第253話 キャラ設定モデル
息吹戸は紙袋から雨下野の小説を取り出す。
「これちょっと読んでもいい?」
取り出した第一巻をみた雨下野は小さく「あ」と否定的な声を出す。目の前で息吹戸に読まれるのはメンタルが痛い。
「おすすめを教えてもらう前にまずはこれを読んでおかないと」
「え、ええ……」
「家に帰ってじっくり読むけど、まずはササっと、第一話くらいは読みたい!」
「え、ええ。どうそ」
胃の痛さを感じながらも雨下野は促した。息吹戸はパラパラパラパラとページをめくっていく。
速読術だと気づいた雨下野と烏頭は息吹戸の手の動きを目で追った。何とも言えない緊張感が二人に漂う。
「ふむ……」
半分まで眺め終わったところで息吹戸は視線を二人に戻す。ぴくっと体を動かす二人は硬い表情をしていた。
「小説は二人で作ってるの?」
烏頭が首を左右に振って否定した。
「いーや。俺は絵を提供してるだけ。だからうかちゃんの本」
「え? この表紙を書いたのが烏頭さん?」
「そ」と烏頭はしれっと頷く。
「凄い!」
息吹戸は目を輝かせて烏頭を見つめる。
烏頭は驚いて瞬きを繰り返した。
「まず絵に惹かれて本を手に取ったんだ。つまり烏頭さんが雨下野ちゃんの作品に巡り合わせてくれた。烏頭さんの絵は凄く好きだよ!」
「っ!」
尊敬の眼差しを受けて烏頭の頬が染まった。あの暴君の女王から褒めてもらったと喜びで心拍数が上がった。
「ああああありがとございます。な、中身もバッチリ良い作品だから、そこもしっかり吟味してくれな。どうせだったら感想もしっかり言ってくれや。うかちゃん感想に飢えてるから」
ごふっ、と雨下野は飲んでいた物を口から吐きだした。ケホケホ咳き込みながら、烏頭の腕の裾をクイクイと引っ張る。
「ちょ、トート! 息吹戸さんになんてことを」
「じゃぁ、パッと思った感想言って良い?」
息吹戸が薄い笑みを浮かべると、烏頭と雨下野が「え?」と疑問の声をあげた。
「もう読み終わったのでしょうか?」
雨下野が不可解そうに聞くと、息吹戸は「うん、流し読みだけどね」と頷いた。
「それで……ちょっと確認したいんだけど」
物語は中学三年生の主人公が、しだれ桜をみて思い出す幼少時の記憶。物語はそこから始まる。
近所の少年と毎日遊んでいた。親友と呼べる大事な友。しかし小学校に上がる前に転校して去ることになった。いつか再会して遊ぼうと約束を交わす。
中学三年の時に幼馴染と再会を果たすが、親友が別人のように変わっていた。交流を求めても主人公を遠ざけようと冷たく接する。
それでも昔のようにまた仲良くなりたいと決めた主人公は、親友と関わろうと行動を起こす。
親友は最初、主人公を遠ざけようとしていた。しかし嫌われていようが傷つけられしまおうが、めげることのない主人公の真っすぐな気持ちをうけ、いつしか感化されてしまう。
やがて親友の暗い過去を知り、主人公は心の底から彼を守りたいと気づく。この気持ちにまだ名前はない。
というのが一巻のお話だ。
主人公や幼馴染の描写に、息吹戸は親近感を覚えていた。
言葉遣い、動作、態度、感情の動き。
それに思い当たる人物達がいる。どうしても脳内を顔がちらつく。
雨下野が書いたのならばあの人物達をモデルにしている可能性が上がる。
多分これは聞いたら駄目だろうなと思いつつも、このままでは気になって眠れない。
ごめんねと心の底から謝りながら、ズバっと質問した。
「この主人公って祠堂さんがモデルで、戻ってきた幼馴染は東護さんがモデルだよね?」
ごふぁ。
と、強烈なボディーブローを受けたように、雨下野は口から何かを吐いた。
それは口腔に残っていた紅茶かもしれないし、新たに出た唾液かもしれない。
雨下野は即座に顔をあげるが、目が渦を描くほど動揺している。
「ああああああああののののの」
「だよね?」
息吹戸が再確認すると、雨下野は顔を真っ赤にして、バツが悪そうに視線をそらした。
そして間を空けて「…………はい」と、小さく呻くように返事を返す。羞恥心が高まり、バッと両手で顔を覆った。
「やっぱりそうだった。すっごく性格似ててさぁ。もしかしてって思ったんだ」
人物モデルが分かればなおのこと興奮する内容だ。息吹戸は両手を合わせて納得するように何度か頷いた。
雨下野はビクッと肩を動かして、怯えたように指の隙間から息吹戸を見つめる。彼女は美味しい料理を噛みしめるように、恍惚の笑みを浮かべている。
「雨下野ちゃん流石、イイトコに目をつけてる! わかる、わかるわ、あの素材の組み合わせは最高だから」
「……え?」
雨下野は呆気に取られて、顔から手が落ちて力なく膝の上に戻る。
「あの二人が会話する内容は萌えしかない! そうでしょ?」
「え……」と小さな声を上げて、雨下野は息吹戸を凝視した。死んだような目が一気に生気を取り戻し、更にはキラキラとした星が瞬く。
祠堂と東護。普通の視点からみれば一触即発で犬猿の仲である二人は、腐ったフィルターをかけると恋や愛になっていると解釈できる美味しい素材だ。
その感覚がとても近い者が集うと――――こうなる。
「そぉぉぉぉぉおなんです!」
タァン、雨下野はテーブルを叩く。開眼した彼女は極度の興奮状態に陥っていた。
「祠堂さん及びアミメットの方々を眺めていると創作意欲沸いてしまって。特にちょっと犬猿の仲だともう、琴線に触れすぎて抑えきれないのです!」
「わかる。いつも仲違いだけど共通の敵には手を取り合って倒す。萌える要素が毎回みられるとなれば」
「おっしゃる通りです! さらには普通に抱き合ったりゼロ距離だったり尖った会話の節々に信頼が伺えて涎がでそうになります!」
「挑発的な態度とか、それに乗ったりする姿とかもうやばいよね。誰とは言わないけども『し』がつく人と『と』がつく人とか本気でテンプレ的に美味しい。美形がやってるからほんとご馳走」
「そうなんですっっ! 狂わされたんです! あの御二方のやりとりに! 本当はもっとひっそりと愛でるタイプだったのに! 書かないと! あふれて! 壊れそうになるんです!」
雨下野が恋する乙女の――壊れたヤンデレのような表情になり嘆いた。
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