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姉と弟  作者: 深江 碧
八章 長男と次男の、はた迷惑な兄弟喧嘩
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長男と次男の、はた迷惑な兄弟喧嘩13

「それで、君たちは何が出来るの?」

 建物の屋上にいる四男は部下達に銃を構えさせたまま、市場にいるワタリガラスに尋ねる。

「何が、とは何のことでしょうか」

 ワタリガラスは問い掛ける。

 四男はくすくすとおかしそうに笑っている。

「君たちが何でボクを楽しませることが出来るか、と言うことだよ。ボクも兄さんと同じように、無駄なモノは嫌いなんだ。君たちがボクを何かで楽しませることが出来るなら、助けてあげてもいいよ」

「楽しませる?」

 素っ頓狂な声を上げ、ワタリガラスはしばし考える。

「失礼ですが、実のお父上を前に、無駄、はないと思いますが。仮にも財閥の総帥であるお父上がいる手前で」

 非難めいた口調で言う。

 それを聞いて、四男は声を立てて笑う。

「そいつがボクの父親? 冗談だろう。そいつは母さんを裏切ったいやしい駄馬さ。母さんの身分を目当てに近付いてきたそいつを、父親と思う義理はないね」

 ワタリガラスは後ろにいる弟と四男の実の父親である叔父を振り返る。

 叔父は青い顔で震えている。

 ワタリガラスは叔父にわざと聞こえるように、独り言のように小声でつぶやく。

「調べて、わかっていたことだけどさ。財閥の現総帥一家とは、出来れば俺は関わり合いになりたくないんだけどなあ。だってここの親子仲、最悪なんだからさあ」

 弟が小声で返す。

「何を今更言っているんだ。仕事だから仕方がないだろう」

 ワタリガラスも溜息を吐く。

「そうだよな。仕事だから仕方がないか」

 再び顔を上げ、四男を見上げる。

「楽しませる、って例えば何をしたらいいんですかね。芸でもすれば命を助けて下さるんですか?」

 建物の屋上に向かって叫ぶ。

 四男は無邪気に笑っている。

「芸か、そうだねえ。君たちがボクの犬になって死ぬまで働くのなら、命を助けてあげてもいいかな」

 笑いながらそう提案した。


 *


「役立たずの末路は、わかっているな?」

 部下からの報告を受け、長男の表情は不機嫌だった。

彼の前に呼び出された男はすべてを諦めた表情を浮かべ、うなだれている。

男は長男に部下としては長く仕えていた方だ。

この数年の間、長男をそばで支えて来てわかったことがある。

長男は徹底的な合理主義者だ。

少しでも無駄だと思ったものは、それが人であろうと物であろうと、容赦なく切り捨てる。

「はい」

 男は静かに答える。

いつかこうなることは、男にはわかっていた。

自分がいくら有能であっても、天才と言われる長男ほどではない。

遅かれ早かれ自分も部下のようにへまをして首になることはわかっていた。

「以前のことと言い、今回のことと言い、お前にすべて任せていたが、一向にあの女を始末できないような役立たずとはな」

 長男の声は静かだが、全身から張り詰めるようなぴりぴりとした空気が感じられる。

「申し訳ありません」

 男は冷や汗をかきながら頭を下げ続けている。

「あの女は目障りだ。財閥の中には、未だにあの女と父親を崇拝する者たちがいる。その者たちの目を覚まさせるには、見せしめが必要だ。現在の財閥を一つにまとめるためには、反乱分子はいてはならない。逆らう者があってはならない。そのためには邪魔者は早急に排除せねばならない」

 長男は顔色一つ変えず淡々と語る。

 かつて姉の両親を手に掛けた時もそうだったが、自分が正しいと信じて疑ない。

 そんな様子だった。

「こいつを懲罰室に連れて行け」

 長男は長年自分に仕えた部下の男に対して、何の感情も抱いていないようだった。

 冷淡に男への処罰を命じる。

 部屋に命令を受けた男たちが入ってくる。

 ぎりぎりまで諦めた表情をしていた男は、自分を捕えに来た彼らを見て顔色を変える。

「私を懲罰室に連れて行くのか。何年も仕えた私を。将来を嘱望されたこの私を」

 男たちに両腕を左右から捕まれ、男は奥歯を噛みしめる。

「多くの部下を手に掛けても、お前は何も感じないのか? ならばお前は人間ではない。感情を持たない悪魔だ。数多くの部下を懲罰室へと送ってきたお前こそが本来は罰を受けるべきなのだ! いつか足元をすくわれ、お前は転落していくだろう!」

 男は長男に言葉をぶつけ、狂ったように笑う。

「神の裁きを受けるがいい。地獄の業火に焼かれ苦しむがいい、セルゲイ・ユスポフ!」

 長男はかつて部下だった男を見やる。

 わずかに眉をひそめる。

「騒がしいな」

 長男は懐から小型拳銃を取り出し、喚く男に構える。

 頭に狙いを定め、ためらうことなく引き金を引く。

 けたたましい銃声が部屋に響き、男の声が突然途切れる。

 背後の壁に銃弾がめり込み、辺りに鮮血が飛び散る。

 男は頭から血を流し、声もなく倒れる。

「その男の遺体を処理しておけ。目障りだ」

 長男は何事もなかったかのように小型拳銃を懐にしまう。

 両脇を抱え、動揺している部下の男たちに命じる。

「それから部屋の掃除もしておけ。私は少し外に出る」

 血まみれの男の遺体の横を通り、長男は部屋を出ていく。

 部屋には血を流す遺体と、震える部下二人が取り残された。


 *


「どうする、白犬?」

 四男に少し待ってもらうように頼み、弟と叔父のところに戻って来たワタリガラスは、開口一番そう言った。

「どうするって、僕に聞くなよ。情報戦や交渉なら、お前の方が得意だろう?」

 弟は淡々と返す。

「俺だってあんな常識外れの奴を説得する自信はないよ」

「今更何言ってんだよ。わかってたことだろう?」

「あ、やっぱ無理無理。俺の手に余るよ」

「じゃあ最初から無理だとそう言えよ。少しでもお前に期待した僕が馬鹿だった」

 弟は溜息を吐く。

 弟とワタリガラスのやり取りを、叔父は黙って聞いている。

「私が行こう」

 すっかり人気のなくなった市場の立ち並ぶ広場で、叔父は座っていた噴水の大理石から立ち上がる。

 目を丸くする弟とワタリガラスの前を横切っていく。

 叔父は屋根の上にいる四男に呼びかける。

「グレゴリー、聞こえるか? 私のことがわかるか?」

 四男はすぐに顔をのぞかせる。

「やあ、父さん。本当はあんたを父さんなんて呼ぶのは、物凄く嫌だけどさ。財閥総帥と呼ぶのはもっと嫌なんで、仕方がないから父さんと呼んであげるよ。で、父さんがボクに何の用?」

「お前に話がある。お前に私たちのことを諦め、手を引いて欲しい。そして我々のことにはいっさい関与しないでほしい。この話を一連の出来事を仕組んだセルゲイに伝えてもらいたい」

 叔父は長男の名前を出す。

「義兄さんに?」

 四男は怪訝な顔をする。

「どうしてボクがあんたの言うことを聞かなきゃいけないんだよ。それに、手を引けって、父さんはボクに本気でそんなことを言っているのかい?」

 叔父をせせら笑う。

「こんな楽しいこと、ただで手を引くつもりはないね。あんたが父親か財閥総帥だかなんだか知らないけれど、ボクの行動に口出しする権利はないよ。財閥をまとめることが出来ず、部下一人十分に扱えないあんたが」

 四男ははっきりと言い放つ。

 叔父は渋い顔をする。

「見返りはするつもりだ。そうだな。私の財閥総帥の地位をお前に譲るというのでどうだ?」

 叔父は真剣な表情で淡々と話す。

 それには弟とワタリガラスだけでなく、当の四男も言葉を失った。

「父さんが、ボクに? 父さん、それ本気で言っているのかい?」

 とても信じられないといった表情で、四男は聞いてくる。

「無論、私は本気だ。財閥総帥の地位を私個人の意見でどうにかすることは、すぐには出来ないかもしれないが、時間を掛けて関係者を説得すれば、それも可能だろう」

「ボクが、財閥総帥の地位に、ねえ」

 四男は考え込んでいるようだった。

 叔父をはじめ、市場の並ぶ広場にいる弟とワタリガラスは固唾を飲んでことの成り行きを見守っている。

 彼らの他に人っ子一人いなくなった広場で、冷たい風が吹きすさぶ。

 四男の沈黙は長くは続かなかった。

「いいよ。ボクが財閥総帥になってあげるよ。そっちの方が母さんも喜ぶと思うしね」

 四男はくすくすと笑い、銃を構えた部下を引かせる。

「ボクがこの財閥を継いであげるよ」

 建物の上から良く通る声でそう言い放った。

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