第198話 アメミット隊員AとB
つい最近、似たような案件があった気がすると息吹戸は思った。
町一つが壊滅するのがよくある出来事なんてとても物騒な世界だ、と感じたがすぐに訂正する。元の世界も紛争や戦争が頻発している。あれも侵略行為だと思い出した。争い運よく巻き込まれなかっただけに過ぎない。
天路世界は紛争の渦中に遭う確率が高く、なおかつ、積極的に戦線へ混ざりに行っているので、似たような案件ばかりなのは当然であった。
「その町に住んでいた……アメミットの隊員……の一人が、家族の無事を確認するために実家へ向かったそうだ。しかし三人の家族は……従僕に転化していて全員死んでいた。三人が死んだのは……同じ隊の隊員が殺したそうだ。その現場は見ていないが、本人がそう告げたそうだ」
息吹戸がよそ事を考えていることに気づかない東護は、言葉を途切れ途切れにさせながら話を続ける。彼は平静を装っているが心中穏やかでないとすぐにわかった。
「本人が告げる? 黙っていれば分からないのにわざわざ?」
息吹戸が不思議そうに聞き返すと、東護の眉間にしわが寄った。
「そうだ。黙っていれば分からないはずなのに……」
苦々しく言い放つと、少しだけ空白をあけて再び話に戻る
「家族を殺された隊員は『なんで殺したのか』と、そいつに問い詰めたそうだ。その任務の時には転化を解除できる隊員が来ていた。自我が失われていてもすぐに連れていけば人間に戻れる可能性があった」
「従僕の方が強かったってことは?」
茶化したわけではなく単なる確認事項だったが、東護に睨まれた。
「家族を失った隊員は……仮にAと名付ける。家族の殺した隊員はBと名付けておく。当然の如くAは理由を求めた。Bの返答はふざけたものだった」
うんうん、と息吹戸は相槌を打つ。
「『私が殺した、恨むなら私を恨め』と。何故Aの家族を殺したことを告げたのか……悪戯に相手の感情を揺さぶっているとしか思えない」
「間に合わなくて懺悔の気持ちがあったとか?」
「そんなタマじゃない。この世の終わりが来てもそんなセリフを吐くような人間ではない」
ドキッパリ否定した。相当性格が悪いんだなと、息吹戸は頷いた。
「だからこそAは混乱している。告げた意味が解らない」
「どうして混乱しているんですか? Aの家族を殺害したとBが告白したのに。前提を覆す何かがあったんですか?」
「……そうだ。BがAの家族を殺していないという証言があった。信頼度の高い証言だ。だからAが混乱している。俺も分からない」
そこで東護は言葉をきり、顔を手で覆いながら長嘆する。
その様子をみた息吹戸は、東護はアメミット隊員Aと友人関係だと推測した。なんとかして友の憂いを払拭してやりたいと思ったのだろう。
「お話の内容は以上ですか?」
東護は静かな声で「そうだ」と呟いた。
息吹戸は腕を組んで視線を天井にむけた。出来事をサスペンスドラマとして置き換えて、テーテーテーンとBGMを流してイメージしてみる。
Aの視点。家の中に従僕が三体血まみれで倒れいる。そこにアメミット部隊Bが凶器を持って振り返り…………そうだ凶器について聞いていなかったと息吹戸は思った。
「東護さん。その家族の死因というか、致命傷ってどうでした? 凶器ななんでしたか? 攻撃用の護符とか和魂とか、使われてましたか?」
手で顔を覆っていた東護は指の間から視線を床に固定した。妹と両親の致命傷についての記載を思い返す。
そう、この話は東護の家族のことである。死者の国で妹の話を聞いて以来、ずっと心に引っかかってとれない疑問だ。
それを例え話として本人にぶつけて反応を見ようと思った。
「妹は……喉の裂創が致命傷だ。刃物のような鋭いもので切り裂かれている。全身に痣が多かった。命を失う前は殴られていたようだ。両親も体中に殴られた痕と裂傷。腹部や四肢は引き裂かれたと思われる挫創があった。二人の致命傷は心臓の刺創だ」
「つまり三人とも争った痕はあったということですね。全身に殴られた痕があるってことは、凶器の形もわかってますよね。素手によるものかトンカチなどの鈍器……隊員だったらどんな装備だろう」
東護はふと、息吹戸の装備を思い出した。
ナイフや鉈など刃物系が中心で鈍器は持っていない。仮に拳で殴ったとしても、痣の大きさから推定される拳の大きさは四十センチ。
何より当時の彼女は、和魂で敵を一網打尽にする戦い方を好んだ。三体同時にかかってくるならば打撃系ではなく和魂の力を使うはずだ。白拍子の術に打撃系はない。
そう気づいて、東護は足の力が抜ける気がした。座っていなければふらついていただろう。
サスペンス劇場のBGMを脳内で流しながら、息吹戸は更に質問する。
「あとはそうですねー。致命傷についてですが、妹は首で両親は心臓ですね。一撃でしたか? それとも何度か致命傷を外している痕跡がありましたか? 刃物の挿入角度とかはどうですか? 刺してある位置や角度で背の高さ、傷の深さで強さが割り出せるそうですが」
東護が「何故?」とかすれた声で聞き返す。
「従僕の背の高さを考慮すればどの位置から刺したかわかるでしょ。隊員Bの全長が分かればとりあえず刺したかどうかわかるのでは? あ、身体能力高かったら意味ないか」
「高さ……位置……」
東護は必死で思い出す。
人狼だった家族の全長は四メートルだ。両親の胸部に何本もの長く鋭い針のような痕があった。心臓を狙って何度もしくじった形跡である。傷の多くは垂直に埋め込まれていた。
妹は全身に痣があったが裂傷は首だけだ。首全体をもぎ取るような痛々しい痕は、ナイフを垂直に動かし何度も何度も引っ搔いてできたような……。
東護は嫌な汗をかく。
「……まて……Bが、殺したとは思えない……やり方だ……」
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