第228話 恋バナ咲くカー
〇質の悪さが目立つ現場〇
ライブ当日。夜が明けて間もなくカミナシ本部から章都、礒報、津賀留が出てきた。
正式な依頼のためミリタリージャケット(白と基調とし朱色の模様があり、立ち襟で前立てはジッパーとボタンがある。胸と腰に二つのポケットがありボタンで留めることができる。ウエストに絞り口があり、絞ってウエストを作っている)を着用している。
章都はオリーブグリーンのガーゴパンツを。残りの二人は黒いスラックスを穿いていた。
三人は本部敷地内にある駐車場に行き、カミナシマークのある白の軽自動車に乗り込む。
運転席に座ったのは章都だ。ライトブラウンのふわふわ長い髪をかきあげる。いつもは適当に垂れているが、今日はしっかり整えられ艶々になっている。
助手席に礒報が座り、その後部座席に津賀留が座る。彼女達はいつもと同じ出で立ちであった。
シートベルト着用を確認して。
「さぁて、仕事だ」
章都は車を発進させて会場へ向かった。
すれ違う車の数は昼間に比べて半分以下。渋滞にハマることもなくスムーズに移動しているので予定時間に着くだろう。
心に余裕が生まれた章都は「ふんふんふんふーん」と鼻歌を歌いつつ、バックミラーを確認して自分の顔を見てにやっと含み笑いをする。
推しに会うので二年ぶりに化粧をしたら、思いのほかきれいに塗れた。糸崎からレクチャーを受けていた成果がでていると大満足である。
「化粧イイ感じだ。ユッキーに様々だな」
「ええ。よくお似合いですよ」
褒める言葉で刺々しい雰囲気を発したのは礒報だ。愛想笑いを浮かべているが目が全く笑っていない。
「機嫌悪いなー?」
「いいえ」
と礒報は否定するが、本音をいえば少し機嫌が悪かった。原因は出発前にオフィスでのやり取りだった。
化粧によって気品漂う女性に変身した章都を見た一部の男性陣たちが色めき立った。そこに東護も含まれた。彼はたまたまオフィスにやってきて章都の姿に目を見張った。章都も得意げに『似合うだろ』と呼びかけると、東護は『綺麗な女性だな』と頷く。
二人のやり取りを目撃した礒報はショックを受けた。
会話は一言で終わり、東護は玉谷と会話を始めたのだが、礒報の目には『東護が章都に関心を持った』ように映った。
普段はガサツな女性の意外な一面、ここに堕ちる男性もいる。
女性として着飾った章都を邪険にするのは筋違いだとわかっているが、どうしても気に食わない。
「うっそつけー。東護さんがワタシの姿を褒めたのが気に入らないんだろー?」
「うっ」
と礒報が言葉を濁した。章都が不機嫌の原因に気づいていると分かり、バツが悪そうに視線を泳がせる。
「図星だな。短くても濃い付き合いだからなー。分かるぜー」
礒報は東護の挙動で一喜一憂する。いつものことなので章都は気にもしていなかった。
「本当に今日の章都さんすっごく綺麗です! 陶器肌ですしアイシャドウの色合いもよく似合っています!」
化粧の会話に入った途端、津賀留がキラキラした眼差しを章都へ向けながら称賛の声をあげた。
熱い視線を感じた章都は破顔する。
「だよなぁ! ワタシもそー思う! めっちゃ綺麗になってねー?」
「凄く羨ましいです! 私は化粧が下手なので羨ましいです」
津賀留は化粧下地だけつけている。化粧をすると老けて見られると指摘されて以来、あまりしない。
「ワタシも化粧下手だからさー。これユッキーの力なんだぜ。今度津賀留もさ、一緒にユッキーのメイクテク受けようぜ」
「よろしければぜひ!」
津賀留が期待に胸を膨らませ、祈るようなポーズで前のめりになる。章都は彼女の食いつきの良さに爆笑した。
「あははは! いいね! 自分磨きは最高だ。いやそれとも、綺麗な自分を魅せたい奴がいるのかな?」
「え!?」
予想外の切込みに驚いた津賀留は、背中を座席に引っ付けた。特定の誰かに魅力を伝えたいわけではないため、すぐに首を左右に振った。
「ち、違いますよ! 自分の気分を上げたいだけです」
章都は「おや?」と不思議そうに首を傾げた。
「そっかー? 意中の相手とかいるんじゃねーの? それか告られてその気になってるとか」
「告っ!? いませんよ!」
恋バナを振られた津賀留はびっくりして目を丸くする。
章都はハンドルを握る右手を離して前髪を撫でた。
「えー? マジかー? 誰にも告られてねーの? 根性なしばかりだな」
「あの……?」
「アンタのカレシの座狙っている奴もちらほらいるってことだ」
津賀留は顔を赤くしながら「は、初耳です!」と叫ぶ。
「そっかー? ほら、彼雁とかわかりやすいぞ」
「え、えええええ!?」
津賀留の動揺が強くなる。彼雁は頼れる先輩であって、恋愛対象ではない。
「あとはえーと、第二課の天歩田と満保。あとは新人の奴……名前なんだったかな? 津賀留が気になってるってさ。アメミットでも人気あるぜー」
「そ、そんなまさか」
津賀留はすぐに否定するが、正直なところ悪い気はしない。自分に好意を寄せている人がいると思うと嬉しくて胸が高鳴って、ちょっといい気分になった。
「いやいやー。知らぬは本人ばかりってやつだなー。」
津賀留は赤い顔で固まった。どう切り返せばいいのか迷っていると、肩越しに振り返った礒報と目があった。彼女が困っていると気づき、礒報は口出しをする。
「章都さん。確証のない発言はやめてください。津賀留さんを悪戯に動揺させます」
章都が残念そうに「ちぇ」と舌打ちをした。楽しかったのにと横目で訴えると、礒報が睨んできた。
「はいはい。止めますよっと。どのみち津賀留に告るんならボディガードを懐柔する必要があるからなぁ」
「ボディガード?」
と津賀留が聞き返すと、章都と礒報は目でアイコンタクトを行う。口を開いたのは礒報だった。
「息吹戸さんのことです。貴女に告白するならまず彼女に認められないと無理でしょうね」
「え! 息吹戸さんが!?」
章都が「そうそう」と続けた。
「津賀留にちょっかいだそうとしても、息吹戸の一睨みでスゴスゴしっぽを丸めて逃げる男よく見るからなぁ。なんだかんだ言ってあいつは津賀留の保護者やってるようなもんだ。あ、もしかしたらカレシ気取りかもなー」
「本人が聞いたら怒りますよ」
礒報が唇を緩ませながら軽く戒めると、章都が鼻で笑った。
「図星刺されて怒りだすとか?」
「見てみたいですね」
「息吹戸さんが、私の彼氏……」
津賀留が呟くと、二人は顔色を変えて後部座席に振り向いた。
「それを本人にいうなよ! どつかれる!」
「だめですよ津賀留さん! それは比喩というか例えですから、息吹戸さんに言わないでくださいね!」
「章都さん! 前見て!」
津賀留が慌てていうと、章都は「おっといけね」とすぐに正面を向いた。直線道路で、前方に車がいなかったので事故は免れた。
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