第222話 勝ち取った章都
二人の行動に呆れた章都は「別物ねぇ」と含んだ言い方をした。
別に息吹戸にモノ言うつもりはなかったが、二人からはそう見えたようだ。ちょっと気になって彼女の様子をチラ見すると、息吹戸は気もそぞろな態度で明後日の方向に視線を向けている。
大丈夫だなと息をついてから、章都は礒報の顔を人差し指で示した。
「礒報。第一課はターゲットの屍処を追いかける業務もあるから、そうガミガミ言わないでほしいぞ」
礒報が涼しい表情で「わかっています」と即答したので、章都が「ほんとかよー」と気が抜けたように変な顔をした。
「ガミガミ言っていません。依頼された管轄を変えた努力を賞賛しているのです」
「賞賛という名の悪口だろー。やだー、こいつやだー、ユッキーみたくどばっと言ってくれた方がいいー」
彼女たちの何気ない会話を聞き流しながら、息吹戸は防衛組織についての考えをまとめていた。元の世界の基準に合わせるべきではないと思うが、理解するためには基準が欲しくなってしまう。
(つまりー、アメミットは警察や自衛隊っぽい立ち位置なのは間違いないとして。カミナシは警備会社っぽい立ち位置かと思ってたんだけど、どちらかといえば特殊機動部隊扱い? 管理する政の部署が違うだけで中身は一緒? うーん。分かんないなぁ。やーめたっと)
そういうものだとザックリ捉えた方がいいと、降参した。
気を取り直して、三人の会話に耳を傾ける。
「勿論、ターゲットの追跡に文句を言うつもりはありません」
と前置きを述べてから、礒報が本音を口にする。
「仮室の計画は『びっくり箱』と言われます。驚かせることを好む性質なのに、わざわざ知らせるなんて理由がわかりません。何も言わなければ警備を強化されることはないのに……」
普段と違うのではないか。と礒報が懸念を表すと、章都はスンとした表情になり肩をすくめた。
「血眼になって罠を探している姿を見て喜んでいるんじゃね? 性格の悪いやつがよくやるやつ。だから会場に罠があるとは思ってないぜワタシは。ライブ始まる前にアメミットの追跡隊が、仮室だという証拠を発見できれば御の字だけどなぁ」
章都が頭の上で両手を組み背中をそらしながら、
「とはいえ望み薄。当日に発揮する罠に決まってるぜ。見つかるはずないなー」
と呑気な声をあげた。
「だから困るんですよ」
緊張感のない章都の態度に一抹の不安を感じて、津賀留が疲労困憊のような声をだした。
彼女たちが屍処に対して抱く、認識や感覚の差は大きい。
防御や補助や回復メインの職員である礒報と津賀留は任務にあたっていくつかの禁止事項がある。
まず禍神や屍処を追跡してはならない。
単独でアメミットと協力することはできない。
どんな簡単な任務でも戦闘が予測されるため、必ず攻撃型職員と共に行動する。
それゆえ戦闘を回避できるような行動をとる傾向がある。
逆に単騎攻撃型である勝木や東護、章都や糸崎、息吹戸の五名は、屍処の追跡を許されている。
それぞれがターゲットにしている屍処の情報を得ると、カミナシ第二課やアメミットの作戦に率先して参加できる。
同じくアメミットにも屍処の追跡を許されている隊員は、カミナシの作戦に率先して参加することができた。
それゆえか、戦闘発生しても犠牲が出ても、致し方ないと割り切っている傾向がある。
息吹戸が章都を見ると、彼女は「おっ?」と物珍しそうに見返した。
「なんだ息吹戸。まだ会話に混ざってくれるのか? 有難いな」
「津賀留ちゃんが関わるなら詳細知りたいと思う。つまり、仮室の真偽さておき現段階で狙いは誰かわからないという事なので。会場内の人間全員を守るために礒報さんが呼ばれて、彼女の力を最大限に使用させるため津賀留ちゃんが呼ばれたと」
「その通り」
「じゃあ、章都さんは何をするの?」
途端に章都がニマニマと緩んだ表情になった。両手を腰に当てて、ふふんと得意げに胸を張る。
「ワタシはリミット乙姫の警護だ! 勝ち取ったぞ!」
礒報が何とも言えない表情で眺めて「……ほんと、やりすぎです」と苦々しく呟く。
本来ならばアメミットの班長クラスが警護する予定だったが、仮室の名がでた瞬間、玉谷に相談することなく、章都がアメミットに出向き力づくでその役目を奪い取った。
その結果、護衛予定だった班長が長期入院になってしまい、後から玉谷のフォローが大変だったという。
そのことを玉谷から秘密裏に聞かされた礒報は、頭が痛い思いだった。先ほど章都は『まだマシ』と否定したが、武力で解決しようとする姿勢をみればどっちもどっちである。
「アイドルの警護になったんだー……」
息吹戸は漂う暗い雰囲気を微かに感じてチラッと礒報を見る。渋い表情になっていた彼女と目が合うとすぐに視線をそらされた。それだけで、なんとなく、事の顛末が予想できる。
「勝ち取ったってことは……もともとの護衛の人とどっちが強いか勝負して決めたとか?」
冗談交じりで問いかけると、章都は「ああ!」と元気に頷いて肯定した。
「その通りだ! ワタシが強いからな! 勝ったぞ! ちょっとやりすぎて病院送りにしちゃたがなー!」
その瞬間、息吹戸は礒報の渋い表情の理由を理解した。
病院送りにするのはやりすぎだと。手数を減らすなと言いたいのだろう。直球で伝えても本人に全く伝わっていないようだが。
そうか、と息吹戸は言葉を濁した。章都に対して小言をするつもりはない。おそらく瑠璃も同じように動いていたはずだから。深々と頷くだけに留める。
「舞台袖で生歌聞けるんだぜー! やる気が起こる! いやぁもう詩織ちゃん可愛いからホントうれしいなぁ~。話しかけられる機会とかホントないから。知ってるかほら詩織ちゃんの髪は艶々していて光に当てると本当に綺麗なんだよなー。天女だよー。ほかのメンバーも可愛いんだけどワタシは詩織推しなんだよねぇ。はぁー」
章都は破顔しながら惚気るような甘い声で語り始める。
礒報と津賀留は何とも言えない表情になり、息吹戸は完全に無視した。
文章数桁分まで惚気たところで、章都のリアンウオッチに通信が入る。「失礼」と言いながら三人に背を向けた。「あ?」と小さく声を上げてから、肩越しに顔だけ振り向いて礒報を呼ぶ。
「ユッキーからメールだ。礒報に伝言ってさ」
はあ? と礒報が生返事を返す。チラッと彼女もリアンウオッチを見たが、何も着信していない。あえて章都に言わせたいらしいと判断する。
「なんと言っていますか?」
「『この馬鹿、単細胞だから、礒報さんがしーーーーっかりと監視しないと使い物になりませんからね! 注意してくださいよ!』だってさ。ワタシの口から言わせたいだなんて、ユッキーも寂しがりやなんだから」
章都は破顔一笑しながら、「じゃ」と右手を挙げた。
「ユッキーとちょっくら話してくるわ。ワタシ一人行動なの相当腹に据えてるみたいだ。えへへへ。ユッキーってば可愛いなぁ」
「はいはい。行ってきてください」
さして感心もない礒報は、棒読みに近い声色で章都を送り出した。
「困ったなー」
と呟きながらも章都の顔はデレデレしている。まるで拗ねている恋人の元へ行くみたいだった。
読んで頂き有難うございました。
更新は日曜日と水曜日の週二回です。
面白かったらまた読みに来てください。
物語が好みでしたら、何か反応して頂けると励みになります。




