夜会にて7
「そ、そうなのか? お前、叔父さんの次男さんと仲が良かったのか? 父さんちっとも知らなかったぞ。だったら、婚約は解消しないといけないな。だとしたら、あちらのご両親に連絡を取って、事情を話して」
それに姉は笑って手を振る。
「違うわよ、父さん。――さんとは、そんなんじゃないから。あの人は多分、わたしと仲良くすれば自分に利益があると思ったから、懇意にしておこうと考えて、良くしてくれるだけよ」
そこまで言って、姉は口元に手を当てる。
懇意にしておこうと考えたからと言って、好意もないのにキスするのはやり過ぎではないのか。
そうも考えたが、姉はそれについて深くは考えないことにした。
――キスくらい、誰とだってするわよ。家族とだって、こうしてしているもの。
姉は昨夜の弟とのキスを思い出す。
あの時のことを思い出すたびに、不思議と胸の奥が熱くなる。
――ねえ、――。わたしは、あなたの良い姉でいられたかしら? わたしは、あなたの力になれているかしら?
姉は心の中で弟に問い掛けている。
弟と初めて会った時、彼の暗い雰囲気が気になった。
それ以来、弟の力になろうと、一生懸命頑張ってきたつもりだった。
弟を気にしているのは、同情からの気持ちなのか、それとも異性に対する愛情なのか、今の姉には気持ちの区別がつかなかった。
ただ弟のことを妙に意識して、つい意地を張ってしまうところがあるのは事実だった。
――もっと普通の姉弟らしく、自然に振る舞えればいいのに。
紅茶の良い香りを感じつつ、一口口に含む。
自然に笑顔になる。
「母さんの手作りのティラミスはおいしいな」
テーブルの向かいでは、父親が笑顔でティラミスをほおばっている。
「そうかそうか。叔父さんの次男さんとは、何もなかったのか。父さんはてっきり、お前が次男さんを好きになってしまったのかと思ったよ。彼は叔父さんに似て、美男子だからね。それにあの柔らかい物腰だろう? お前が夢中になるのも無理はないと思ったんだよ」
「もう、父さん。そんなんじゃないわよ」
姉は口を尖らせる。
父親は上機嫌に笑っている。
「今だから言うが、母さんと初めて会ったパーティーでは、母さんを叔父さんに取られるんじゃないかと、内心ひやひやしていたんだよ? まあ、父さんも格好良かったが、若い頃の叔父さんは、本当に女性にもてたからね。父さんは母さんを取られまいとして、一生懸命母さんを口説いたもんさ」
母親がくすりと笑う。
「まあ、あなたったら。私は最初から、あなたがいい人だと思っていましたよ。叔父さんではなく、あなたのことをずっと見ていましたよ」
「そうか? ははは、それは照れるな」
父親と母親の昔話に花が咲く。
両親ののろけ話を聞きながら、姉はティラミスをフォークで切る。
コーヒー味のシロップがかかった部分を口に運ぶ。
口に入れると、最初にスポンジの甘みが広がり、コーヒーのわずかに苦い後味が残る。
姉は目をつぶる。
確かに、次男はかっこいい男性だろう。
一般的に見て、とても魅力的な人物だ。
野心があって姉に近付いたのだろうが、その心の内を上手く隠している。
巧みな話術と、積極的なアプローチで、周囲の人に好感を持たれるだろう。
しかし社交界で野心を持って近付いてくる男性たちと同じように、姉は次男を心から信用していない。
次男が上辺だけを取り繕って、本心を隠していると感じたのだ。
――うそつき。
姉はコーヒーの苦みを感じながら、ごくりと飲み込む。
――あの人は、昨夜最初にわたしの嫌がることはしない、と言ったのに。二度目は何も言わずにキスして来た。あの人は大うそつきだわ。
今更次男とのことを両親の前で話題にするつもりはなかったが、次男に対する不信感が拭えないのは確かだった。
姉はむくれて、黙々とティラミスを食べ続けている。
両親の昔話は当分終わることはないようだった。
秋の涼しげな風が、姉の黒髪を揺らし、晴れた空を抜けて行った。
庭の緑の中、家族の楽しげな会話が途切れることはなかった。
おわり