第246話 籠城キャン
「やはり。籠城するのが一番です」
礒報は額に浮かんだ冷や汗を拭いた。
野狗子が闊歩する中で天路民を保護しながら、ドーム脱出可能の有無を確認してきた。外は沼地に変化しており従僕が徘徊していた。
ドームの方が安全であると判断して、礒報と津賀留と章都は一階通路の出口側にあるロッカールームに身を隠していた。
ドアに護符を貼り結界を施しているので、敵がこちらの気配を察知及び侵入することはできない。
「ひとまずここに居れば安全です。喋っても問題ありません」
それを聞いて、紅葉と雪、スタッフや一般人の総勢四十人が安堵の息をはいた。そして緊張の糸が切れたのか数名が崩れ落ちて泣き始め、悲しみに暮れながら互いに慰め合う。
「なぁ。あんたカミナシだろ? 何が起こったかわかるか?」
スタッフからの質問に、礒報は首を横に振る。
「侵略されているとしか言えません。生き延びる。それだけを考えてください」
礒報の力強い言葉にスタッフたちは静かに頷き、うつむいたまま離れた。
異界教育により侵略発生後は人の手では防ぐことが困難と知っているので、防衛組織に憤りを向ける人は少ない。
礒報は壁の隅に居る津賀留のところへ行き、仰向けに寝ている章都を眺めて「章都さん」と沈んだ声で呼びかける。彼女は激しく咳き込み、胸を掻きむしるように指を動かしている。
高熱をだしているため顔は赤く、大粒の汗が全身を濡らしていた。
「具合は酷くなる一方です」
津賀留は濡らしたハンカチで章都の額の汗を拭き取りながら、「この症状はなんでしょうか?」と呟き、横に寝ている彼らを見つめた。
十代女性三人と二十代男性一人で、スタッフに運ばれてここに逃げてきた。彼らも章都と同じ症状である。
「呪いを受けてしまったのかもしれません」
と礒報は呟いた。
呪いを特定する能力はないが、経験からそうであると思っている。
「津賀留さん。部長に連絡できましたか?」
「状況を動画にして送りました。でも返信が来る前に通信が遮断されました。浸食の影響だと思われます。上手く届いているといいのですが……」
と、津賀留は深いため息をついた。
礒報はそう思いますと同意してから、リアンウォッチから連絡表を開く。ドーム調査中に一人の隊員と連絡交換をしていた。外部は駄目でも内部なら、と通話ボタンを押す。
呼び出し音が聞こえるので回線は生きているようだ。
『……礒報さん!?』
相手が電話にでた。
これで互いの状況が共有できると礒報は安堵した。
相手は今日初めで逢った二十代前半のアメミット隊員である。彩里弥の対応に不安を覚えた旨を礒報に伝えながら、よければと連絡交換をしていた。
ここで役立つとは予想もしていなかった。
「内部なら通じるようですね」
『そうみたいです。連絡交換していてよかった! こちらはですね。ドーム周囲の警備班と連絡がとれなくなりました。あと内部警備の方々とも連絡がとれなくて、完全に遮断されているものとおもって……あ、隊長に代わりますね!』
礒報が「わかりました」と相槌を打つ。
質問したかった内容を得られたのは、緊急時における現状の共有というマニュアルを読んだからだろう。礒報の方が格上だと知っているので抵抗なしに伝えたに違いない。
『連絡有難うございます。アメミット雑踏警備第二班の途野矢と申します』
中年男性の声が聞こえてきた。
「カミナシ討伐第一課の礒報と申します。早速ですが」
禍神降臨について疑問点を述べる。
人体の異変はスポットライトの光が原因であり、照明に術が施されていると仮定。しかし瞬間的に光があたっただけで転化が起こったのは何故か。
アイドル三名は禍神に転化した。しかし禍神に変貌するためにはいくつかの条件がある。
基本的に『生贄や供物の数と質量、魔法陣、時間や土台、召喚術を行う術者』が揃っていないと成功しない。
今回の場合はいくつか当てはまらないうえ、いつ儀式が遂行されたのか分からない。
疑問は解消しなかったので今後について話し合う。
『ドーム内の警備は壊滅的被害です』
途野矢もスタッフや一般人を引き連れロッカールームや倉庫に避難している。また籠城できる場所で作業しているスタッフはそのまま待機してもらっていると告げた。
『先ほど二名を偵察に向かわせたが、連絡がつかなくなって』
「外の警備はどうなっていますか?」
『通信係はやられてしまったが、まだ連絡は繋がっています。そして重要なのは』
魔法陣をみた観客の一部が従僕に変化したことを聞いている途中で、
ダァン!
とロッカールームのドアが響いた。
外から殴られていると分かり、観客たちは息を潜めて身を寄せ合う。
津賀留もビクッと肩を震わせてドアをみた。音が響くだけでドアはびくともしないので、ゆっくりと緊張を解く。
ドアを叩く音が終わるとロッカールームが静まり返った。数分経って、ふぅ、と静かに息を吐く音があちこちから響いた。
礒報が観客とスタッフを見ながら「心配ありません」と声をかけた。
「ドアが閉まっているから叩いてみたのでしょう。結界があるので内部の様子は漏れません」
そう、この中であれば問題はない。
問題なのは普通に閉じこもっている人達だ。恐怖に駆られて悲鳴を上げるかもしれない。そうすると一巻の終わりだ。ドアをこじ開けて入ってくる。
「ドーム内の様子を探りに行きますので、一度通信を切ります」
途野矢にそう告げて通信を切ると礒報は立ち上がった。残りの護符を取り出し二十匹のスズメバチを召喚する。
「礒報さん?」
津賀留の不安そうな眼差しを受けて、礒報は苦笑する。
「結界がない場所に隠れている人もいます。安全を確保するため結界を貼ってきます」
「で、でも礒報さんは……」
戦う能力がほとんどない。と言いかけて口を噤む。一般人もいるのだ、不安要素を出すわけにはいかない。
「戦いません、見回りするだけです」
礒報は淡々と答えて、力強い視線を津賀留に向けた。
「津賀留さんに重要なお願いをします」
「な、なんでしょうか!」
「この結界が解除されないよう。アメミットの結界が解除されないよう。そして私が途中で神通力が切れないよう、全力での応援をお願いします」
津賀留は目を見開いた。自分にできることはみんなの負担を最小限にすることだと分かり、すぐに背筋を伸ばした。
「わかりました! 全力で応援します! 頑張ってください礒報さん!」
応援を受けると礒報の内側から力が湧いてきた。神通力が増大していくのを感じながら、「では行ってきます」と言い残してロッカールームから出ていった。
見送った津賀留は五人の看病に戻った。容体が悪化しないか観察しながらも
「大丈夫です。絶対に助けます。希望を捨てないでください」
と、恐怖に震える人に励ましの言葉をかける。
そうして十分ほど時間が経過した頃だっただろうか、突然、津賀留のリアンウォッチに着信が入った。
電波が繋がったのかもしれない。と期待に胸を膨らませて着信名を見る。
「あ……」
息を飲んで、もう一度その名を見る。
急にこみあげてきた感情を必死で押さえながら通話ボタンを押した。
冷静に、冷静にと心の中で唱えるも「……い、いぶきどさん……っ」と、濁音交じりの半泣き声になってしまった。
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