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姉と弟  作者: 深江 碧
七章 姉に事情を話し、二人で逃げる
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姉に事情を話し、二人で逃げる2

姉は編み棒を動かしながら、昨夜弟の前で取り乱してしまったことを反省していた。

朝から弟の気分が優れないのは、きっとそのせいだと思い込んでいた。

編み物をしながら、ソファに座る弟の様子をうかがう。

 ――やっぱり弟は、昨晩のわたしの行動のせいで眠れなかったのかしら。ずいぶんと疲れているみたいだけれど、わたしがあんなことを口にしたから、そのことを気にしているのかしら。

 姉は目が見えないため、弟の表情や顔色はわからないが、そのしゃべり方や雰囲気から弟の不調を感じ取っていた。

 つくづく自分は配慮がないと悔やむ。

――あの子も不安に思っているのは一緒なのに。わたしがあんなことを口にしたせいで、あの子をますます不安にさせてしまったんじゃないのかしら。

 姉は昨夜のことを反省し、これからは出来るだけ弟の前では弱音は吐かないようにしようと心に決めていた。

 出来る限り弟のお荷物にはならないように、負担にならないようにしよう。

 そう思うものの、一度口に出してしまった言葉を、今更取り消すことも出来ない。

 ――でも、昨夜言った言葉をこの子が忘れてくれるわけでもないし。やっぱり弱音を吐いてしまったわたしが悪いのよね。こんな時こそ姉であるわたしが弟を励まさないといけない時なのに、ますます弟を不安にさせるなんて、わたしは姉として失格ね。

姉は編み物の手を止め、しょんぼりとする。

 沈黙に耐え切れず、すぐそばにいる弟に話しかける。

「ねえ、――」

「うん?」

 弟が本から顔を上げてこちらを見る気配がする。

「わたしに何か言いたいことがあるんじゃないの? その、昨夜のこととか」

 いっそ弟が文句の一つも言ってくれれば気が楽だと思い、姉は問い掛ける。

 姉は昨夜取り乱したことについて触れていたのだが、弟は昨夜のポストカードの件を指摘されたのだと思い動揺した。

「あ、あれね。あれは、まあ」

 思わず口ごもる。

 ――やっぱり、そうなのね。

 弟の口ぶりから、薄々気づいてはいたが、やはり昨夜のことを気にしているらしい、と姉は考えた。

 姉は謝罪の言葉を口にする。

「ごめんなさい。あなたに心配をかけてしまって。あなたが十分大変なのはわかっていたことなのに。今まであなたばかりに苦労を掛けさせて、本当にごめんなさい。でも、これからは出来るだけあなたを不安にさせるようなことは言わないようにするし、自分でも出来る限り頑張ってみるつもりよ。あなたには、わたしのことであまり悩まないでほしいと思っているの。ごめんなさいね」

 姉の言葉を聞き、弟は慌てて首を横に振る。

 普段ならばうまく取り繕うところを、弟は動揺のために取り繕っている余裕がなかった。

 まともに取り乱してしまう。

「そ、そんなことないよ。今までのことだって、今度のことだって、ちっとも大変なことじゃない。姉さんが気に病む必要はまったくないよ。僕も姉さんに今まで隠していたことがあるんだ。姉さんには悪いと思うのだけれど、どうしても話す決心がつかなくて」

 つい余計なことまで口にしてしまう。

 しかし気付いて時はもう遅い。

 弟は気まずそうに銀髪をかく。

「? そうなの? わたしはあなたが隠していたことにまでは気が回らなかったのだけれど」

 姉は不思議そうに首を傾げ、くすりと笑う。

「でも、あなただって迷うことはあるのね。だって、あなたはいつも迷いのない顔をしていたから。あなただって迷うことがあるとわかって、少し安心したわ。それに家族にも隠し事をしていることだって、普通の家族なら当然あると思うから。まったく不思議ではないわ」

 姉はそう言って、編み棒を握る手元に目を落とす。

 編んでいる途中の毛糸の目に指で触れる。

 安心したように微笑む。

 弟はそんな姉の様子を眺めている。

 姉ならば、すべてを話しても、受け入れていくれるのではないか。

 そんな気がしてくる。

「わかったよ、姉さん」

 弟は観念したように持っていた本をソファの上に放る。

 ソファの上に座り直し、姿勢を正す。

「いつか話そうとは思っていたんだけど。姉さんに聞いて欲しいことがあるんだ」

 弟の真剣な雰囲気に、姉も編んでいた毛糸を膝の上に置く。

「な、何?」

 いつになく真剣な弟の声に、姉も編み物をやめて背筋を伸ばす。

 緊張した面持ちで弟に対する。

「言いにくいことなんだけど」

 弟は固い声で話しはじめる。

 姉は固唾を飲んで、弟の言葉を一言も聞き漏らすまいと、話に耳を傾けていた。




 弟の話に、姉は内心では動揺しつつも、一生懸命平静を装っていた。

家に引き取られるまでのいきさつ、護衛として働いてきたこと、組織のこと、弟が知っている様々な事柄を姉に話した。

話しの内容に動揺する姉に、弟は小さく息を吐き出す。

「姉さんがすぐに信じられないのはもっともだと思う。僕も、引き取られてから出来る限り怪しまれないように、家族の前では振る舞ってきたつもりだから。正体を知られないように、細心の注意を払って毎日を暮らしてきたから」

 弟は肩をすくめる。

 姉は弟の話に、かろうじて答える。

「そ、そうね。わたし、ちっとも気付かなかったものね。同じ家族なのに、あなたのこと何も知らないで。あなたの行動をほんの少しだけ不信に思いながらも、まさかそんなことをしていたなんて思ってもいなかったわ」

 姉は膝の上で両手を握りしめる。

 わずかに声が震えている。

「ご、ごめんなさい。わたし、何にも知らなかった。あなたのこと、わたしたち一家を狙う人たちのこと、もっと早く知っていれば、あなたにそんなことをさせなくて済んだかもしれないのに」

 姉はうつむく。

 それを見て弟は悲しげに笑う。

「こんな世の中だからね。財閥の総帥一家という理由だけで、命を狙う人間は案外多いんだ。僕は姉さんの知らないところで数多くの命を奪って来たし、姉さんを守るために多くの人の命を奪うかもしれない。僕はそれを仕方のないことだと思って受け入れてきたけれど、姉さんはそれを良く思わないかもしれない。心優しい姉さんのことだから、そんなことはやめろと言うかもしれないね」

 弟の言葉に、姉は口元を手で押さえる。

「それは」

 すぐに言葉が浮かんでこない。

 青い顔で黙り込む。

 姉は弟の言葉を反芻してみた。

 一字一句言葉の意味を考えてみる。

 ――僕は姉さんの知らないところで数多くの命を奪って来た。

 それはつまり、人殺し、ということではないだろうか。

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