第213話 気を抜いてはいけません
ツリーハウスから出てきたアメミット隊員は、礒報に深々と頭を下げた。
「礒報さん本当に有難うございます。自分一人では持ちこたえられませんでした」
本当に危ないところだったと泣きたくなるが、グッと堪える。
神通力が尽きかけていたので、もってあと数分で結界が破壊されるところだった。
班のメンバーの普段は交通違反の取り締まりだ。従僕に対する攻撃手段を持っていない者が殆どだった。
次々倒れていく仲間の犠牲を無駄にしないよう考えた結果、たまたま結界の力があったのでそれを展開した。
すぐに応援が来ると信じて待っていた結果、やって来たのはカミナシ討伐一課の礒報だ。アメミットでも有名であり、彼女の出現によって事件解決した案件は数えきれない。
「まだ気を抜かないでください」
もう安心だと、肩の荷が下りたような表情を浮かべた隊員をみて、礒報は叱咤した。
「すべてのラミアが討伐されたわけではありません。そして出現数はこちらでも把握しておりません。私は戦闘要員ではないので過剰な期待をしないでください。結界が破られたら終わりです」
ラミア如きで礒報が作った結界が破られるはずはないが、危機感を持たせるべく嘘をついた。
鋭く睨まれ、隊員はヒュッと息を飲む。
「いいですか。安全になるまで警戒を疎かにしないでください」
「は、はい!」
隊員がピシっと背筋を伸ばして両手を後ろに組んだ。
身が引き締まったと感じたところで、礒報は視線を柔和させた。保護対象が無傷なのはアメミット隊員たちが命がけで頑張った証だ。そこは激励しなければならない。
「とはいえ、子供たちを守っていただき有難うございます。仲間が次々と倒れ不安だったでしょう。よく頑張りました」
「……はい!」
その言葉を聞いて、隊員は目を潤ませる。
死の恐怖を味わい何度も諦めそうになったが、子供たちを守らねばという一念で限界を超えて頑張ってきた。
その行動を褒められて嬉しさがこみあげてくる。
隊員の言葉に頷いてから、
「では、私はほかの方の生存確認をします」
礒報は転落防止柵に干されている隊員を引き寄せておろした。
「あ。彼は……」
下唇をぎゅっと噛む隊員。もう死んでいると思っているようだ。
礒報は隊員を仰向けに寝かせる。首に大きな傷があるがその割に出血量は少ない。吸血された後だ。
「まだ息があります」
「え!?」
パッと隊員の顔に喜びが浮かんだ。
虫の息だが死んではいないので先ほどと同じ処置を施すと、眺めていた隊員が「うわ」と引いたような声を出した。
子供たちが何々と興味津々で覗こうとするので、礒報は見えないように隊員を横向きに寝かせた。見た目がグロいのでトラウマになっては困る。
「よかった……」
力が抜けたように隊員の膝が崩れ落ちる。
礒報はもう一つ情報を付け加えた。
「木の根元に倒れていた隊員も辛うじて息があったので、先に応急処置を行っております」
「そうなんですか!」
隊員の目が輝くので、一応釘をさす。
「お二人とも体力次第です。私は首元の止血と組織再生しかできませんので、失血死や内臓破裂の可能性があります。そのあたりの治療はできません」
「そ、そうですよね……」
と隊員の目に陰りがさした。
礒報が額の汗を手で拭った。これで一通りのことはやったかしら。と少し息をついたときに、肩に担いでいたボックスの存在を思い出した。
「応援がくるまでこのまま籠城します。すぐに解決できると思いますが、水とパンを持ってきました。数が足りていると良いのですが……」
「本当ですか! たすかります!」
礒報は肩にかけている大きなボックスを渡すと、隊員はツリーハウス内に戻り、床に置いて中を開けた。二十五人分の飲み物とスティックパンが入っている。
「わぁ! むぎちゃだー!」
「のむー! のむー!」
真っ先に子供たちが飲み物に手を伸ばす。どうやら全員分足りたようだ。
子供たちはごくごくと麦茶を飲み、パクパクとスティックパンを食べた。保育士の女性は麦茶を二口飲むと強張った表情が少しだけ緩んだ。
「あの……」
隊員が言いにくそうに礒報に問いかける。そちらに視線を向けると、彼は表情を強張らせていた。
「被害はどうなっていますか? 無線が壊されて繋がらなくて、外の様子が把握できていません」
「先ほども言いましたが、ラミアの正確な数は分かっていません。ですが、事件を早急に解決するために……」
息吹戸が来ている。と言いかけて礒報はやめた。隊員の緊張感が取れてしまうかもしれないので、言葉を濁す。
「……熟練の者が対応しております」
曖昧な説明をして終わろうと思った礒報の耳に
「礒報さーん! みーつけた! おーい!」
息吹戸の声がした。
くるりと振り返ると、ツリーハウスから四メートル先に息吹戸が立っている。
ウッドデッキに居た礒報に向かって大きく手を振っていた。髪も服も乱れていない、来た時の姿のままだ。
「あの、声は!」
ツリーハウスの中にいた隊員が慌ててウッドデッキに出てくると、みるみるうちに恐怖に顔を歪めた。
「ま、まままままさか。息吹戸さんが担当した、なんて……」
そして座り込み、柵にもたれて呻く。
「おおおおれ、終わったかもしれない。死ぬ、しぬ……」
礒報はなんとも言えない気持ちで隊員を見下ろした。生存者を護ったとはいえ、自分の身が護れていない及び傷ついて重症な隊員が二人もいる。
前の息吹戸ならば『戦いをなんだと思っている、ふざけているのか、護ってもらうことが当たり前と思っているのか』と説教と折檻が同時に放たれていた。
愛のある言葉なら前向きに考えられるが、彼女の場合は痛撃の一撃のような精神攻撃を孕む言葉を散々浴びせ、相手を自己嫌悪のどん底に沈み込ませるから質が悪い。
悲しいかな。息吹戸の言葉にショックを受けて辞める者も多い。
しかし這い上がった者は強くなって戻ってくるため『地獄の洗礼』と呼ばれている。
この隊員も三年前に洗礼を受けた。同僚や上司の励ましによって死ぬ気で這い上がってきて今に至る。
自分なりに出来ること最大限やったはずだ。
しかしこの度もまた堕とされると思うと、恐怖が蘇ってきて体の震えが止まらない。
それはラミアに囲まれたとき以上の恐怖だった。おもわず、ラミア戻ってきてと思ってしまうほどに。
そんな隊員の心情を知りもしない息吹戸は、ツリーハウスの真下に移動すると瀕死の隊員に目を向けた。
読んで頂き有難うございました。
更新は日曜日と水曜日の週二回です。
面白かったらまた読みに来てください。
物語が好みでしたら、何か反応して頂けると励みになります。




