第197話 もしかして呼びました?
〇東護の友人Aから相談事〇
玉谷に全く期待されていないなと思いながら、息吹戸は資料に目を通した。
(うーん。報告書を書かされる理由が分かった気がする)
『1月から3月まで行われた降臨儀式に使われた魔法陣の種類と構成解析』では、鑑識班の見解もあるが、儀式の阻止をするため戦闘をして生還した調査員や討伐班、隊員の報告書が多くを占めている。
同じ事件に関わっているが見方はそれぞれであり、他方からの視点や意見が述べられていた。
それを読み漁り、意見を一つ一つ箇条書きでまとめていく。
(読むだけで時間がかかりそう……うーん。パパが仕事終わらない理由がわかる)
息吹戸の通常事務作業の10倍を行っていることが分った。
(パパお疲れ様だよう。やっぱりご飯差し入れしよう。何が好きかそれとなく聞いてみるか。いきなり持ってきて反応みるのいいなー)
邪念が浮かびながらも、集中して書類を作っていると、オフィスのドアが開いた。冷たい風がふいっと室内に入ってくる。
もう玉谷が戻ってきたのかと顔をあげると、そこに立っていたのは東護だった。
カミナシロゴ入りジャンパーを着て、黒いスラックスを穿き、黒い光沢があるブーツを履いている。黒い皮手袋を取りながら自分のデスクへ移動した。
彼はチラッと息吹戸を見る。そして周囲を見回すと彼女以外誰もいないと知った。
見たタイミングが同じだったので目が合う。そこには以前のような強い殺気はなく、敵意が少し残っている程度だった。
しかしここ数日は敵意も薄くなり、代わりに困惑色が浮かんだ。原因はわからないが、彼の中で何か心境の変化があったのだろう。
不気味だが、こちらに害がないので気にしない。
「東護さん。部長は会議に向かいました。おそらく三十分後に戻ってきます」
東護に一応伝えておく。彼は現場から戻るとすぐに玉谷に報告している。いつ戻るか分からないと、段々苛々してオフィスの空気を不穏にさせるので、分かっているときは伝えたほうがいいと学んだ。
「……」
東護は無反応のままデスクに行きジャンパーを脱いで椅子の背もたれにかける。
彼は下に黒いジャケットを着ていた。気温はまだ寒いのでこのくらい厚着しなければならない。その下に色々装備しているようだが全く見えなかった。
室内の気温で熱くなったのか、東護はYシャツの首元のボタンを一つだけ外してから、椅子に深く座った。そのまま目を瞑って静かになる。
(東護さんから無視されることは多くなったけど、皮肉や喧嘩腰の会話がすごく減ったなー)
そんな事を考えつつ息吹戸は入力していく。カタカタカタカタとタイピング音がBGMになる。あまり強く打っていないが音が少し大きいような気がして、少しだけ柔らかく打ち込んだ。
「……貴様に聞きたい事がある」
息吹戸の耳に東護の声が聞こえたのは、彼がオフィスに戻ってきて数分後のことだった。
最初は話しかけていると思っていなかったので、独り言かと思って無視していたが、
「息吹戸、貴様に聞きたい事がある」
名指しで呼ばれて、手を止める。
「……私を呼びました?」
「この室内で貴様以外に誰がいるんだ?」
それもそうだ、と息吹戸はゆっくりと振り向くと東護と目が合った。気に入らなさそうな鋭い目がこちらを睨んでいる。
面倒だとあからさまに表情に出してから、息吹戸は肩をすくめた。
「…………それは失礼。電話中かと思って反応しませんでした。それで、何の御用ですか?」
「人づてに相談を受けた内容だが、俺ではまだ答えがでない。討伐経験が豊富な貴様なら答えがでるかもしれないと、不本意ながら思っただけだ」
そこで話が止まる。
(まだそんなに経験豊富ではないけれど、東護さんが答えられない質問ってのは気になる)
息吹戸の好奇心がうずいた。
「答えの参考になるかわかりませんが、どんな内容ですか?」
促すと、東護は少しだけ目を見開いた。
本当に話を聞くとは思っていなかったからだ。自らが言い出したことに少しだけ躊躇うような仕草をみせるものの、観念した様にため息をついてから内容を語った。
「町の一部が降臨の儀式に選ばれた。その付近の住人は儀式の影響……異界の空気に触れすぎてしまい、多くの人間が従僕に転化した。転化しなかった者も従僕に殺害されたそうだ」
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