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04  メガネキャラは頭いいのがテイセキだもん

 領主に気に入られ、屋敷で一泊。その翌朝。

 ノックをしても反応のないワタの部屋。さすがに女子の部屋に入るのは気がひけたキースは、近くを通ったメイドさんに頼んで様子を確認してもらう。

 部屋に入ってベッドを確認するメイドさん。その視線の先には、下着姿のまますっかり熟睡しているワタがいた。


 しばらーくして出てきたメイドさんは、首を横に振った。


 「とても昨日お知り合いになった方とは思えないほどに、深く熟睡なされておりますので……」

 「ははは……。分かりました。もう少し時間を見て、その後俺が起こします」

 「あ、いえ、その……下着姿のままなので……」

 「……後でお願いします」

 「承知いたしました」


 顔をポリポリ掻くキース。

 脳内では下着姿のワタの姿が浮かんでいるのだが、19歳の男性なので大目に見てあげてください。




 三十分ほど後、メイドさんがワタの部屋をノック。だが反応なし。

 領主とキースには了承を得ているので、ワタの部屋に入るメイドさん。

 ベッドには、相変わらず気持ち良さそうに下着姿で寝ているワタ。

 ため息をひとつ、メイドさんはワタを揺すり起こしにかかった。――のだが、これがまたすっごく深く眠っていて、その表情が幸せそのものなので、メイドさんはクリーニングするためにワタの服だけを持ち、一旦退散。


 そしてそれから一時間ほど後、再挑戦しに来たメイドさん。今回は領主から「起こせ」と命を受けているので、引き下がれない。

 先ほどよりも強めに揺すり、声もかける。


 「ワタ様、朝ですよ」

 「……んー……きょーにちよーびぃ……んにゃー……」


 曜日の概念が違うので、ワタの言葉が理解できず戸惑うメイドさん。

 だがメイドにはメイドの意地がある! ということで、客人にする仕打ちではないのだが、掛け布団を思いっきり引っぺがしたメイドさん。


 「んぁー……っくしゅんっ……? ぁぇ?」

 「ようやくお目覚めになりましたか?」


 しばらく固まるワタ。

 だが状況を理解し、枕で体を隠した。


 「手荒なモーニングコールで申し訳ございません」

 「……私の服は?」

 「クリーニングのためにこちらで預からせていただきました」

 「え、入ってたのは?」

 「しっかりと確認しております。そこに」


 部屋の入り口横にある木製の棚の上に、スマホや財布、学生手帳が置いてあるのを確認したワタは、ひと安心。


 「さっそくですが、こちらにお召し替えを」

 「おぁ! なんか異世界っぽい服! やった!」


 能天気女子中学生、単純です。




 一方こちらは領主とキース。リビングで談笑中である。

 二人とも領家であり、面識がある。


 少ししてメイドさんの案内でワタが登場。

 「おお」と二人から小さな歓声。しかし単純にこの世界からしたら妙な服装だった制服から、馴染みの服装に着替えただけである。


 「……あれ? ワタちゃん、メガネは?」

 「あっ。取ってくる!」

 「ははは。やはり騒がしい「部屋どこだっけ!?」……つかみ所のない娘さんだね」


 ワタはメイドさんに案内されてもう一度部屋へ。すぐに戻ってきた。


 「ふぇー、あぶないあぶない」

 「ワタちゃんって、メガネを忘れるくらいには見えているんだね?」

 「うん。私掛けなくても大丈夫だから。でもメガネキャラは頭いいのがテイセキだもん」

 「……定石(ジョウセキ)ね」


 メガネを上げて格好良さそうにポーズを決めつつ定石すら間違えるワタに、領主もキースも苦笑い。

 すると領主にひとつの疑問が浮かんだ。


 「ワタちゃんは我々の言葉が分かるのだよね?」

 「うん。でもなんで異世界なのに日本語喋ってるの?」

 「私の疑問もそれなのだが。むぅ……」


 「仮説をひとつよろしいでしょうか」

 「キース君は多少彼女ともいたから、なにか掴んでいるのだね?」

 「掴んでいるというか……。ワタちゃん、正直に答えてほしいんだけど、俺の傷を治したのは、俺がそういうものだと想像したの?」

 「んー……」


 占いババアの言葉が頭をよぎるワタ。

 しかし昨日の執務室での一件から、もう二人には見破られていると判断。

 念のため、壁に穴が空くという想像をしておいてから、話すことにした。


 「……自分に、回復能力を付けた」

 「えっ!? 能力の付与もできるってこと!?」

 「うん……」


 領主とキースが顔を見合わせ、再びワタに視線が向く。

 だがキースはワタの表情から、相当な警戒をした上での種明かしであると気付き、次に喋ろうとした領主を手で止めた。


 「そうか。なんか俺のせいで不安にさせたみたいで、ごめんね」

 「……ううん」

 「それではこの話は終わりにして、朝食にするか」


 領主さんも空気を読みました。




 食事中もいまいち冴えない表情のワタ。領主もキースも気を使ってしまう。

 そしてその緊張はメイドや執事にまで伝染中。


 「ワタちゃん。食事美味しい?」

 「うん」

 「……そ、そう。良かった。ははは……」


 ワタは表情を変えず、一言であしらわれてしまった領主。

 ちなみに領主には妻も子供もいるのだが、現在は離れて暮らしている。夫婦仲は問題ないので離婚の危機というわけではない。

 なので子供の扱いには慣れているのだが、相手が悪すぎた。


 しかしそんな空気を変えたのは、当のワタ。


 「領主さん、私何すればいいの?」

 「えっ? あ、魔車のことかな?」

 「うん」

 「……犯罪組織の壊滅、と思っていたんだけど「分かった」って!?」「ワタちゃん!?」


 あっさりととんでもない依頼を了承したワタに、言いだしっぺの領主も保護者役のキースも、そして周りの執事やメイドさんたちも驚いている。


 「私もこの力、試したいし。……ひとりで行く」

 「一人で!?」

 「巻き込みたくないから」


 あからさまに”来るな”オーラを出すワタ。

 キースも領主も困ってしまうが、しかしキースはここでワタを止めるのは感情を逆なでしかねないと判断した。


 「……分かった。だけどいきなり一人にはさせられないから、途中まで俺が送るよ。ニツバ様いいですよね?」

 「ああ、私もそうしようとしてた。魔車を貸すので、キース君は今のうちに運転に慣れておきなさい」

 「はい。ありがとうございます」


 そして食後、誰よりも先に席を立つワタ。


 「ワタちゃん?」

 「ちょっと庭行ってる」

 「……分かった。準備が出来たら呼ぶね」

 「うん」


 食事を終え、窓越しに庭にいるワタを確認しつつ大きなため息をつくキース。その横には領主も来た。


 「……難しいですね」

 「そういう年齢なのだ。だが、何かしらが気に障ったのは確かだろう。……あの依頼、本当に彼女一人でさせるつもりか?」

 「いつでも援護には入れるようにするつもりです。それでも危険でしょうけど」


 「気に障ったことですけど、十中八九言葉についでだと思うんです。それで、元の世界を思い出してしまった。あの年齢ですから、親元が恋しくなっても何の不思議もありません」

 「ホームシックというやつか。キース君はどうだったのだ?」

 「ありませんでした。というか、色々忙しくて考える暇がありませんでした」

 「私もだ。ということは我々では力になれそうにないな……」

 「手を差し伸べるのではなく、背中を押すべきでしょうかね」

 「そうだな。……後でワタちゃんに伝えてくれ。私は約束をむげにはしないと」

 「はい、承知しました」


 大人組の覚悟は完了。




 玄関に魔車を準備し、ワタを乗せる前に少し運転の練習をするキース。

 庭にあるあずま屋(ガゼポ)からその様子を眺めていたワタ。

 ため息をつき立ち上がり、玄関先にいるメイドさんと合流。

 ――無言の時間。メイドさんもどうしようかと困惑中。


 ミラー越しにその様子が見えたキースは、練習を切り上げUターン。

 ワタの横につけ、そのまま話しかけた。


 「ワタちゃん、こっちはいつでもいいよ」

 「じゃあ行く。……メイドさん。領主さんに私が謝ってたって言っておいて」


 そう告げると助手席へ。

 スムーズな乗車だったので、キースは、ワタの世界では車が珍しいものではないのだと感じ取った。


 「……シートベルトないの?」

 「え? あー……ない。多分」


 付いていないというよりも、シートベルトという概念がまだ存在していません。


 横に人を乗せたので、余計に慎重な運転になるキース。

 そんなことは気にもせず、ワタは窓の外を眺めているだけ。

 無言の車内には、石畳の振動とエンジン音だけが響く。


 丘を下り、人通りの多い道へ。

 当然ながら信号機や道路交通法なんてものがない時代。あるのはせいぜい右側通行とウインカーでの方向指示程度である。


 「……ワタちゃん。先に謝っておくね。事故起したらゴメン」

 「余裕ない顔してる」

 「ははは……」

 「私と同じ顔してる」

 「あー……ゴメン。今その話する余裕ない」


 引きつった表情のキースの運転で、街の西地区へ。




 西地区の一角。

 人通りも疎らになったので、キースは建物の陰に車を止めた。


 「じゃあ説明。ここからさらに西に行くと倉庫街になっている。使わなくなった倉庫は犯罪者の隠れ蓑や取引現場にも使用されていて、かなり治安が悪い。年に一度掃除が入るんだけど、どうやら最近は犯罪者が横の繋がりを持って組織化しているらしい。今回はその入り口を見つけるだけでいい。くれぐれも深入りはしないように」

 「……ん?」


 頭の上にハテナマークを出したワタに、あちゃー、という感じで頭を押さえるキース。

 そう、この子アホの子なんですよ。


 「えーっと、悪い人たちがグループを作ってる。それが結構な人数いるから、ワタちゃんはその人たちがどこで集まっているのかを確認するだけでいい。確認できたらすぐ戻ってきて」

 「えー? それじゃー壊滅になってないじゃん」

 「そうだけどさ、仮にも女の子にそんな危ないことはさせられないよ」

 「……うん。でも手が滑るかも」

 「やめてほしいなぁ。ははは……」


 呆れ苦笑いのキース。一方ワタはやる気。


 「ワタちゃん。領主様からの伝言。約束はしっかり守るって」

 「うん。……じゃー私からも。私がみんなの言葉分かるの、きっと自分でも気付かないうちに翻訳能力を持っちゃったんだと思う。だけど文字はわかんない。どうすればいいかな?」

 「単純に、文字が分かるようになる能力を付与するんじゃダメなのかい?」

 「私の能力って、イメージできないとダメみたい。だから文字が読める能力ってのがイメージできない」

 「メガネ越しだと文字が変わるイメージは?」

 「……あっ」


 なんともあっさり解決。

 《メガネ越しで文字が自動翻訳される》

 能力を付与した――かどうか不安なワタは、一旦メガネを外して文字を探した。

 キースが気を回して、財布から免許証を出してワタに見せた。

 ワタはメガネを掛けたり外したりで確認中。


 「……おーさすが私。それじゃ行ってくるね」

 「くれぐれも気を付けてね」

 「はーい」


 すっかり機嫌の直ったワタは、ひとりで倉庫街へ。

 一方のキースは、ワタの表情がホームシックとは別物であったことに、僅かながら拍子抜け。


 「あの子は何事も深く考えていないんだな……」




 倉庫街に到着したワタ。周囲を探るも人の気配は無し。

 しばらく進むと、人影が横切った。


 「ふひひ……あ、待った」


 さっそく追おうとした所でひとつ閃いたワタは、倉庫の影へ。

 (こういうのって変装しなきゃだよね。よくあるのは……色仕掛け! でも私のキャラじゃなーい)

 よくご存知で。

 なお御前崎私は、14歳でDカップである。

 (……あっ、前読んだのでホームレスに変装ってのあった! あれにしよーっと)

 《ホームレスっぽい服装になる》


 ラノベ由来の知識で、穴の空いている小汚い服に変装したワタは、先ほどの人影を追う。


 一方こちらはワタに追われている人物。仲間数人と談笑中である。


 「んでよ、ユチッダの奴が」「おい、こんなの見つけたぜ」


 つままれているワタ登場。

 あの後あっさりと見つかり、どうにか誤魔化したのだ。


 「あん? なんだきたねぇガキだな。捨ててこいよ」

 「いやいや、これで結構あるぜ?」

 「おっ、マジじゃねーか」


 とまあ、色仕掛けでも行けたようですよ。

 ワタは人数を確認して、これが下っ端の末端だと考えた。


 「私そこまで安くないし。なんか大きな組織があるって噂聞いたんだけど?」

 「またご大層だな。お前みたいなのがボスに気に入られるわけねーだろ」

 「ってもよ、女は全部連れてこいって話じゃん。こんなのでも一応は女なんだからよ」

 「一応ってゆーな!」


 「……まーいいや。いらねーったら捨てりゃーいいんだし。ついて来な」


 ”一応”が付いたことに頬を膨らませつつ、連中についていくワタ。

 到着したのは、他となんら変わらない倉庫。

 とりあえずワタは倉庫にある番号を記憶。

 (ふひひ……さっそく文字読めるようにしたの役に立った……)


 倉庫に入ると、中には幾つかのガラクタ。


 「……騙されたっ!?」

 「と、普通は思うよなー」「へっへっへっ」


 するとひとりがガラクタをよけ始めた。

 (あっ! 地下に行く扉があるんだ!)というワタの読みが正解し、ガラクタの下から地下への扉が出現。


 「ほら、行け」

 「分かってるって。でもすごいね。誰が考えたの?」

 「俺らが知るはずねーだろ」

 「それもそっか」


 能天気炸裂。連中も苦笑いである。




 地下は手掘りではあるがかなり広く、大人でも立ったまま歩けるしすれ違うのも容易。

 奥へと進むと一際豪華な部屋。

 毛皮のカーペットにシャンデリア、開いたホタテ貝のようなデザインの赤いソファに座るのは、白に黒い縦縞の入ったスーツに金縁サングラス、指輪やネックレスも金と宝石でジャラジャラしている、見事にどこからどう見ても悪い人。

 その周りには見事なナイスバディのネーチャンたち。


 「ボス。なんか拾いました」

 「なんかって何だよ。……子供じゃねーか。でも結構あるな」

 「お目汚しになるならば俺らが責任持って捨ててきます」

 「いや、構わねぇ。従順な大人の女には飽きてきた所だ」


 (こいつロリコン?)と勘繰るワタ。

 ボスは下っ端と女性を追っ払い、これで部屋にはボスとワタのみ。


 「歳は?」

 「14歳」

 「本当に子供じゃねーか! はぁ。どこから来た?」

 「……わかんない」


 能天気女子中学生も、さすがに自重しました。


 「なるほど、孤児(みなしご)か。特技は?」

 「んー……妄想?」

 「おいおい……よくそれで生き延びてきたなぁ、お前」

 「えへへー」「褒めてないからっ!」


 あっさりとワタのペースに引き込まれるボス。あ、でもこれただの能天気です。


 「ねえ、ここってなんて名前なの?」

 「俺らは『418番のネズミ』だ」

 「あ、倉庫の番号。捻りがないね」

 「……あのな、仮にも俺ぁここのボスだぞ? そういう奴に言う台詞じゃねぇだろ」

 「そう? いいじゃん。ボスさんだったらとっくに私殺せてるだろうし」


 あまりにも能天気な、しかし的を射ている答えにボスは、(こいつ、危険かもしれねーな)と若干の不安を持った。

 こういう時は慎重派なボスは、ワタを捨てることにした。


 「どうやらお前さんには、ここはまだ早いようだ」

 「口封じに殺す?」

 「……なんかなぁ、お前を見ると良心の呵責ってのが湧いて来るんだよ。だから、口外しないと誓えばそれで済ませてやる」

 「おっけーコーガイしなーい」


 (こいつ本当に分かってるのか?)と困惑するボス。

 一方ワタは、この組織をどう潰そうかと悪巧みに余念がない。




 倉庫街の入り口で解放されたワタ。


 「いいか、口外はするんじゃねーぞ。したらぶっ殺すからな」

 「はーい。……ふひひ。でも、組織がなくなっちゃえば口外してもぶっ殺されないよね?」

 「はぁ? てめーひとりで何ができるってんだよ?」

 「こーいうことができるよ」


 《418番のネズミは、いなかった》


 次の瞬間には、そこにいた下っ端はいなくなっていた。

 ――”いなかった”ことになった。


 「おー。私すげー。ふひひ……」


 相変わらず能天気なワタは、それでは418番倉庫はどうなったのかと疑問に思った。

 再び倉庫街へと進み、記憶を頼りに418番を探す。


 「んー……416番! あ、417番。っていうことは……あれっ?」


 そこには丁度、倉庫ひとつ分の空き地。

 呆気に取られていると、牛車がやってきて怒鳴られた。


 「そこの! 邪魔だからどけ!」

 「あの、418番倉庫ってここですよね? ないんですけど!」

 「あー……まーここらへんは古い倉庫だから、おおかた潰れたんだろ。さ、分かったらどきな!」


 倉庫のあるはずの空き地に入り、地下への入り口を探すワタ。

 だがその入り口も存在して”いなかった”。




 ワタは、失敗したと確信した。

 同時に自分の持つ能力の恐ろしさにも気付いた。

 途端に動悸が激しくなり、呼吸も荒くなり、目の前が遠くなる。


 自分のしでかしたことの大きさに、涙目になり逃げ出したワタ。向かう先はキースの待つ街角。

 ボロボロの服のまま走り、袖で涙を拭う。

 過呼吸で胸が痛くなり、息が上がり意識が飛びそうになり、足が痛くなった頃にようやく辿り着いた合流場所。

 ――誰もいなかった――。


 力なく膝から崩れ落ち、泣きじゃくるワタ。

 周囲の人も何事かと振り向くが、その服装を見て視界から彼女を消す。




 「ワタちゃん!」


 あれからどれほど時間が過ぎたか。道の端に座り込み、小さくなっているワタ。

 その耳に届いた声は、聞いたことのある声だ。


 顔を上げる間もなく、ワタは抱きしめられた。


 「ゴメン、ひとりにさせちゃったね。もう大丈夫だから」


 安心したと同時に、またしゃくり上げるように泣き始めるワタ。


 「わたっ……目の前で消え……怖くなっ……」

 「うん。……まずは車に乗って。さあ」


 右手でワタの手を引き、左手は背中に添える。

 手馴れたエスコートは、キースの出自を表していた。


 車に乗せてもしゃくり上げは止まらず、言葉にならなくとも必死に何かを伝えようとするワタ。

 キースはそれに、しっかり「うん」と言葉で答える。

 車は確実に、領主屋敷へと向かう。




 領主屋敷に到着したキースは、車中にワタを残し、先に領主と会談することにした。


 「ワタちゃんちょっと待ってて。すぐ戻ってくる」


 しかしワタはキースの袖を掴んでいる。


 「……それじゃあ、これを預けるよ。約束のしるし」

 「絶対すぐ戻ってきて」

 「分かった」


 ようやく袖から手を離したワタに、いつも左腕にしている白いブレスレット渡すキース。


 ワタの異様な精神状態と、自分の記憶から欠落した何か。

 結論はひとつだけではあるが、それを肯定も否定もできないキースは、足早に執務室へと向かい、ノックし声が返ってくる前に扉を開けた。


 「誰かと思えば」「ニツバ様、お話が」


 言葉を遮る厳しい表情のキースに、領主もただごとではない何かが起こったのだと察した。


 「何だ?」

 「ニツバ様は彼女のことはご存知ですか?」

 「……ワタちゃんか? 当然だ。……その顔は全てを話せということだな。先日ソメの森にある結界にほころびが認められ、それを調査した君は、不意打ちを食らい重傷を負った。それを彼女が助け、昨日私の下へとやってきた。彼女の能力は万物の創造。それを盾に私と君を脅し魔車を要求、それに私は依頼を条件に出した。その後狙ってか否か、私に名前を訊ねてくれたので、私は依頼の是非にかかわらず支援を決め、今日その依頼を君と一緒に……」


 ここまで来て領主の顔色が変わった。文字通り恐怖を抱く表情だ。


 「……まさかあの子……」

 「はい。恐らくは依頼をなかったことにしてしまった。つまりこの世界を」「キースさん!!」


 話の途中で金切り声が響いた。

 キースは執務室の窓から庭で泣き叫ぶワタを見つけると、窓を開け三階ベランダから飛び降り、着地と同時に前転し落下の勢いを殺しつつ、その勢いのままワタを抱きしめた。


 ワタは、震えていた。

 その震えが恐怖から来るものであると感じた瞬間に、キースの中ではすべてが繋がった。


 「ひとりにしてごめんね。俺はここにいるよ」


 泣き崩れつつ、言葉にならない文句を言っているワタ。

 その文句に何度も謝りつつ、心から後悔をするキースだった――。



 本作唯一の? シリアス回。

 次回から更新速度を落として週一ペースにします。多分。きっと。メイビー。自信ない。

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