第219話 浮かれる依頼
〇コンサートの護衛依頼〇
用事済んだので、彫石と息吹戸はオフィスに戻ってきた。
先に入るよう譲った彫石に軽く会釈をしてから息吹戸はデスクに移動する。その途中でファミレス席に目を止めた。
津賀留と章都と糸崎と礒報が立ったまま談話している。それぞれ業務から戻ってきたようだ。オフィスの中は彼女達しかいないので華やかさがあった。
パタン。と彫石がドアを閉めると、音に反応して女性達がそちらの方を向く。
おかえりなさいと四人がそれぞれ挨拶をする。彫石は只今戻りましたと静かに言って、デスクに歩いていった。
デスク途中に移動していた息吹戸に、
「おかえりなさい。如何でしたか?」
「息吹戸さん。おかりなさい」
礒報と津賀留が声をかけた。
「ただいま戻りました」
返事をしながら振り向くと、章都は片手を上げて「よぉ」と軽い挨拶をし、糸崎は会釈っぽい動作ですませた。
視線が合うと、津賀留が人懐っこい笑顔で近づいてきた。
「礒報さんからラミアのこと聞きました。良い返事は貰えましたか?」
息吹戸は頷いた。
「実験に使ってくれるって」
「それは良かったですね!」
津賀留が自分のことのように喜んだので、息吹戸は微笑を浮かべた。
霊園の一件で気まずい時があったが、数日もすれば元通りになった。
息吹戸は津賀留に八つ当たりをしたような気がして少し反省。彼女との適切な距離を測ろうと思っていたが、津賀留がそれを許さなかった。
息吹戸が分からない所を誰かに聞こうとしたら津賀留がサッと現れる。何もないときは些細な理由をつけてこれでもかと接近してくる。
事件を逐一チェックして息吹戸が担当するもので関われるようであれば、玉谷に直談判をしてコンビを組ませてもらった。
口数が減った息吹戸に対して、津賀留は事件の見解を盾にしてあれやこれやと会話を続けた。
会話の端に彼雁や東護から防御について教わっていること。もっと従僕の知識を増やすため礒報からレクチャーを受けていることも混ぜ込む。
頑張っているから認めて下さいとアピールせず、息吹戸が自然に気づくように、工夫をして様子をみていた。
どうやらその努力は功を奏し、息吹戸が津賀留に対して柔和な態度を示すようになり、今に至る。
「みんなと何を話していたの?」
息吹戸が足を止めて聞き返すと、津賀留が両手を胸の位置まで上げてガッツポーズを行い、心持前のめりになる。
「今週末にあるアイドルライブの警護についてです!」
章都がいるのでそうだと思った。とは言わず、「そっか」と相槌をうつ。数週間前から大きい独り言でアイドル護衛やりたいとアピールしていた。
「確かアメミットに直談判してたっけ。あの様子を見たら……OKもらえたんだね」
章都が笑顔に溢れている。あれは希望がかなった証だ。
「ええ。その点については大喜びですが……その……ちょっと喜べないんですよね」
歯切れが悪くなったので、息吹戸が津賀留を凝視する。睨まれているような表情になったので、津賀留が無理やり笑顔を作った。
「喜べないとは?」
「ええと。今日の昼前に事務所に脅迫状が届きまして、状況が一転しました。本来なら章都さんだけの任務だったんですが、私と礒報さんも当日……厳密にいえば前日の夜から会場の警備に加わることになりました」
「脅迫状で状況が一転?」
不可解だなと息吹戸が眉間にしわが寄る。津賀留が良い淀みながら、あの、と続けようとして
「おーい。津賀留―」
章都が右手を挙げて呼ぶ。
「その話を息吹戸にするなら、こっちに連れて来いよ。ワタシが説明するわー」
満面の笑顔を浮かべて手招きした。
超ご機嫌になっている章都の横で、糸崎が動転したように二人の顔を交互に見た。眉をひそめて嫌そうな素振りをみせるが、すぐに腕を組んで押し黙る。尖らせた口が物言いたそうだが反論はしないようだ。
その様子が面白くて一笑しそうになったが、息吹戸はすぐに口を一文字に結んだ。下手に笑うと威嚇と勘違いされるので、憮然とした表情をつくる。
(糸崎さん嫌そう……どうしようかな)
正直、アイドル護衛に興味はない。
四人のうち一人が嫌そうな顔をしたので適当に断ろう、と頭を過ったタイミングで津賀留が腕に手を絡めてきた。一驚して下を向くと目が合あった。津賀留はグイっと軽く引っ張って輪の中へ促す。
「行きましょう」
柔らかい笑みを浮かべる津賀留にほだされるように、息吹戸は微苦笑を浮かべた。気が引けるだけで強く断る理由はない。小さく息を吐いて「そうだね……」と頷き輪の中に入る。
「ここに」
礒報と章都の間に割りこむと、津賀留は手を離して傍に立った。彼女の肩がぴたりと息吹戸に引っ付いている。大丈夫かなとドギマギしながら反応を待つが何も言われないのでホッとする。
「息吹戸聞いてくれ!」
章都はドヤァと胸を張った。話題に入らないタイプが入ってきたので俄然テンションがあがる。
「聞き耳たててたから知ってるだろうが、凄いと思わないか!? ワタシはツイてるぞ!」
説明もなくそう切り出された。
息吹戸は肩をすくめて腕組みをしながら、呆れたように目を細める。
「それはつまり……警備にかこつけてアイドルグループを間近で拝見できるということ?」
「そうだ!」
堂々と頷く章都を見て、礒報と津賀留と糸崎が苦笑いをした。
「聞いてくれよ。当日ワタシだけ会場の内を警護する予定だったんだ」
「無理やり頼んだけど会場内は良しってこと?」
「そうだな! 熱き思いが届いたんだ!」
実際にはあの手この手のツテを使ってこぎつけたのだが、それをおおっぴろに話すわけにはいかない。章都の行動を知っているのは糸崎だけだ。彼女だけは面白くなさそうな表情を浮かべている。
「でも予定外なことがあってなぁ。脅迫状という殺害予告が来たんだ」
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