1-12:露天風呂に女エルフが居て鼻血でそうです
三毛子さんの攻撃。
左右の手でそれぞれ短剣を握るスタイルは、二刀流か。
まるで舞うような攻撃は――
ダメージ425。
おぉ、すげーっ!
恐水のアクアドラのHPは――あれ、まったく動いてない?
「ぐぅ、火力が足りないニャ……せっかく、せっかくネームド見つけたのにっ」
やっぱりネームドモンスター狙いだったのか。でもこの様子だと、一人では勝てそうにないよな。
「手伝うよ。ほしいアイテムは君が持っていけばいい」
そう言ってもう一度『挑発』で注意をひきつける。
「な、何を言ってるニャ? どうせドロップは全部持っていく気ニャでしょ? パーティーが違えば獲得権が……あ……」
三毛子さんの言葉の途中で電子音が鳴った。
視界をぐるっと見てみると、パーティーにミケ・ミケが参加しましたっていうメッセージが。
「っぶ、ミケ・ミケ!」
「わ、笑うニャ!」
そのまんまじゃないか。しかもファースト・ファミリーと同じ名前って。
でも覚えやすくていい。
後ろから飛んで来た支援とヒールで準備を整えたミケ子がもう一度舞う。
さっきと少しモーションが違って見えた瞬間、鈴の音が響いた。フェンリルが良く使う、ダメージ二倍魔法だな。
宙を舞い、巨体アクアドラを切り刻む多段攻撃。
ダメージは1013。
「ニャ、二発ミスった」
悔しそうに振り返るミケ子。七発中、二発は当たらなかったらしい。それで四桁ダメージって……。
「よぉし、俺も!」
気合を入れて剣を構える。
一閃させた刃がオレンジ色に輝いているのを見て、俺はしまったと叫んだ。
――ダメージ、1
「ほっんとうに、間抜けニャ!」
「す、すみません」
穴があったらマジ潜りたい。
レベル差のせいで攻撃をミスる事も多かったが、なんとか恐水のアクアドラのHPを残り三割まで削る事に成功。
途端、小川からミニサイズのアクアドラがぞろぞろ出現。
「おぉう、可愛いのかキモいのか、微妙なのがいっぱい」
つぶらな瞳ではあるんだが、なんせぬるっとした皮膚はまさにオオサンショウウオだ。触りたくは無い。
といっても、向こうは俺に向って一直線にやってきている。
そこへヒールが飛んできて、ミニサイズが後ろに向って大移動しはじめた。
まずい、今のってヒールヘイトだよな?
慌てて『挑発』を掛けようとしたが、
「構うな。君らのレベルで雑魚に囲まれたら、逆にヒールが追いつかなくなってこっちが困るだけだから」
というイケメンなセリフ。
振り返ってみてみると、いつの間にか彼は盾を装備していた。受けているダメージが一桁っていう、もうね、レベル差を思い知らされたよ。
だったら雑魚は彼に任せよう。
俺とミケ子で巨大アクアドラを集中攻撃。
ミケ子の多段攻撃が舞い、俺も負けじと――今度は無属性のスラッシュを決める。
それでもミケ子の多段攻撃には及ばない。
こいつが水属性ってことは、雷属性の攻撃があれば……。
「あぁぁーっ」
後ろから悲痛な声がして振り向くと、ミニサイズに蹂躙されているフェンリルが見えた。
だ、大丈夫なんだろうか。いや、でもダメージが一桁だし、数値的にはまったく助ける必要性が見当たらない。
まして聖書で撲殺してるしな……。
「大事なコートが汚れるぅー!」
「そこかよっ!」
ほんの少しでも心配して損した。
だがその心配は自分達にこそ向けるべきだった……。
奴の目が光ったかと思うと、大きく開いた口からバブル光線が発射された。
咄嗟に盾で防御したものの、そのダメージで俺のHPは二割も持っていかれる。盾の無いミケ子とおじさん――おじさんのほうは解らないけど、ミケ子のHPは半分近くまで減っていた。おじさんも片膝を付いて苦しそうだ。
まずい、二人を範囲攻撃内に入れないようにしないと。
痛みを堪えて走る。アクアドラの背後に二人がくるよう、位置取りを変更だ。
HPは直ぐに回復する。ちょうどミケ子やおじさんの後ろにフェンリルが見えた。相変わらずもみくちゃにされているが、支援を怠らないって言うのは流石だ。是非勇者パーティーの一員に……いや、今はそれどころじゃなかった。
再びアクアドラの目が光った。今度は口を開けず、全身を覆う粘液の量が増えた。
何も攻撃してこないならそれでいい。構わず攻撃を与える。
――が、今のは攻撃じゃなくて、防御スキルだったのか!
俺の与えるダメージが三割ほど減ったじゃないかっ。
「くそ、もうちょっとだってのに」
「じわじわ回復させられるニャ。大ダメージで一気に削らないと、無理ニャ!」
攻撃ミスも多いってのに、大ダメージなんて……。
あぁ、もう、くっそぉー!
やけくそで放った『シールドスタン』でアクアドラが昏倒する。
「今だ君たち。倒れている間は攻撃が確実に当たっていたぞ!」
おじさんが叫んで素早くミケ子が反応した。
多段攻撃が全弾ヒット。
行けるっ!
「あぁー、CTのせいで連打できないニャ。シールドスタンのCTは?」
「結構長いんだ。あと四十五秒」
六十秒のCTがあるシールドスタン。こちらも連打できない。
折角削ったミケ子のダメージも、じわじわと回復していく。
その上、恐水のアクアドラはほぼ全ての攻撃でスキルみたいなものを使ってくる。
奴の口が開き、紫色の長い舌に舐められれば毒状態に。
奇声を発したかと思えば、前衛三人が恐怖に震える。
ぬめっとした太い腕を殴られれば、麻痺して動けなく……くそっ、なんだよこの状態異常のオンパレードはっ!
その都度、フェンリルが全てを解除してくれる。変態だが、優秀なヒーラーだな。
今のままじゃ、彼におんぶに抱っこ状態で、まったく役に立ててないじゃないかっ。俺、戦闘職なのに守られてるだけじゃないかっ。
くそっ……。
削ったアクアドラのHPも、微妙に三割を超えてしまっている。
だが連続スキル攻撃は止まない。それどころか、攻撃力も上がってきている気がする。
元々HPが少ないミケやおじさんへの回復が追いつかなくなりつつある。
くそっ。俺がなんとかしなきゃ……。俺が奴をなんとかしなきゃ――
怒りにも似た感情をが沸き上がり、俺の体には電気が走った。
途端、それは自信へと繋がる。
そうだよ! 俺がなんとかするんだよ!
なんたって俺は――
勇者を目指す男なんだからなっ!
出来るっ。俺なら皆を助けて、奴に大ダメージと、ついでに昏倒させられるような、そんなスキルを打てるはず!
体を駆け巡る電気は可視化され、青白い閃光となって刃へと集束する。
心の声に従って、剣を正面で構えて突撃した。
電光石火――まさにその言葉通りに、僅かな距離とはいえ一瞬で懐に潜りこむ。
そして、閃光は稲妻となり、恐水のアクアドラの体を包んでいった――。
ごうっという音を立て、巨体が地面に倒れる。まだ死んではいない。動かない所を見ると、昏倒か麻痺だな。
くぅーっ! 俺、やっぱ出来る男じゃねーか!
昏倒を機にミケ子が舞い、俺は『スラッシュ』を放ち、おじさんの剣も一閃した。
新しく覚えたスキル『ライジング・インパクト』のCTが明け、二発目を放ったところで、
恐水のアクアドラは完全に沈黙した。
黒い煙となって四散したあとには、大きな宝箱が一つ転がっていた。
もとより宝箱が目当てのミケは大喜びだ。しかも、ほしかった短剣が入っていたらしく、箱に頬ずりまでしている。
あーしてみると、可愛いなー、猫って。
はたと俺と視線が合うと、耳と尻尾を垂れ下げて視線まで逸らされてしまった。
「いや、別に取らないから。全部持っていきなよ。俺たちはあのおじさんを手伝う為に薬草取りに来ただけだから」
怪訝そうな顔をしていたミケは、もう一度宝箱に目を落とした。
「な、なんで……巾着の事、聞かないのかニャ」
唇を尖らせ、視線を合わせようともせずに尋ねてくる。
「なんで……返せって言わないの……なんで運営に通報しないの?」
彼女のこのセリフで、巾着は俺が落としたんじゃなく、盗まれたって事が確定してしまった。
でも、俺はこのまま落とした事にする。その方が精神衛生上にも良い。
楽しむ為のゲームで、人の者を盗む人がいるなんて、俺は思いたくないから。
だから――
「あれは俺が落としたんだ。だから誰かを通報するっていうなら、俺かなー? 人の物を預かっておきながら、落としちゃいましたって」
「へ?」
「だから、落としたんだよ」
「なんで……」
呆れたような、それでいて泣きそうな顔でミケが見上げてくる。
身長一八九センチに設定したから、ちょっと小柄な女の子だとかなり目線を上げなきゃ俺を見れないみたいだな……。なんとなく、優越感。じーん。
俺が一歩も引かないと解ったのか、ミケはプイっと背中を向けて宝箱の方へと戻っていった。それからUIを操作しているような作業をして、唇を尖らせてこっちを見た。
「い、いらない物が入ってるから、も、持っていけばいいニャっ」
ん、くれるのか。
何が入っていたんだろう?
宝箱のところまで行って中身を確認する。
そこにあったのは――
「うぉぉ! 片手剣ゲットオォォォォ!」
熟練度21の片手剣『鏡彗のライトソード』というのが入っていた。さっきのアクアドラ戦で片手剣の熟練度は、21まで上がっている。即装備っ!
何々、効果は――っと。
「あーのー、ちょーっといいかねー」
背後で呪歌のような声が聞こえる。
俺とミケが振り返ると、そこにはミニサイズのアクアドラの間に、半分以上見えなくなっているフェンリルの姿が。
「和んで無いで、こっちを倒すの手伝えっ!」
ぬるぬるになり過ぎた彼の聖書は、もう武器としては機能していない様子だ。
つるっっと滑ってミニアクアドラを撫でるに留まっている。
おじさんが慌てて助けに駆け寄り、俺とミケもそれに続いた。
ミニといってもレベル18。こいつらを全部倒す間に俺のレベルが上がってしまった。
大量の木箱も転がって、中身を集めるのにも一苦労しそうだ。
「あー、はいはい。おめでたおめでた。私は川に行くっ!」
「あはは、解ったよ。あ、アイテムは?」
「いらんっ! 好きにしたまえ」
それだけ言うと、ぬるぬるしたコートを掴んで気持ち悪そうにして行ってしまった。
フェンリルが見えなくなると、ミケと視線を交わして笑い出す。
「あのさ、よかったら薬草摘むの、手伝ってくれないかな? フェンリルはあの通り、体を洗いにいったしさ」
「……わ、解ったニャ……借りは、ちゃんと返すニャ」
「っと、その前にドロップの回収するか。――んー、なんだろうな、この硬質粘液って……すっげー大量だけど。ま、素材だっていうし、持っとくか」
ようやく回収し終えた所で、おじさんと三人で小さな紫色の花を付けた草を、これでもかってぐらい摘んだ。
あれから小一時間。薬草摘みも終わり、付近を念のために探索。
元々ここにはモンスターが居ないというおじさんの言葉は、どうやら正式サービスというなのアップデートで覆されたみたいだな。
小川を挟んだ対岸に、恐水のアクアドラの巣らしきものもあった。ミニサイズはここから出てきたみたいだ。
「つまり奴はママだったのかっ!」
俺は何て事をしたんだろうか……。いやでもモンスターだしな。いやでもママだし……。
悶々とするうちに、おじさんがそろそろ戻る事を提案してきた。
「うーん、フェンリルはどこまで行ったんだ?」
「もしかすると、入り口の温泉かもしれないねー。あのねばねばはお湯なら取れやすそうだし」
にしても一時間だぞ? のぼせて倒れたりしてないだろうな……。
「ちょっと俺、見てくるよ。ミケ、おじさん守っててくれよな」
素直に頷くミケ。まだ装備できない短剣を大事そうに握っている。
小川を下る形で温泉の近くまでやって来た。
地面を良く見ると、ぼたぼたと水を溢した様な後が残っている。一度は川の水で洗い流そうとしたっぽいな。
確実に温泉場へと続く濡れた地面を見ながら、草を掻き分け進む。
赤い実を付けた木の根元。根が少し張り出す感じで露天風呂を囲っている。泉からは湯気が立ち昇り、その奥に人影を見つけた。
「おーい、フェンリ……え?」
俺が見た人影は、うっすらと赤みを帯びた髪の毛と、その隙間から覗いた長い耳の持ち主。
まさか――
声に気づいて振り向いた彼女の瞳は、黄金に輝く神秘的な色をしていた。
彼女だ。
俺がこの世界に来て初めて出会った人。
これが運命ってヤツなんだろうか……。また出会えるなんて、奇跡だろ。
俺を見て驚いたように、そして焦ったように彼女は身を屈めてこちらを睨みつけている。
そ、そうだ。今度こそ謝らなきゃ。謝って、それから――それから――。
「あああああああのあの、ほほほほほ本日はお日柄もよよよよ良く。あー、そうじゃなくって」
ダメだ。彼女の真っ直ぐな瞳に魅入られて、何を言えばいいのかまったく思い浮かばない。
そ、そうだ。まず名前を確認しよう。
そう思った矢先、俺が見ている前で彼女はたわわに実った二つの実――じゃなくっ、頭上にあった赤い実を一つもぎ取り、それを俺目掛けて投げてきた。
「っぶわっぷ。うわっ、なんだこの赤い汁っ。っ痛。目に沁みる」
顔面に当たった実はかなり柔らかく、完熟ジュースのような果汁をぶちまけた。
沁みる。沁みて目が開けられない。これじゃキャラクター情報も見れやしない。
いやしかし、この状況は心を落ち着かせるのに最適かも? 彼女の裸を見ずに済むから――は、はだかぁーっ!
「ち、違うっ! 見たくて見に来たんじゃないんだっ! 人を探してて、変態の、鬼の、エルフの、男で。たまたま君が裸になってて。いやそうじゃなくって」
あぁ、どうすればいいんだ。目を閉じていても見えてしまう。彼女の透き通るような肌に、たわわに実った……。
妄想が最高潮に達した時、
ゴスッ――という鈍い音と共に、俺の意識が闇に沈んだ。
次話は明日の夕方を予定しております。
明日から1日1話ずつのエコ更新でまいります。




