第26話 さしあたって、話が進む
天路国。
ここは菩総日神が創世した箱庭であり、人間が繁栄している世界である。
神が主体となり管理、発展させてきた世界であるが、ある時を境に、世界の秩序を人間に任せると告げた。
人間たちは神の意向に沿い、世界を保つ使命と力を授かる。
本来ならば、その力は世界を豊かに保つために使われる予定だった。
人間に自由と開拓の権限を与えた目的は二つ。
世界が変化していく過程の観察。そして近未来文化であった。
娯楽の溢れた都市、そこに降り立って人間のように遊ぶことを密かに期待していた。
しかし、途中で思わぬ障害が立ちはだかる。
同じ時空にいる四人の神が天路国に興味を抱いた。ある者は箱庭の雰囲気を気に入り、ある者は箱庭の環境を気に入り、ある者は人間の質に目をつけた。
四人の神は、天路国侵略ゲームという賭けを始めた。
それが苦難の始まりだったと、後に菩総日神はぼやいていた。
菩総日神が目を離している間に、箱庭が度々壊滅寸前まで追い込まれていた。
一度や二度なら笑って許せたが、二桁の数になると流石に腹に据えかねた。
目が向いている間なら庇うことができるが、目を離すと壊滅している。
菩総日神は多忙であるため、ずっと見ているわけにはいかない。
そこで人間に自衛させることを思いついた。
新たに敵を倒す力を与えて、侵略を退けられる知恵を授ける。協力できるよう防衛組織を作るなど、色々な手を打ってきた。
対して神々は、嬉々となり征服に力を注いだ。
優劣を競うための舞台として、捕食用の餌場として、新たな術の実験場として、憂さ晴らしの場所として。
こうして箱庭は、神の憩いの場であると同時に、神の代理戦場と化した。
そんな歴史を踏まえて、
天路の国、真中県、天路中央市。
そこに禍神侵略阻止を行う上梨卯槌の狛犬、略してカミナシと呼ばれる組織の本部がある。小規模な事件を担当することが多いが、個々の能力値が高いので禍神に対抗する主戦力でもあった。
今回の中央市で行われた降臨の儀は、カミナシの調査や捜索を掻い潜られ、大惨事を引き起こす一歩手前だったが、息吹戸の活躍によって未然に防ぐことに成功した。
いくつかの地域で発生した従僕の事件は囮であると、ずっと主張していた彼女の言葉は、多忙な日々で後回しにしていたことは否めない。
辜忌が関与しているという尻尾が掴めないために、思い切った調査が出来なかった。
何も証拠がなくても動くべきだと強く訴えた彼女は、中々動かないカミナシにしびれを切らし、勝手に姿をくらませて独自の調査を行っていた。
調査書類を机に投げ捨て、あえて連絡が取れないようにリアンウォッチを置き捨て、行方をくらます。
玉谷が追ってくることを狙って。
結果的に、息吹戸の勘は大当たりだった。
残した資料を解析すると、今までの事件があのビルで行われた降臨の儀に関連していると結論がでた。
ご丁寧に降臨の儀式の日付と、時間が記入されているところを見ると、この禍神は相当神経質かつ知能の高い神だと推測できる。
おそらく息吹戸はもう現場に到着しているはずだ。と、一課全員を招集して現場に向かう。
そして、予想通り事件は終息していた。
そこまでは良かった。
いつも通りといえば、いつも通りだったから。
しかし今回は、それ以外の問題が発生した。
「ええと、あの。私が誰か、思い出せないんですけど。この場合、どーしたらいいですかね?」
息吹戸が自分を忘れていた。
これはマズイことだと、カミナシの討伐部署の部長こと玉谷紫黄は、部下に後始末を任せ、彼女と共に車に乗り込む。
運転する前に、アメミットの禍神討伐部署に連絡を入れて情報を共有したところで、大きなため息を吐きながら車を動かす。
玉谷は五十代半ばの男性で、前髪だけ白髪交じりの茶髪をオールバックにしている。
太い眉にやや垂れた目が困惑した様に、助手席で眠っている女性を見つめた。
女性こと、息吹戸は気持ちよさそうに眠っていた。
ネイビーグレージュ色の長い髪をひとつにまとめて、ローポジションのポニーテールにしている。キリッとした眉毛、ほっそりとした頬、艶々な唇。振動で頭が振れるたびに、オーバルフレームの黒い眼鏡がずり落ちそうだった。
信号が青に変わり、玉谷は視線を道路へ戻す。
部下である息吹戸の『記憶がない発言』を聞いて、報告がしなくないための冗談と思ったが、彼女にしてはあり得ない言葉選びと態度に加え、必死に『覚えてない』発言を繰り返す姿に、嘘を言っているように思えなかった。
玉谷自身も困惑したため、その場で深く追及せず本部に戻ることにした。
本当ならビルの現場検証と捜査を指揮しないといけなかったが、それを丸投げして今に至る。
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