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03  それマジムカつくんですけど!

 「ふえぇー、お尻いたぁーい……」


 森の中で助けたキース・マーリンガムという弓兵と一緒に行動することにしたワタ。

 現在は第二の街、ニツバに到着したところだ。

 ここニツバは王国北方の主要都市であり、規模もかなり大きい。

 そんな町並みを見上げ、感心しているワタ。


 「ほぇー、ちゃんと異世界してるー」

 「異世界してるって何だよ」

 「だいじょーぶだいじょーぶ。キースさんだって私の世界来たら同じこと言うから」

 「君の大丈夫の基準が分からない」

 「君じゃなくてワタ」

 「はいはい」


 ワタの人懐こさもあり、すっかり打ち解けている二人。

 御者と男女に手を振り別れ、二人は歩いて領主屋敷へ。

 しかし牛車の停留所から領主屋敷へは、歩いて数時間の道のり。


 時刻は昼を回り、午後三時近い。ワタは朝からコップ一杯の水しか飲んでいないので、おなかペコペコである。


 「ヴェァァ……おながずいだー……」

 「凄い声が出たなぁ。朝飯は?」

 「だべながっだー」

 「そりゃ腹減るって。お金は……持ってるわけないか」

 「むーっ! 酒場でバイトして……これくらいは持ってるもん」


 財布からお金を出して、キースに渡すワタ。

 キースはそれを数えて、あまりの金額に鼻で笑ってしまった。


 「あー! 笑ったー! 私これでもちゃんとウエイトレスしてたんだからっ!」

 「はいはい。……でもたった27タクスって、リンゴ一つ買えないよ? はっはっはっ!」

 「……泣くぞ? か弱いJC泣くぞ!?」

 「はははごめんごめん。じゃあ今回は貸しにするから、腹一杯食べなさい」

 「ぶーぶー!」


 この時点でキースは、ワタを妹のように思い始めていた。

 当然そんな事、能天気女子中学生が気付くはずもなければ、一切気にも留めません。




 ワタが指定して入ったお店は、お高そうなカフェ。

 (遠慮ないのかよ)と心の中で突っ込みを入れるキース。この子そういう子なんです。

 席に座り、これまた遠慮なく即注文。


 「すみませーん。リンゴのタルトとチョコレートパフェくださーい」

 「いきなりそんなに食べると胃にくるよ? ……マントゥとフルーツコンポートお願いします」

 「な、なんとぅー!?」


 なーんておどけるワタに、冷静に返すキース。


 「マントゥ。肉と野菜を薄い皮で包んだ食べ物」

 「あー餃子かぁ」


 微妙に違います。

 マントゥはこのニツバ周辺ではよく食べられているもののひとつで、羊のひき肉を野菜と混ぜ、小麦粉の皮で包んだもの。香辛料をまぶして食べます。


 食事中、キースからワタに質問。


 「ワタ、君のいた世界のこと、聞かせてもらえるかい?」

 「興味あるの?」

 「興味というか……念のためかな。考えてもみてよ。ワタが来られたんだから、他の人も来るかもしれない。そしてそれは侵略行為かもしれない」

 「……分かった」


 キースの言葉と不安を理解したワタ。

 ワタは最初に、自分の持っているラノベ本と財布を見せた。


 「これ文字。んでこれお金」

 「随分と立派な本だね。文字は……読めるわけないか。お金は……これは銅貨だろうけど、こっちは?」

 「1円玉だから……たしかアルミ」

 「あるみ……?」


 手に持って、透かしてみて、軽く力を入れてみるキース。しかしキースにはこれが何者なのか、理解できなかった。

 ちなみにだが、ワタが1円玉がアルミ製であることを知っていたのも、ラノベ由来の知識である。


 「専門家ならば分かるかもしれないけど、少なくとも俺の知る技術じゃないね」

 「専門家って、王都にいる?」

 「いるよ。だから余計に王都に向かう必要が出た」

 「うん。だから一個もーらいっ」「あっ!」


 マントゥをひとつ盗み食いするワタ。

 一方これだけの会話でも充分すぎるほど、キースは危機感を持った。

 そしてワタも、キースの心情は理解している。ラノベ経由で。


 「それじゃあ次。そっちの世界に武器や魔法は?」

 「ない」

 「……なかったらどうやって魔獣と戦ってるんだい?」

 「魔獣がそもそもいない」


 こちらの世界の人間にとって、魔獣の存在しない世界というものが想像できない。

 難しい表情をしたキースに、ワタもしっかりと理解を示した。


 「私たちの世界って人間同士だから。拳銃って分かる?」

 「……いや」

 「んーと、弓矢を鉄の塊にした感じ。それを弓矢よりも速いスピードでバンッ! って。そういう武器」


 実際に構えて、それっぽく撃つ素振りのワタ。


 「小型の大砲か」

 「うんうん。そんな感じ。あとは戦車で砲撃したり戦艦で砲撃したり飛行機で爆弾落としたり」

 「待った。いきなり俺の理解の範疇を超えた」

 「んー……」


 さすがにちょっと反省するワタ。

 その目線はガラス越しに街の通りに向いていて、どう説明しようか悩んでいる。

 と、そんなワタの目の前を、とある物体が通過。


 「……え? あれっ!? ねえ、この世界って自動車あるの!?」

 「じどーしゃ? ……ああ、あれか。あれは魔車。馬車や牛車は動物が引いてるけど、あれは魔力で動いてるんだよ」

 「おぉー!」

 「一台確か5千万タクスだったかな……ってもう聞いてないし」


 しっかりと魔法の存在を確認して、テンションの上がっているワタ。

 ちなみに魔車のデザインは、禁酒法時代の自動車と似ている。

 魔車を見送ったワタは、すぐさま次の質問。


 「ねえねえ、魔法ってみんな使えるの?」

 「いいや。魔法が使えるのはごく極一部の、才能と素質と、そして運に恵まれた人だけ。その三つが全て揃って、初めて魔術師になれると言われている」

 「キースさんは?」

 「ははは、ないない。魔術師は世界でも百人に満たないんだよ。そしてどうやって魔術師になれるのかは、当事者以外誰も知らない。噂はあるけどね」

 「噂?」

 「世界のどこかに魔術工房があって、何らかの手段で常に移動している。そして神に認められると工房を見ることができるようになり、さらに運良く工房を見つけられた人だけが魔術師になれる」


 ポカーンと口の開いているワタ。

 それを見てふき出しそうになるキース。


 「ふふっ。まぁー噂だよ、噂」

 「……あー、キースさんは信じてないんだ」

 「魔術師自体を見たことがないからね」

 「え? 国に従える人はいないの?」

 「さぁ? 残念だけど俺、下っ端なんだ」

 「……えへへーいいこと聞いちゃったーっ」

 「あっ……チッ失敗したか」


 ニヤニヤワタとニガニガキースの出来上がり。




 食事を終え、二人は改めて領主屋敷へ。

 街には普通の人間の他に、動物に服を着せて二足歩行させただけのような人から、逆に人に耳としっぽをつけただけのような人、妙に背の低い人やひょろ長い人などもいる。

 道中ワタは周囲をキョロキョロし、キースの袖を掴んだ。そんなワタに、呆れ声でキースが話しかけた。


 「どうした?」

 「前の町でトカゲっぽい人にナイフ向けられたから、二度目あったらイヤだなーって」

 「サラマンドか。連中は年中発情期だからなぁ」

 「……やっぱりエルフとか魔族とかもいるの?」

 「いるよ。……っていうかなんで知ってるんだい?」

 「こういう本に、そういうのが書いてあるの。エルフは耳が長くて人嫌い。魔族は角があって悪いこと考えてる」

 「大方正解」


 キースの目線は、ワタの持つラノベ本へ。

 (……もしかして、以前にもこの世界に来た人がいるのか? そしてあの本は、その伝記……?)と考えるキースだが、残念不正解。

 その視線をワタも感じ、何故か胸を隠す。


 「……いやーそれはないわ。俺ぁ大人の女性のほうがいいもん」

 「ちょっ!? それマジムカつくんですけど!」


 地味に傷付く能天気女子中学生なのでした。




 そんなこんな会話をしていると、ようやく領主屋敷が見えてきた。

 領主屋敷は街の東に位置していて、丘の上に建っている。

 丘の上までは九十九折の道が続いており、この時点で能天気女子中学生は心が折れかけている。


 「……この坂登るの?」

 「登るけど、……あれ」

 「んー? おー! ロープウェーぃ!」


 魔車しかりロープウェーしかり、この異世界はある程度機械文明も発展している。

 路面電車の停留所のような乗り場に到着すると、丁度バケットが到着。

 さっそく乗り込もうとしたワタを、キースが止めた。


 「お金」

 「あっ。……高そう」

 「まあね。でもこっちにはこれがある。二人分お願いします」


 キースが停留所の係員に見せたのは王国兵士の証。


 「割引で4千タクスです」

 「……はい」


 なにやら言いたげな表情のワタの手を引き、キースとワタはバケットへ。


 「……お金大丈夫?」

 「領主様に出してもらうかな。俺も領家の出身だし顔見知りの仲だから。それと一応言っておくけど、ワタちゃんは今、俺の保護下にある。だからお金の心配は不要」


 若干不満そうに頷くワタ。

 (意外としっかりしているな)と思いつつ、笑顔を見せるキース。

 ロープウェー乗車中、ワタはずーっと外の景色に興奮したままでした。




 丘の上に到着し、下車。

 周囲は見事に豪邸だらけであり、高級住宅地となっている。例えるならばビバリーヒルズ。

 周囲の豪華さに見とれてどんどん遅れるワタ。キースは時折立ち止まり、ため息を漏らしつつ待ってあげている。


 「すごいね。ロミジュリごっこできそう」

 「何?」

 「ロミジュリ。ロミオとジュリエット。ラブロマンスだよぉー」

 「……そこにロミオさんとジュリエットさんが住んでるよ。御年七十五歳」

 「夢壊れるからやめてよ!」


 本気で怒るワタ。彼女もまた、恋に恋する乙女なのでした。


 「ははは、ごめんごめん。さて、到着したぞー」

 「ほぇー……って、建物が見えないんですけど?」

 「まーね。ここから十分くらい歩く」

 「広すぎっ!」


 キースは気にせず門番に挨拶。門番もキースのことは知っているので、すんなり通過。

 まずは一面の芝生が二人をお出迎え。

 次に綺麗に手入れされた庭木と垣根。垣根からは庭園によくある洋風あずま屋(ガゼポ)も見える。

 そして最後に領主の大豪邸。正面にはそれだけで家一軒はあろうかという大きさの噴水が鎮座。

 そんな非日常をまざまざと見せつけられたワタは、飛んで跳ねての大興奮である。


 「わー! わー! お近づきになりたい! わー!」

 「ワタちゃん、目がお金のマークになってるよ?」

 「だって! だって!」

 「ははは。……じゃあもうひとつ驚かせてあげよう。俺の実家、ここよりも大きいよ」


 「……ほぇ??」


 笑顔が半笑いになり、そのままの表情で固まるワタ。

 キースはまるで、自分が仕掛けた落とし穴に友人が目の前で引っかかったかのように、アゴが外れそうなほど大笑い。


 「あーっはっはっはっ!! いいよーその表情っ! それが見られただけでもマーリンガム家に生まれた甲斐があったよ! あっはっはっはっはっ!」


 ちなみにキースの名誉のために言っておくが、これは単純にイタズラが成功して嬉しいというだけであり、悪意を持った笑いではない。


 ワタの固まった表情が戻らないので、キースは仕方なく手を引いて屋敷へ。

 こちらにも扉の前に門番が二名。


 「キース・マーリンガムです。領主様にお目通り願いたいのですが、よろしいでしょうか?」

 「どうぞ」


 あっさり扉が開き二人は屋敷内へ。




 入るとすぐに執事が出迎えてくれ、その案内で領主の部屋へと移動。

 道中キースはワタを気にかけている。


 「ようやく不安そうな顔になったね」

 「だって……私、アレな家だったから……」

 「まあ、ここの領主様は優しい人だから大丈夫だよ。それに俺もいるから」

 「……うん……」


 より手を強く握り、キースにくっ付くワタ。

 (すっかり信用されてるなぁ)と、満更でもないキース。

 三階の一室の前で執事が止まり、扉をノック。すると部屋の中から声。


 「何だ」

 「お客様でございます」

 「客? 本日そのような予定はないはずだが?」

 「キース・マーリンガム様にございます」

 「……通せ」


 声の威圧感は扉の外にいいるワタにも届いている。

 不安で文字通りチビりそうになっているワタの手を引き、キースは執事に笑いかけつつ自分から扉を開けて中へ。

 領主は壮年の男性。書類仕事の最中のようで、見事に高級そうな机に向かい、なにかを書いている。


 「お久しぶりです。ニツバ様」

 「ああ。だが少し待て。そこに座っていろ」

 「承知いたしました」


 キースは顔見知りなので緊張していないが、ワタは能天気が取り得のアホの子とは思えないほどにガチガチである。

 そしてそんなワタを見てしまい、キースは笑いを堪えるのに四苦八苦。


 「……ふう。さて」


 領主が仕事を切り上げたのを見計らい立ち上がり、二人から領主のもとへ。




 「改めましてお久しぶりです。キース・マーリンガムです」

 「何年ぶりだ?」

 「私が12歳の頃ですから、7年ぶりですね」

 「そんなになるか。随分と立派になりおって、さぞご両親もお喜びだろう」

 「おかげさまで、私の意思を尊重していただいております」

 「ははは、全くあやつらしくない。……さて、そちらは?」


 目線が自分に来た途端、猛獣に睨まれた小動物のように縮こまりキースの後ろに隠れるワタ。

 それを見て領主は笑うだけ。


 「事情があり私が保護いたしまして、王都までの護送中です。……ほら、ワタちゃん」


 催促され、領主の目は見ないように横に並び、頭を下げたワタ。


 「……御前崎私……です」

 「聞いたことのない名だな。どこから来た?」

 「それは私が。いいね? ワタちゃん?」

 「うん……」

 「彼女はどうやら異世界からの訪問者のようなのです。ワタちゃん、本借りるよ」

 「…………ん」


 無言で本をキースに渡すワタ。その本をキースは領主へ。


 「このように、我々の知らない言語で書かれた本を持ち、そしてこちらの世界については何も知りません。アルトール教すらも知らなかったようです」

 「ふむ。……読めなぁい」

 「ははは」


 ワタの緊張を解くためにあえて、首をかしげ全力で可愛さをかもし出す領主。

 だが笑ったのはキースだけで、ワタは逆に、またキースの後ろに隠れてしまった。


 「……んんっ。全てを信用するわけではないが、この本のことは信じよう」


 「そしてですね、彼女は命を落としかけた私を救ってくれました」

 「……あの依頼か。やはり結界にほころびがあったのだな」

 「はい。結界の様子を確認中、背後からコボルトの集団に襲われてしまいまして、彼女がいなければ私はとっくに神の御許にありましょう」

 「そうか。それは依頼を出した私からも謝罪と、彼女に感謝を申し上げる。しかしどう救ったのだ? 見たところ戦えるとは到底思えないのだが……?」

 「それがですね、私もよく分かっていないのです。なので……ワタちゃん。ここからは自分の言葉で説明してくれないかな?」


 しかし中々キースの後ろから出てこないワタ。

 キースは仕方がないので、ワタを少々強引に自分の前に引っ張り出した。


 「……能力があるから、それで」

 「どのような能力だ?」

 「………………」

 「ああ失礼。興味があるだけで君をどうしようという気はない。約束しよう」


 (少々きつい声色になってしまったか)と、ひとり反省する領主。

 ここでワタは、最初に出会った占いババアの言葉を思い出していた。

 ――この能力はなるべく人に悟られぬようにすべき――。


 「……追い払って、回復した。それだけ」

 「ワタちゃん、どう追い払ったかを聞いているんだけど?」

 「知らないっ」


 キースの催促に、思わずそっぽを向くワタ。

 しかし領主は鋭かった。じっとワタを見つめ、その一瞬の目の動きすらも見逃そうとしない。


 「人に知られるのがはばかられる能力、ということか。例えば、魔獣を操れる?」

 「知らない」

 「これは違いそうだな。……能力を作ることが可能?」

 「知らないっ」

 「それ以上か。となれば、万物を創造」「知らないッ!!」

 「……ふむ。これはとんでもない客人(まろうど)が来たものだ」


 言葉を遮ってしまったことで、領主はこれが図星だと悟った。




 だが! 能天気女子中学生、御前崎私はこの程度では折れない!


 「……だったら、もしも私がなんでも作れるんだったら……領主さんもキースさんも、命ないよ?」


 鋭い眼光を飛ばした御前崎私に、領主も、そして領主が生唾を飲み込む光景を目の当たりにしたキースも、いつでも逃げられる心構えをした。

 領主もキースも実際にワタの能力を目の当たりにしたわけではないので、これがハッタリなのか本気なのか、判断ができないのだ。


 「領主さんって、魔車って持ってる?」

 「……ああ」

 「じゃあ、私にちょうだい。王都まで牛車はお尻痛くていやなんだもん」

 「脅すつもりか? ふっ、私は領主だ。ハッタリなど一目で見破れる」


 ハッタリかどうかが分からない以上、自分もハッタリで押し通すことにした領主。だがこの選択は失敗だった。

 《ガラスが割れて吹っ飛ぶ》

 バリーン! と物凄い音で、部屋の窓ガラスが全て外側へと吹き飛んだ!

 次の瞬間、キースがワタを押し飛ばして領主との間に入った。


 「ったぁいんですけどっ!」

 「ワタちゃん、どうやったのかは知らないけど、これは敵対行為だよ」

 「敵対?」《ガラスが元通り》「なんの話?」

 「何のって、ガラスを……あれ?」「なんともない!?」


 見事に何事もなくそこにあるガラスに、幻術にでもかかったのかと疑う領主とキース。

 そんな男二人に、悪どい笑みを見せるワタ。


 「嘘でも本当でもどっちでもいいよ。嘘でも本当でも、領主さんとキースさんの命は私が握ってるから。あははー」


 次の瞬間、キースはクロスボウをワタの眉間へと向けた。

 「そこまで!」とすぐさま止めに入った領主。


 「キース君、武器を下ろしたまえ」

 「しかし」「私の言葉が聞こえなかったかな?」

 「……分かりました」


 家柄では同等であっても、今は領主と兵士。

 クロスボウを下ろしたキースを見て、実はワタが一番ほっとしている。

 なにせこの脅し、すべてラノベ原作なのだ。

 そしてこの先は、ワタも知らない。




 「これは私の負けだ。どこでこのような話術を身につけたのか、興味がある。そしてその能力が嘘だろうと本当だろうと、利用価値は高い。どうだろう? 私のために働いてくれるのであれば、身の安全と今後の生活は保障しよう。悪くない話だと思うが?」

 「………………ごめんなさい。よく分からなかった」

 「私の下で働くのであれば、生活には困らないぞ、ということだ」

 「あっ! メイド服着られる!? やったー!」

 「いや、そうじゃなくて、だからその……」


 すみません、この子アホの子なんです。

 緊迫した空気が一瞬で変わってしまったので、キースが代わって説明。

 しばらくかかったが、ようやく話を理解したワタ。


 「あー。やだ」

 「ははは……だそうですよ」

 「むぅ……仕方がない。どちらにせよ今日はこの屋敷に泊まるといい。今から王都へと向かえば、イカスに着く前に日が暮れる」

 「ですね」

 「魔車は?」


 食い下がるワタに、二人とも苦笑い。


 「あれほどの高価な代物、私とてたやすく人に譲るわけにはいかないのだ」

 「おっけーなにすればいいの? お茶くみ?」

 「いやそういうことでは……」


 呆れつつキースを手招きし、耳打ちする領主。


 「この子、本当に一体何なのだ? つかみ所が無さすぎるぞ?」

 「本当に一体何なんでしょうね? ははは……」


 ただのアホの子です。


 「ともかく、明日私から依頼を出すので、その成功報酬として魔車を出そう。しかし免許が無ければ運転はできないのだぞ?」

 「知ってる。けどなんとかなるのが異世界だもん」

 「なんとかって……」

 「なるんですよ、残念ながら。私免許持ってます」

 「キース君が!?」


 呆れた後に驚き、領主は疲れてきている。

 キースは免許証を領主に提示。

 こちらの世界の免許証も、サイズは読者の知るものほぼ変わらない。そして一度取得すれば永年有効である。

 魔車に関しては車検がないので、魔力さえ充填すれば少々壊れていても乗れてしまう。


 「実は珍しいものを集めることを趣味としていまして、魔車の運転免許証もそのひとつです」

 「……血は争えないか。ははは」

 「残念ながら」


 キースの父親も珍しい物好きなのだ。

 ただ方向性が若干違い、キースは実用性を、父親は見た目の珍妙さを重視している。




 話はまとまり、ワタとキースは領主屋敷で一泊。明日領主から直接依頼を受け、その成功報酬として魔車をもらい、王都を目指す事になった。

 ほっとひと息の三人。


 「ははは、ワタちゃんもため息かい」

 「こういうこと初めてだもん、当然じゃん」

 「初めて? 私はてっきりどこかで身につけた知才だと思ったのだが」

 「えへへ。全部お芝居。この本みたいなのに書いてあったの、真似しただけ」

 「これはこれは」


 一本取られたという感じで苦笑いの領主。


 「あ、そうだ。領主さんって名前なに?」

 「ワタちゃん!」

 「ほぇ?」


 馴れ馴れしい態度なのもあるが、この威厳のある領主様には、名前を聞けば気分を害し、即刻首を落とされるとまで噂があるので、誰も名前を聞いたことが無いのだ。

 もちろんキースも同じで、なので街の名前から『ニツバ様』と呼んでいる。キースだけではなく、大抵の人がそう呼ぶのだ。

 当然そんなことは能天気女子中学生は知らないので、あっさりと聞いてしまった。


 「申し訳ありませんニツバ様。ワタちゃんには後でしっかりと」「構わんよ」


 「……名前か。さて、私が名前を聞かれたのは、いつ以来だったかな。……この妙な噂のせいで、私自身が私の名前を忘れそうになる。忌々しい噂だ」

 「ほぇ?」


 全く意味が分かっていないワタの顔を見て、領主はふき出して笑った。


 「ぶふっ! ははは! いやぁー私は今とても気分が良い。お嬢ちゃん、名前を聞いてくれてありがとう」

 「うん。でも私のことはワタって呼んで」

 「ああ、ワタちゃん。では私の名前だがね、『リヨーシュ・セルウィン』という。以後お見知りおきを」

 「……オヤジギャグ?」「ワタちゃん!!」

 「はっはっはっ! 本名だよ。領主の名前がリヨーシュ。笑われても仕方がないね」

 「うん。でも私結構好きかもだよ」

 「それは光栄だ。はっはっはっ!」


 キースは顔面蒼白。ワタは領主と一緒に笑っている。




 「私がまだ十代の頃の話だ。屋敷に物を売りにきた商人に名前を告げたところ笑われてしまってね、思わずその商人に剣を向けて追い払ってしまった。それが巡り巡って、名前を聞くと首を落とされるという大層な尾ひれが付いてしまったのだ。ワタちゃん、君のおかげでようやくこの呪縛から抜け出せたよ。ありがとう」

 「……私感謝されるようなことした?」

 「ああ、したよ。……なんという娘さんか。そのひょうひょうとした性格が狙ってのものならばアッパレだ」

 「でもなんか気持ち分かる。私、名前が『私』じゃん? だからイヤだったんだけど、もうネタにしてる。領主さんも名前をネタにしちゃえば?」

 「名前をネタにか……考えたこともなかった。もう一度感謝するよ。ありがとう」


 久しぶりに名前を口に出せたことと、名前での悩みに別の視点から向かって行けそうな予感がした領主は、顔のニヤケが取れなくなっている。


 「そうだな、感謝をするのであればそれを形で示さなければ」

 「魔車くれるの?」

 「ふふふ、君も中々にしつこいね。残念だがそれは依頼の報酬で変わりない。だが、今後の金銭的な不安は取り除くと約束しよう」


 残念、ワタは理解できなかった。

 なのでこれまたキースが噛み砕いて説明。


 「パトロンになるってことだよ」

 「あー、なんか聞いたことある。お金くれる人だ」

 「物凄い直球だなぁ。でも考えとしてはそれでいいかな」

 「おー。やったー」


 大阪道頓堀のネオン看板のように、腕を斜めに上げてYの字になっているワタ。

 それを見てキースも領主も笑う。


 これで異世界での地盤ができたワタ。

 唯一、当人がそれに気付いていないのだけが残念である。



 ……あれっ!? 俺ののんびりどこ行った!?

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