第209話 蛇語でシャーシャー
和解発言を聞いて端鯨は驚愕の表情になった。
「話し合い!? 従僕に言葉や意味が通じるのですか!?」
「だからナーガは従僕っていうレベルじゃないって言ってるでしょ。神様なんだってば。会話が通じる可能性がある。それに敵だからってバカスカやり合うのが全てじゃない。犠牲なく解決できない場合に武力で良いの」
息吹戸がにやりと笑うので、貴女がそれを言うのかと言いかけた端鯨は慌てて口を塞いだ。下手に逆らったり意思に反すると半殺しに遭ってしまう。
「通じれば儲けだよ。やるだけやってみよう。って、端鯨さん口を押さえてどうしたの?」
「なんでもございません!」
即座に言い放つと、息吹戸はちょっと驚いたように瞬きをして、一歩、端鯨から距離をとった。しまった殴られると思った端鯨は、ギュッと目を瞑って打撃に対抗すべく全身を固くした。
その様子を眺めた息吹戸は呆れたようにため息をついた。
「なんで目を瞑る? 敵のど真ん中だから目を開けとこうよ。死ぬ気?」
端鯨は恐る恐る目を開けて、呆然としながら「あ、はい……」と生返事を返す。
「しっかりして」
息吹戸が眉間にシワをよせて口を尖らせた。
見たことがない怒り方に端鯨は顔を青くして汗を浮かべる。手が右往左往しておりロボットのようにぎこちない。
(この人、頼りにならない)
息吹戸が何度目かのため息をつき、端鯨の意見は無視しようと決めた。
「交渉してみようか。えーと、蛇語ってどれだったかなー」
息吹戸はなんとなく蛇の気持ちになって喋ってみることにした。脳の指示により、自然に舌や口腔が動き、シューっと空気の抜けるような音がだせた。
『言葉通じますかー?』
ぴくり、と反応したナーガとラミア達が背筋を伸ばして息吹戸を凝視する。
『この言葉で通じるなら、この場の責任者さん、少しお話しませんかー?』
『通じる。話せる』
すぐにナーガが応えた。
息吹戸は軽く会釈をする。
『私は息吹戸です。あなた達は元の世界に還って下さい。天路国を侵略しないなら、あなた達の帰還に協力します』
ナーガが首を傾げた。
『やはりここは天路国であるか。我に侵略の意思はない。そしてこの低俗な蛇は我の眷属ではない。よってこの者たちの行いは、我の責任ではない』
『貴女に非がないと分かりました。どうやってここへきたか教えてください』
ナーガは左側の木々の先を長い腕で示した。
『穴に落ち、そこにある魔法陣からきた。この件にサモアニャー神の意志はない』
「……さもあにゃー?」
息吹戸はムチムチボディのお姉さんが猫耳をつけた姿を想像しながら復唱する。
『最高神のお名前ですか?』
ナーガは『そうだ』と胸を張る。
『やっぱり違う場所からそれぞれ来たんですね』
息吹戸が再確認すると、ナーガは涼しい顔をしながら尾でバシンと地面を叩いた。
衝撃でふわっと浮かんだラミアたちは、着地するとナーガに威嚇音を放った。
ナーガは気に入らないと怒気を孕んだ目を細める。
『子奴ら。集団で我に勝つ気でおる。いくつか食い殺したが向こう側から湧き出ており、キリがない』
『なるほど。だからいまここに、凄く増えたんですね』
息吹戸は周囲を見渡す。
こうして話している間にも、後から、後から、ラミアの数が増えていた。
ナーガの周りは大人しいが、息吹戸、端鯨の周囲に集まって来たモノは威嚇音を放っている。人間という獲物に襲い掛かりたいが、ナーガの動向が気になるため動けないでいた。ナーガはラミアの味方ではない。かの者の機嫌を損ねるとこちらが殺されてしまうので慎重になっていた。
「この数、どうしますか」
端鯨は困惑するように周囲を見渡している。いつでも戦闘できるように構えているが、下手に攻撃する仕草をみせると一斉に襲ってくる予感がして、式神を出せないでいた。
「ちょっと待ってね」
息吹戸はラミアたちに話しかける。
『元の世界に送るから、戻りたい方は手を上げてー!』
ナーガが真っ先に挙手し、彼女の周囲にいた数体のラミアが手を上げた。
このラミアたちはナーガによって呆気なく同胞が食われていくのを目撃している。還れるのならば還りたかったようだ。
『それ以外はいませんかー?』
他のラミアたちが大きな威嚇音をあげた。もう還りたいモノはいないようだ。
『還りたい人は巻き込まれないようにあっちの方へ行っててください』
呼びかけると、ナーガが我先にと滑り出し、あっという間に二十メートルほど離れて木の上にあがると枝に絡みついた。
ほかのラミアたちは十五メートルほどの木の上にあがりそれぞれ絡みつく。
どれも息吹戸から見える位置であり、攻撃の範囲が届かない位置でもあった。
端鯨が驚いたように瞬きをして「こんなことが」と呟く。
「端鯨さんは蛇語わかりますよね。やり取りも分かってますよね?」
「はい。分かります。ここにいるラミアの群れを全滅させて、ナーガたちを送還する手はずということで合っていますか?」
「その通り!」
力強く頷いて、息吹戸はラミアの群れめがけて駆け出した。勿論、眼球を外すだけなので素手で戦闘だ。
端鯨は「あ」と声を出した後、少しだけオタオタしながら八枚の護符をばらまく。
「猛進し 薙ぎ払え 狛猪」
ポンっと八匹の雄猪が端鯨を囲むように現れた。
白い毛並みで顔に金色の筋が浮かぶ、体長150センチの雄猪。肩の高さは70センチ、尾の長さは20センチ、体重はおよそ120kg。下あごから突き出た牙が反りたっている。
ラミアを敵と見定めると、鼻息を荒くして前足で地面を掻いている。
「倒せ!」
端鯨の号令により、一斉に四方へ走っていく狛猪たち。ぶつかったラミアたちは悲鳴を上げて弾き飛ばされると、車に轢かれたような軋轢の怪我を負った。
縦横無尽に駆け回る狛猪は息吹戸の近くまで走ってくる。
「おっと?」
目つぶし攻撃でラミアの目玉だけくりぬいていた息吹戸は、腰に突進しそうになった狛猪を辛うじて避ける。それをみた端鯨は顔色を変えた。
「あ、あ、あ、息吹戸さんには絶対に当たらないこと! 邪魔をしない事! 当たるくらいなら自ら消滅するんだ!」
「ブヒィ!」
狛猪が分かったっと伝えるように鳴いた。
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