第210話 自然発生だった模様
数分後、ラミアが死屍累々と地面に横たわる。ダンプカーに衝突したようなダメージを負って息絶えているラミアが多い中、眼球を奪われ寝ているラミアもちらほらいる。
仕留めた数は三十体。残りの二十体は四方八方とチリジリに逃げてしまった。遠距離攻撃手段をもたない息吹戸が追尾することはできない。
「あー。逃げちゃった。でもあれは後回しでいいや」
林の中から出られないので焦って追うことはしなくていい。
息吹戸は両腕を腰に当てながら端鯨に向き直る。彼の戦い方はとても乱暴だった。
「端鯨さんって、握力凄いですね」
「あ、はい。その……すごく汚れてしまって、お恥ずかしい」
端鯨は少しだけ頬を染めるとぺこぺことお辞儀をする。彼の上半身、特に両手はラミアの血で真っ赤に染まっている。
いそいそとポケットから大きいハンカチを取り出して手を拭いた。ハンカチが真っ赤に染まると手が肌色を取り戻す。端鯨は拭き終わったハンカチをまた胸ポケットに戻した。
「ナーガとラミア達を送還して、魔法陣を破壊するのが先ですね。それにしても……」
地面を赤く染めているラミアの死屍累々を見て、息吹戸はすぅっと目を細める。
胴体や胸を引き千切られて絶命している数体のラミアは、端鯨が仕留めた物だ。
(いやぁ~。あれも無双だったなぁ。端鯨さんって格ゲーのキャラにいるやつだわ)
にやにや、と唇を波立たせて、息吹戸は戦闘シーンに想いを馳せる。
狛猪に指示をだすだけの端鯨を弱い生物と認識したラミア達が、背後から攻撃を加えようとした。
しかし端鯨はすぐに身をひるがえして、一匹のラミアの胴を掴み強く握ると肉を引きちぎった。まるでスポンジケーキを無造作に千切るように、指でぐりっと。
筋肉だけではなく内臓もえぐり取られてしまい、鮮血を撒き散らしながら悲鳴を上げて仰け反るラミア。
雄叫びを上げながら、端鯨は右手でラミアの首を掴むと頸椎ごと握り潰した。万力の如き力が働き、ぶちぃ、とゴムのような音を立てて、頭が明後日の方向へ飛んでいっった。
それを目の当たりにした息吹戸が驚いて目を見張ったほどだ。
(小イワシの刺身を作る時に頭取る時を思い出しちゃった。だからなんというか、ラミア可哀そう)
ちねられてしまったラミアに少しだけ同情した。
端鯨が血まみれのハンカチを収めたので、息吹戸が少しだけ近づく。三メートルまで近寄ったところでウキウキしながら問いかけた。
「それでー、握力どのくらいあるんですか?」
端鯨は照れたように視線をそらした。
「その……な、七百キロから八百キロ程度です」
恥ずかしそうにボソリと呟くが、判明した握力はゴリラ並みであった。
「端鯨さんは人間だけどゴリラの力があるの!?」
息吹戸が聞き返すと、端鯨は「あ」と声を上げる。彼女が記憶喪失だったと思い出してから、後頭部に左手を置きペコっと頭を下げる。
「あ、はい。これはその、の、能力の一部でして。自分だと肩から腕あたりに神通力が多く停滞するので握力が強くなり、硬化するので手が金属のように固くなります」
「部分的肉体強化なんですね。それだと日常生活大変では?」
息吹戸が苦笑すると、端鯨はごそごそとズボンのポケットを漁って、白い石が連なるブレスレットを取り出した。
「普段はこれをつけて力をセーブしています。これだと六十キロ程度の握力になり、手の固さも普通になります」
それでも成人男性としては握力が強い方だ。
「手の硬化と握力強化で、超接近戦が強いってことかー。全身ではないんだね」
息吹戸がそう呟くと、端鯨はぶるっと体を震わせて顔色を青くさせビシッと背筋を伸ばした。
「も、申し訳ございません! まだ腕以外に神通力を停滞させることができません! 瞬発のスピードは遅いですし耐久力もありません! 以前に忠告していただいた課題もまだ消化しきれておりません! 必ず身につけますので、もう少し猶予を与えてください! もし息吹戸さんが稽古をつけていただけるなら予定日程を空けますのでよろしくお願いします!」
一般兵が上官に許しを請うような姿勢をみて、息吹戸はなんともいえない表情になった。瑠璃に日ごろから色々言われていたのだろうと予想ができるが、この場で否定も肯定もしない。
「そっか。頑張って」
適当にねぎらいの言葉をかけると、端鯨は「はい!」と大きく返事を返した。その顔は安堵に包まれていたが、どこか寂しそうであった。
『終わったなら。送還願う』
しゅるり、しゅるり、とナーガがこちらにやってきていた。距離は六メートルほど離れている。ナーガよりも少し後方の位置で、顔を真っ青に舌ラミアたちが身を寄せ合っていた。ガタガタと震えているのが遠目でもわかる。数分で同胞を殺されて肝が冷えているようだ。
「ナーガを元の世界に還しましょう。端鯨さんできる?」
「もちろんです。お任せください」
端鯨は胸を張って答えた。
『魔法陣まで行きましょう』
『よろしい』
息吹戸の言葉に従って、ナーガたちがゆっくりと動いた。
戦闘場所から左に五分ほど進んだ場所に魔法陣があった。所々ひび割れて輝きが鈍いが、これがナーガがここへきてしまった原因である。
端鯨は膝をついて魔法陣を覗き込む。内容を読みながら送還方法を頭で思い浮かべると八咫烏の式神を出した。
式神が魔法陣の中央に降りると、細かい光の粒子がバラバラと広がり、新たな送還魔法陣に置き換わる。用がなくなったと式神は空へはばたいた。
「今回は数十年前の魔法陣が勝手に稼働したようです。自然に空いた穴なので事故扱いになります」
端鯨がそうまとめると、息吹戸はナーガの傍にいって見上げた。豊満な胸がナーガの顔を半分以上隠している。壮大な眺めだなと思いながら、愛想笑いを浮かべた。
『どうぞお帰り下さい』
『世話になった。今後はこちらも気を付ける』
シュルシュルと魔法陣の中央に向かうと、下に吸い込まれて消えた。
「では、消します」
端鯨の言葉と共に、上空を飛んでいた八咫烏が急降下して魔法陣の中央に突き刺さる。すると光の配列が乱れて粒子に変化し、煙のように一度吹き上がるとすぐに消滅した。
カァー、と八咫烏が一鳴きしてから、端鯨の肩にとまる。
「次はラミアが出現した魔法陣ですね。あちらです」
こうしてラミア達も穏便に帰ってもらい魔法陣を消滅させた。
息吹戸は背伸びをしてから、端鯨に向き直る。
「これでもうここにラミアがこないね。さてと、散らばったラミアを討伐しようか。……別行動がいい?」
端鯨が表情を明るくしながら「はい」と返事をして頷いた。怖い上官から解放されるような清々しい雰囲気を漂わせている。
「なら適当に討伐ってことで」
息吹戸が軽く手をヒラヒラさせると、
「はい! それでは失礼します」
端鯨はぺこりと深くお辞儀をした。
そして肩に停まっている八咫烏に呼びかける。烏は飛翔して上空を旋回すると、誘導するように飛び始めたので、端鯨は走り去っていった。
「さて。回収するかなー」
息吹戸は地面のあちこちに転がっているラミアの眼球を、一つ一つビニール袋に入れて回収する。
「何かに使えるといいな」
大きいガラス玉のような眼球を光にかざして、口の端を上げた。
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