第212話 ツリーハウスに居ました
追加が必要ですね。と呟く礒報。
さらにオオスズメバチを三十匹増やした。
一回で百単位や千単位を具現化できればいいのだが、彼女の神通力ではそうもいかない。神通力の量はカミナシ平均よりも下である。
ただ回復速度は速いので一度に沢山具現化できなくても、二分に一度の少数具現化を続けていけば、十分もあれば百の式神を出現させることができる。
小分けで軍勢を生み出す。それが礒報の強みの一つでもあった。
神通力が少ない者と多い者には明らかな差があった。
神通力の質が高く量が多ければ、生まれた瞬間から和魂・荒魂・神霊を有する。強大な力に耐えられる器だから、ほかの高度な術も行使できた。
しかし神通力の量が少なければそれらは有されない。器が力に耐えられず自滅していまうため、術も選ぶことになる。
そう考えると、神通力の多い者が強靭な力と肉体を持った強者だといえる。
では神通力の少ない者は弱者かといえば一概にそうとも言えない。
和魂などの守護がつかない代わりに、特殊能力を有することがあるからだ。戦闘に・防衛に・日常生活に役立つなどなど種類や技能は様々だが、特殊能力を成長させている者は例外なく強かった。
礒報は神通力と特殊能力の扱いに長けている。目的を果たすため、常に己の能力を最大限に引き出しさらに上を目指す。だからこそ一課で活動することができるのだ。
「もう少し多くしなければ」
ツリーハウスの周囲を移動しながら、どんどんオオスズメバチを放っていく。
その数はラミア一匹につき百二十匹だ。まだ足りないと、どんどん増やす。
『ギャァ』
『アウ』
ラミアが手で顔を覆って上半身をのけぞりながら、ツリーハウスから逃げ出した。
スルスルと木々を伝い地面に降りて、サササと滑るように去っていく。その後をオオスズメバチが追撃していった。
完全に姿が見えなくなってから、礒報は茂みから抜け出す。
「……倒せなかったのは残念ですが、ツリーハウスから遠ざけたので良しとしましょう」
できない事は無理をしてまでやらない。それが生き残る手段でもある。
礒報は数匹のオオスズメバチに周囲を警戒させながらツリーハウスに近づいた。
まずは根本にいるアメミット隊員の生死を確認する。首の肉がえぐれて傷口が大きい。その割に出血量が少ないので吸われた後だ。虫の息であったが呼吸がある。しかし呼びかけてみたが意識はなかった。
礒報は護符を取り出した。
「存在する意義を与えん」
そう声をかけて息を吹き込むと、白いミノムシが隊員の首にまとわりついた。はたから見れば大変グロテスクである。
「傷を塞ぎなさい」
ミノムシは一斉に糸を吐き出し、体に纏いながら傷口にうずくまる。首の半分が白い繭で覆われている姿は寄生された哀れな生贄に見えるが、礒報の式神である白いミノムシは、自らの身を人間の細胞組織に変化して修復する能力を持つ。
なので、これは治療中だ。
「あとはこの人の体力次第」
もうやれることはない、と礒報は立ち上がった。
木の周囲には上に昇る手段がない。ここからではないと思い、周囲をきょろきょろ見回すと、三メートル先の別のツリーハウスに階段があった。ウッドデッキから伸びる橋がこのツリーハウスに繋がっている。あそこから登ってここに来たようだ。
「みてみて。カミナシだよ!」
「ほんとだ! アメミットのお兄ちゃん、カミナシきたよ!」
急いで階段を上り、橋を渡ってツリーハウスに到着したら、ガラスのない窓から子供たちの顔がでてきた。好奇心旺盛なキラキラした目で礒報を見つめる。
その微笑ましい姿に自然に笑みを作る。が、まずは先にやることがある。
礒報は能力を発動させた。
見ている景色を脳内で3D化して、ツリーハウスとそれを支える木をすっぽりと覆うサイズの結界を発動。空間から切り取り独立させて目隠しをした。そして味方にはここが見えるように調節をする。これで礒報が味方だと思った者は認知阻害から外れる。
誰にも気づかれないうちに結界を張り終わると。
「こら。危ないから顔を出すんじゃない!」
低い男性の声が子供達を諌めた。
不満そうな顔の子供たちが、次々と中に引っ込む。
今度はアメミット隊員が顔をのぞかせた。酷く草臥れており顔色も悪いが、安堵して笑みを浮かべている。
礒報は隊員に近づくついでに窓から中をみた。それほど広くない室内中央に子供たちが集まって立っている。泣いている子は少なく、ワクワクな顔をしている子が多かった。
「子供たちは全員いますか?」
「はい。怪我もな……」
「ぜーいんいるよー」
隊員の声を遮るように元気な子供の声が飛んできた。
「みんなで手をつないで走ったからいるよー」
「はぐれないように、ふたりで手をつないで、れつになったもんねー!」
「せんせいもいるよー」
園児だけかと思ったけど、と礒報はもう一度のぞき込む。
「先生もいるのですか?」
子供達が集まっている中心に座っている人がいた。泣いている子供たちを抱きしめている若い女性は、幼稚園名が書かれた腕章とエプロンをつけている。彼女は礒報を見ると恐怖に震えながら、体を少し前のめりにする。
「やま、やながわ、さんや、ともやさんや、ひろあさん、ぶ、無事ですか? 同じ、保育士なんです。こ、子供たちを庇って、囮になって……わ、私は一番若いから、子供たちを、頼むと……」
礒報は「そうですか」と頷いた。
負傷者については林に入る前に隊員から聞いている。
「保育士の方々は怪我を負っていますが、命に別状はないと聞いております。病院に搬送され手当を受けているはずです」
「そ、れなら、よかった」
女性は緊張の糸が切れて泣き始めた。泣いていた子供達も再び泣き始めると、元気な子供達四方から女性の頭をよしよしと撫ではじめる。
「せんせーしっかりしてよー。ぼくがんばったでしょー?」
「そうそう。ひーくんつよかったねー」
「ぼうっとひのとり、だしていたもんねー」
「みらいちゃんもすごいよね。ぶわーってかぜだしてたし」
「お、おとうさんからやり方聞いていたから……」
「たろくんはでなかったねー」
「でるもん。ちょうしわるかったの」
子供達がキャッキャと明るい笑顔になっていく。
礒報が「そうですか」と呟くと、少し背の低い男子と活発そうな女子が手を繋いでやってきた。
「ひーくんはーひのとりだせるのー。みせてあげてよ」
女子が自慢げに胸を張ると、男子は居心地悪そうに視線を泳がせた。
「こわいって言ったらかってに飛んだから、おねがいしてもでてきてくれないよー」
「そんなことないよー。やってみてよー」
男子はしぶしぶ、「えい!」と気合を込めて右腕を挙げた。すると炎をまとった孔雀の和魂が現れて男子の頭に乗った。
すると子供達が目を輝かせて「すごーい」と歓喜してワッと近づく。
礒報と隊員は感心したように目を見開いた。
神通力が強ければ強いほど授かった和魂が出現する時期が早くなる。とはいえ、その扱いは園児ではとても難しい。コントロールができるようになるのは平均十歳からと言われている。
わずか五歳で出たということは、命の危機に反応した和魂の意思だろう。
コントロールが破綻して暴走しなくてよかったと礒報は安堵した。
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