長男と次男の、はた迷惑な兄弟喧嘩14
「私は私の四番目の息子であるグレゴリーに、財閥の次期総帥の座を譲り渡したいと思っている」
財閥の現総帥である叔父の内外への突然の宣言は、財閥に関係する人々だけでなく、多くの人々をも動揺させた。
「グレゴリー様が次期総帥?」
「長男のセルゲイ様を差し置いて、四男のグレゴリー様が総帥の地位に就かれると言うのか?」
財閥の前総帥である叔父の兄が、不慮の事故で亡くなってからまだ一ヶ月と少ししか経っていない。
叔父が総帥の座に就いてから財閥企業に以前のような勢いはなく、国内の経済も低迷していた。
そこへ突然の総帥辞任宣言が出され、再びトップが変わると言う。
財閥関係者だけでなく、一般の人々でさえ驚きを隠せなかった。
「俺は誰が財閥総帥の地位に就いてもいいのだけれどさ。四男のグレゴリー様には黒い噂が絶えないからさ」
「しっ、滅多な事を口にするもんじゃないぞ。それを言えば、長男のセルゲイ様にだって」
「どっちにしろ、俺たち庶民は上の命令に従うしか手はないんだ。何事もなく毎日が過ぎることを祈るよ」
一般の人々の反応は様々あれど、強く非難する者はなかった。
皆毎日の生活や自分の命は惜しかった。
それよりも財閥の上層部で利権を争っている人々は、眉をひそめた。
「あのぼんくらは、何を考えて四番目の息子を次期総帥に就けると言っているんだ?」
「なあに、どうせ息子たちにでも脅されたんだろう。命が惜しければ、財閥総帥の地位を譲れ、とな。あの家は息子たちの方が出来がいいからな」
「何も考えない男だからな。あいつの息子たちの背後に立つ我らのことを忘れておるのだろうよ」
「さて、どうなることやら、だ。四男が総帥の地位に就けば、長男のあいつも黙ってはおるまい」
上層部の人々の間に多少の動揺はあれど、しばらくは様子見の者が大半だった。
皆、四男と長男の動向を見守り、自分はどう動くかを見定めているようだった。
この権力争いに敗れれば、自分の地位が危うくなることは皆わかっている。
だからこそ、次に権力を握る者に近付き、援助し、より強い権力を手に入れようと足掻くのだった。
権力者でいつづけることも決して楽ではなく、追い落とされれば身の破滅を招くのだった。
かつて姉の婚約者であった名門の彼の一族が没落していったように。
彼らはそれを頭に入れ、次の一手を慎重に決めるのだった。
*
「グレゴリーが次期総帥? それは本当かい?」
いち早く情報を手に入れた三男は、車椅子の背もたれから体を持ち上げ、部下に尋ねる。
銀色の長い髪が揺れ、少女のような整った容貌に影が落ちる。
「はい。間もなく記者会見が開かれ、お父上様が正式に財閥総帥の座を退くことが発表されるかと」
「義弟が、財閥総帥ね。それは考えなかったな」
努めて動揺を押し殺そうとする部下に、三男はちらりと視線を投げかける。
「それで、兄さんは、アレクセイ兄さんはどういう動きを見せているんだ?」
「それが、依然沈黙を守っているようでして。お屋敷の様子を探ったところ、そちらにはみえられないようです」
三男は考え込むように天井を見上げる。
「ふうん、兄さんは別のことに気を取られているみたいだね。そう言えば、オリガさんのことをひどく気にかけていたっけ。少し、気になるな」
頬に手を当てる。
三男は壁際にひっそりとたたずむ男を振り返る。
「黒鷲、頼んでもいいかい? アレクセイ兄さんが今どうしているか、詳しく調べてもらいたいんだ」
「承知いたしました」
黒鷲と呼ばれた男は、足音もなく部屋の外に出ていく。
音もなく扉を閉じる。
彼が去った後、部下の男は小声で口にする。
「あの男、信用できるのですか?」
三男は青い目を細める。
「信用できるか信用できないかはわからないが、こちらに必要な情報が手に入れば、ぼくはそれで十分さ。彼は優秀な暗殺者だからね。もし敵だとして、ぼくの命を狙うことにどれほどの価値があるのかはわからないけれど」
三男は深い息を吐き出し、車椅子の背もたれにもたれかかる。
「そうだよ。アレクセイ兄さんの命を狙うならまだしも、まともに歩けもしない役立たずのぼくなんかに、何の価値があるって言うんだ」
独り言のようにつぶやく。
「フェリックス様」
部下は憐れむような目で三男を見つめる。
口を開いたが、結局何も言わなかった。
昔ならば「そんなことを言うと、兄のアレクセイ様が悲しみますよ」とたしなめるところだが、ここ数年はほとんど兄弟の親しい交流もない。
親族会議などでたまに顔を合わせる程度だった。
普段はしっかりした態度を取っている三男も、自分のことに話が行くと気弱になるのだった。
「少しずつですが、良い薬も開発されております。いずれは歩けるようになりますよ」
部下の男にはそう励ますことしか出来ない。
三男は天井を見上げたままじっと黙り込んでいる。
車椅子を動かし、部屋の窓際へと進む。
「それで、セルゲイ義兄さんとグレゴリーの情報は? 二人はどうしている?」
窓の外の雪景色に青い目を細める。
部下は慌てて手に持っていた書類に目を落とす。
「あ、はい。セルゲイ様も、どこかに出かけているようです。グレゴリー様は、財閥総帥の就任式のための準備をしているとかで、母親の実家に戻っているようです」
「そうか。ありがとう。もう下がっていいよ」
三男は雪から目を離さずに、答える。
部下は躊躇いつつも、部屋から出ていく。
「また何かありましたら、お呼び下さい」
「うん」
扉の閉まる音を聞きながら、三男は溜息を吐く。
雪の降り続く窓の外を眺めている。
窓ガラスには少女のように整った三男の姿が映り込んでいる。
「兄さんも、自分の立場が危うくなるとわかっているのに、どうしてオリガさんにそこまでこだわるのだろう。命を懸けてまで助ける価値があるのかな。セルゲイ義兄さんに、ぼくたちは絶対に敵わないことは、アレクセイ兄さんもあの日、わかっただろうに。あの時オリガさんたちに助けてもらわなければ、兄さんはあの二人に殺されていただろうに」
三男は小さく息を吐き出す。
窓ガラスがわずかに白く染まる。
「本当に馬鹿だよ、アレクセイ兄さんは」
遠い記憶を手繰り寄せるように長いまつげを震わせる。
そっと目を閉じた。




