5-3:生み出すもの
まるで小さなクレーターみたいに、周囲よりも沈んだ大地にそいつは居た。
キメラとは既に言いがたいほど、ただ醜く、ただ巨大な生物だ。
「うげっ……なんだあれ」
「肉の塊だね。でもよく見ると、動物に見えなくも無い部分もあるけど……あれもキメラかな?」
顔をしかめているフィンに対し、レスターはさすが廃人といった観察力で何かに気づいたようだ。
俺も彼に習ってじっと肉塊を観察したが……動物っぽい所なんてあるか?
「見てください、アレ!」
突然カゲロウが声を上げて肉塊のある部分を指差す。
何かの顔?
そうだ、牛だ。その牛の口が有り得ないほど大きく開き、そこから――
「ちょっと!? なんで牛の口からキメラが出てくるニャ?」
「やだ……気持ち悪いです」
出てきたのは小型のキメラ……いや、キメラの子供か?
獅子の顔と胴体。首元からは別の動物、山羊と牛の頭が左右からそれぞれ生えていた。尻尾は獅子のそれではなく、蠍のそれだ。
翼が無い分、飛行タイプではなさそうだな。
「あっちからも出て来てます」
目ざとく見つけたカゲロウが、別の場所を指差す。
肉塊自体が戸建ての家二軒分の大きさがあり、よく見ると数箇所からキメラが産み落とされていた。
こいつ……もしかしてキメラの……その、母親、なのか?
こんな物に「母親」なんて言葉を使いたくないが、そうとしか言いようがないし。
「こんな速度でどんどんキメラを量産されてちゃ、減るものも減らないはずだ」
「せやけどレスタん、そやったらこいつ倒してしまえば――」
そうだ。こいつさえたおしてしまえば――
「キメラは減る。いや、絶滅させられるっ」
フル支援を受けてクレーター内へと駆け下りる。
キメラたちがこちらに気づくが、いつも相手にしている奴等より二周りも小さい。生まれたての奴等なんか、まだ足もおぼつか無い様子だ。
「本体のヘイト取ったら、雑魚は範囲で焼き尽くしてくれっ」
「「了解」」
「解りました」
後衛火力陣の返事を背中に聞きながら、開戦合図の『挑発』を繰り出す。
「見難い肉の塊めっ。あの世で自分の姿をしっかり拝むんだなっ」
途端、肉塊が振るえ、周囲のキメラたちが俺に敵意をむき出しにする。
「あのサイズだと、相当でかい鏡がいるな」
「突っ込むなとフィン。言った後で俺もそう思ったんだからさ」
「鏡じゃなくって水でもいいニャ。三途の川で見れるニャよ」
この敵を前にしても、やっぱり冗談は忘れない。
けど、ここからは気を引き締めて行くぞ。
本体のヘイトを確実な物にするために『シールドスタン』を叩き込む。
「っく。このでかさの奴にスタンは、流石に効かないか」
脂肪の塊っぽく見えたこいつは、思いのほか固かった。
こりゃ物理攻撃じゃ埒があかないな。
そこへ上空から何かが落下してくる音が聞こえてきた。
盾を構え衝撃に備える。
フィンとミケは素早く後ろに下がったのが見えた。
轟音と共に振ってきたのは、サッカーボールほどの岩。
真っ赤な炎の塊となって降り注いだ五つの岩は、爆風を伴って辺りを火の海へと変えていく。
アデリシアさんの『メテオストライク』だ。
俺へのダメージは無いが、爆風で巻きあがった砂なんかが飛んでくるので盾を構えて居ないと目に入ってしまう。
『クオオオオオオオォォォォッォン』
肉塊が、鳴いた?
奴の見た目に反して、切なく、胸が締め付けられるような声を上げた。
生まれたばかりのキメラはアデリシアさんの一撃で、コアも残らないほど消滅した。
それを、悲しんでいるのだろうか?
ここで感傷的になってどうするっ。
あれを倒さなきゃ俺達は戻れないし、この世界の人たちだって救われないんだっ。
あれを倒さなきゃ……
構えた盾を下げ、攻撃に転じようとした時だった。
奴の眼という眼から赤い涙が零れだし、その涙が……
「おいおい、キメラの次はスライムかよっ」
フィンが叫ぶ中、地面に零れ落ちた赤い涙が次々と動きだす。
俺の足元にも一匹、スライムが落ちてきた。
一瞬混乱するが、「コアを潰せ」というフェンリルの声で我に返った。
半透明のスライムは、コアの位置が丸見えだ。どす黒く赤い球体のコアは見えるスライムを、上から剣で突き刺す。
直ぐに溶けて消えるが、数が多い。
後衛陣には本体の攻撃兼範囲を、前衛の俺達はスライムのコアを確実に潰していく作戦に切り替えた。
CTが明ければ『挑発』や『シールドスタン』も忘れない。
「やっぱスタンはダメだな」
「フィンも試してるのか?」
「私もやってるニャ。でも全然効かない」
スタン系スキルはボス戦では有用なのになぁ。
そういや……何かを産むばかりで肉塊自体は攻撃してこないな。
そういうのが一番怖い。
何を仕掛けてくるか、まったく解らないからだ。
俺の不安は、しなきゃいい時に限って的中する。
さっき涙を流していた眼が今度は輝きだし、口という口が開かれて、その中も光を発し始めた。
「拙い。なんかくるぞっ」
「膨大なマナを感じますっ 『マジックバリア』」
「嫌な予感しかせんわ。『マジックバリア』」
「シールドの後ろに入れっ。『ソウルシールド』」
魔法職三人がほぼ同時に叫んだ。
アデリシアさんと百花さんが『マジックバリア』を展開し、魔法ダメージを緩和させる壁を生み出す。
フェンリルは魔法攻撃を防ぐ盾を作りだした。
盾のサイズは俺がすっぽり入る大きさがあり、展開場所は俺の目の前。
フィンとミケが慌てて俺の背後に回りこむ。
開かれた無数の口から、真っ赤な閃光が四方八方に放たれたっ。
閃光が一筋、目の前の盾にぶつかって消滅する。
地面を焦がす閃光、枯れ木を消し炭にしてしまう閃光。そして、他のキメラを打ち抜く閃光もある。
二本目の閃光が盾にぶつかり、音を立てて『ソウルシールド』が消滅した。
拙い。
慌てて盾を構えるが、その前にフェンリルが立ちはだかる。
「君より魔法防御が高い。直線系の魔法のようだから、私が防ぐ。継続的な癒しの力よ……コンティニュアリ・ヒール』」
同じように盾を構えた彼女が、ダメージを受ける事を前提にしてか、持続性のヒールを唱えた。
その直後、一本の閃光が彼女の盾を捉えた。
「っつ。『生命の奇跡を……ヒール』」
持続性ヒールだけじゃ回復が間に合わないのかよっ。
肉塊の閃光はまだ続いている。いつまでやるつもりなんだ!
「フェンリル!?」
「君の倍近い魔法防御があって、それでも8000ダメージを受けてるんだ。変われるわけないでしょう!」
「っく……『状態――』」
「それはマダだ! こちらのヒールが追いつかなくなってからにしてっ」
「わ。解った」
俺の状態再生の効果は大きいが、いかんせんCTが長い。
まだ彼女自身のヒールで回復が間に合ううちは、確かに使うべきじゃないな。
「収まったニャ……あんなのまともに食らった、死んじゃうニャよ」
「魔法職以外は厳しいな……」
閃光攻撃がようやく止むと、地面のそこかしこが焦げていた。一〇〇発近い閃光が発射されたんじゃないか?
「嘘やん……また来よるで! 『マジックバリア』」
安堵したのも束の間、奴の眼が光り、口内もまた光りだす。
アデリシアさんと百花さんが直ぐに『マジックバリア』を展開し、フェンリルも『ソウルシールド』を唱えた。
直ぐに振り向き、今度は範囲ヒールの『サンクチュアリ』を後衛四人の足元に出した。
簡易パーティー一覧を見るが、二重のバリアのお陰か四人のダメージは少ない。
音を立てて崩れる『ソウルシールド』と共に、フェンリルが盾を構える。
さきほど同様に持続性ヒールを掛け、更にCTが明けた『サンクチュアリ』も展開した。
「これじゃー、攻撃する暇が無いニャっ」
「カゲロウ、レスターっ。二人は攻撃できないかっ?」
閃光が飛び交う中、なんとか大声を張り上げて後ろへと声を掛ける。
「さっきからやってるよっ。けど、閃光にぶち当たって矢が落とされる事もあるんだ」
「それよりも、前衛が本体に貼り付けないかな? 口から光線でてるんだし、ゼロ距離で口の所を避けてれば当たらない気がするんだけどーっ」
確かにっ。
といっても、閃光が飛び交う今は無理だ。
一分ほど続いた閃光が止むと、急いで肉塊に近づく。奴の口を避けて。
そして再び眼が光りだす。
ゼロ距離なら――
「ダメだ! 顔を動かして狙ってきやがるっ。ミケちゃん――」
「っひぁ」
口元を避けて肉塊に張り付いていたミケに対し、馬面が振り向くようにして彼女を狙った。
フィンが駆け出し、ミケを抱きかかえて横に飛ぶ。
地面に倒れこんだ二人を包むように、百花さんが展開した『マジックバリア』が出現した。
「痛い痛い痛い」
「ニャァァァ」
二人が転がる地面が輝き、『サンクチュアリ』の光りで包まれた。なんとか回復が間に合ったようだ。
「拙い。これじゃ後衛しか攻撃出来ないぞ」
「それ以前に、私のSPが持たない。ソーマ、一旦引くぞっ」
「わ、解った。みんなもそれでいいな?」
異論は出ない。
閃光攻撃が終わった瞬間、フェンリルは『帰還』魔法を唱えた。