第233話 指摘の苛立ちアタック
控室の一室で、彩里弥は椅子に深く座り、苛立ちを抑えるべく深い溜息をついた。
先ほど到着したカミナシから『式神の質の悪さ』を指摘されて、頭痛がする思いだった。
式神の制御不能により、仲間の一人が危うく大怪我を負うところだった。と章都から非難を受けた。
その件は深く謝罪したが、彩里弥も遺憾を覚える。
偵察用の式神程度に対処できない者を所属させ、更に、現場に連れてきたとは非常識だ。こちらに難癖をつけるため、あえて足手まといを連れてきたのではと邪推する。
とはいえ、式神の落下は明らかにこちら側のミスだった。
カミナシだから苦情で済んでいるが、万が一、一般人が巻き込まれていたなら。始末書どころか厳戒処分の可能性があった。そう考えると巻き込まれたのがカミナシだったことに感謝しなければならない。
とりあえず謝罪によりその場は丸く収まった。必要以上に責任追及されることはなかった。そこまでは良かった。
問題はここからだ。
礒報から警備担当の力量は信用できるのかと疑われた挙句、式神の精度をあげるように勧告してきた。すぐに対処すると告げたものの、余計なお世話である。
彩里弥は眉間にしわを寄せて、ふん、と鼻を鳴らした。
指摘は癪に障る。こちらの方針に口出ししないでほしいと苦々しく思った。
「式神制御不能は私のせいじゃないのに。はーあ。どこの愚図よ。どうしてくれよう」
責任者であるため、部下が起こした些細なミスでも頭を下げなければならない。自分のミスではないのに謝らないといけないことに腹が立つ。
「第一課だからって、偉そうに」
爪をガジガジと嚙みながら、爪の欠片を口に含んでガリガリと噛んでから、はぁ、と彩里弥は額を押さえた。
「まぁ、こっちが大人の対応をしなきゃいけないわ」
カミナシには本日の警備の概要を伝えている。変更点や情報を共有し終わると、彼女たちはそれぞれ担当する場所へ向かった。
「誰が動いても、ライブが成功は私の手柄になるものね」
部下が使えない以上、カミナシに頑張ってもらおうとほくそ笑む。
「ふふふ。確認前にこれ食べちゃおう」
ごそごそと、差し入れの袋からリミット乙姫グミを取り出し、封を破って口に入れる。
「んんんーっ! このお菓子最高!」
甘いものを食べて気分を上げてから、彩里弥は控室から出て式神警備を指揮している隊長の元へ向かった。
この度の式神警備隊長は四十代の男性、保科啓太が務めていた。彼は真面目で責任感のある性格であり、結界を得意とするが式神の扱いも長けているため上司が警備隊長に任命した。
過去にどちらが班長になるか争ったこともあり、彩里弥は保科が嫌いである。
「あー。いたいた」
彼はドームの外にいて数名の新米隊員に指示を出していた。
新米隊員はこの度が初任務である。日頃から厳しい訓練を行っているが、本番となると緊張の色が濃い。少し硬い動きで鳥タイプの式神を操り、滝登りドーム周囲を観察している。
「ねぇ。ちょっとどうなってるの?」
彩里弥に呼びかけられた保科はすぐに彼女に向き直る。
「何のことでしょうか? 問題が発生しましたか?」
不思議そうに聞き返すと、彩里弥はキッと目を吊り上げた。
「偵察用の式神が制御不能なり、カミナシの津賀留が怪我をしたと報告をうけたのよ。全く、そっちはどうなっているの? これが一般人だったら始末書どころじゃすまないところよ!」
保科は驚いてすぐに顔色を変えた。バッと体を九十度折り曲げる。
「申し訳ありません! すぐに確認して対処します!」
「謝れば済むと思ってるの?」
「いいえ! 決してそんなことはございません! まずは彩里弥班長にご心配をおかけしたことを深くお詫びすると共に、再発防止を己の肝に銘じるためです!」
叫ぶ保科の額に汗が大量に浮かんでいた。
「ふぅーん」
深くお辞儀をしながら、彩里弥の動作に緊張する。
彩里弥は実力こそあるものの、部下への配慮がひどく欠けていた。
パワハラやモラハラは当たり前。彼女の下についたものは異動を願うか辞めてしまうことが多い。
また実力不足を軽視するわりに、部下の教育に興味がなく、適当な訓練計画を立てては怪我人を続出させることもしばしば。それについて上司から注意を受けると、部下の責任にして過剰な任務を負わせることも多かった。
「すぐにメンバーを集めて再確認及び全式神のメンテを行います!」
式神警備の隊長を任されている保科はひたすらに謝った。メンバーは全て新人隊員のため、最小限でも彼らに被害が及ばないように機嫌を取るしかない。
「アメミットに未熟な者がいると言われてしまったわ。どうしてくれるの? 私が馬鹿にされたのよ」
強い口調で言うと、近くを通りかかったライブスタッフがぎょっとして彩里弥を凝視した。目が合うとひそひそと会話して足早に去っていく。
妙な誤解を受けた、と怒りの眼差しで保科を見下す。一瞬、手を上げかけるが、ほかのライブスタッフがちらちらとこちらに視線を向けていた。
彩里弥はスッと手を下ろして腕を組む。
殴りたかったが、第三者がいるので止めることにした。
「いつまでそうしているつもり? さっさとミスをした者をみつけて教育しなおして三十分で使えるようにして。術に支障がなければ折檻も許すわ。なんとしてでも使えるようにして」
「わかりました!」
保科はバッと右手を胸に当て体を45度に傾けて天路最敬礼を行うと、それに倣うように、周囲の新米隊員も天路最敬礼を行った。
対して彩里弥は天路答礼を行わず、さっさと身をひるがえしてドームに戻っていった。
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