回復護符は私では判断つきませんが、章都さんの状態をすぐに調べますので、通話切らないでください』
津賀留は素直に指示に従った。
男性たちに見られないように気を付けながら、シャツの隙間を大きくしたらい、手で触ってみたりと、章都のボディチェックを始めた。
「なるべく早くね」
息吹戸の前方に二の境界が見えてきた。一の境界と同じようにすりガラス状で、向こう側はうっすらと建物の色があるくらいしかみえない。
息吹戸は期待に胸を膨らませながら、走る速度を上げつつひょいっひょいっとガードレールを飛び越えていく。それは陸上競技、水濠のレースを行っているようにみえた。
そこへ『確認しました』と津賀留が声を上げる。
『狗の毛っぽい白いものが心臓から腹部に向かって生えています』
章都が胸を掻いていたので、まず胸元のシャツを緩めてみた。肌からもさっとした白い狗の毛が生えている。転化の症状だ。
「ほかの人は?」
『少しだけお待ちください』
津賀留はすぐに四人のボディチェックを行う。胸元を中心に衣服を緩めると、全員の肌に白い狗の毛が生えていた。
『全員、心臓から腹部に向かって狗の毛っぽいものが生えています。他の方々はさておき、章都さんが拒絶反応でこのような状態になることは……変です。上手く説明できませんが、変だという印象です』
津賀留の顔が曇る。違和感を覚えるが正しく言い表せない。漠然と、いつもと何かが違うとしか感じ取れなかった。
曖昧なことを伝えても仕方ないと思い、話題を変えることにした。
『礒報さんは初期転化を解除することができるので、戦闘に復帰することは可能だと思います』
息吹戸は「そう」と淡白な相槌をした。
二の境界がもうすぐそこにあるため、意識がそちらに向かい始める。
「そう、それじゃぁ」
通話はここまでにして切ろうと思ったときに、
『あ、礒報さん! 息吹戸さんと通信が繋がって』
興奮している津賀留の言葉にかぶさるように
『礒報です。お手数おかけします』
礒報が噛みつくように話しかけてきた。走って来たのか息が上がっている。
息吹戸は二の境界から五メートルの位置で立ち止まると、一言一句聞き逃さぬよう耳を傾ける。
『用件だけお伝えします。助言有難うございます。章都さんを含め全員が初期転化を発症しているため解除を試みます』
「まずは章都さん優先でお願いします」
息吹戸は戦力回復を最優先するよう念を押すと、礒報は当然と言わんばかりに即答した。
『もちろんです。まずは章都さんの回復に努めます。しかし専門ではないため時間がかかることをご了承ください』
禍神の戦闘までに回復させるつもりだが、間に合わなかったらごめんなさい。と暗に伝える礒報に、息吹戸は口角を上げた。
「気張ってください」
戦力が増えれば局面が有利になるので絶対に間に合わせろ。という意味を込めた。
礒報からもちろんと肯定の言葉が返ってくる。
「礒報さん。一点だけ確認させてください。章都さんはスポットライトに当たりましたか?」
『はい。彼女はスポットライトの光を浴びました。そして私と津賀留さんも浴びました。しかし転化しているのは章都さんだけです。観客もスタッフも同様です。ライトに当たって転化する者、しない者、そして転化に抵抗するため倒れる者。さきほど確認しましたが、ライトに当たって転化したアメミット隊員は一人です。他の人は倒れることなく任務にあたっています』
「転化した人は、ライブ護衛に配属された人ですか?」
『はい。ライブ警備責任者の彩里弥静です。数人の隊員が転化した姿を目撃しています』
息吹戸が「え、それ駄目じゃない」と素直な感想を告げると、礒報が「その通りです」と重々しく頷いた。
「あと、マネージャーの花尾さんも転化しました!」
と津賀留が付け加える。
「うーん。単純に考えたら、スポットライトだけが原因じゃなくて、別の要因があるってことか。その辺りは禍神を討伐してからにしよう」
息吹戸は問題を先送りにした。
「では、なるべく早くそっちに」
『お待ちください。もう一つお伝えしたいことがあります』
と、礒報は息吹戸を引き留める。
『従僕は天路民と弱った従僕を食べており、禍神は従僕を食べています。もしかしたら従僕は禍神の餌である可能性があります。このたびの禍神は成長するタイプのようです』
「なるほど食物連鎖がすでにできていると」
息吹戸は楽しそうに笑みを浮かべた。
『間違って……はいない気がします。なお禍神の正体は不明です。龍という形ですが記録にない個体です』
「記録にない。それはそれで楽しみ。ではまたあとで」
『道中お気を付けください』
『息吹戸さん気を付けて下さい!』
津賀留が礒報の言葉に割り込んだので、息吹戸はおかしくて苦笑する。
「津賀留ちゃんも気を付けてね」
『はい!』
津賀留の元気な声を聞いてから、息吹戸は通信を切った。
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