休戦
「休戦、正気か?」
思わず発言してからアルベルトは内心で盛大に舌打ちした。
編成された屯田兵を引き連れ兵糧を運んで前線に向かう、避難民の護送から戻った旅団に下された任務で赴いた国境城塞。
到着と同時に報告も兼ねて幹部会議に山岳旅団の首席参謀として出席させられたあたりから嫌な予感はしていたが、案の定だ。
我が意を得たりと言わんばかりに不適な笑みを浮かべた休戦の立案者で、かつての同僚。
楽しいことが始まったなと言わんばかりに、穏やかに微笑むのは、共和国への留学時代机を並べ、下宿先で同じ釜のメシを食った友人、スクトゥム王国王太子レジナルド。
「クラウス参謀。正気ではない、とはどういうことかな?」
「魔法の銀よりも貴重と太祖皇帝に言わしめたドワーフの工兵隊を交渉材料として数日の休戦期間を得るのは愚の骨頂だと、そう申し上げたいのです殿下」
「ふむ、だが術師達が限界だし、援軍を受け入れ体制の整わないうちに渡河されるよりは良い、とアルストリア参謀も言っているが?」
「……端的に申し上げて、小官はここを抜かれた後、相手方に工兵隊がいると厄介である、そう考えているのであります」
過激な発言にアルベルトを睨み付ける中央の将官たち。
「抜かれた後とはなんだ!」
「我が軍が野戦で遅れを取るとでもいうのか!」
「補給参謀ごときが口を挟むことではない!黙っていろ!」
「その発言は良くないな」
激昂して声を荒げる軍人達をレジナルドが制する。
「で、殿下?」
「『任官したての新米参謀であっても、軍議において、その発言を阻むことなかれ』それが我軍の気風で伝統、そうだよね?将軍」
「はっ、殿下のおっしゃるとおりで……」
「では両者の意見を聞こうじゃないか」
レジナルドに促され、エリシアがアルベルトの眼前にやってきて、下からねめつけた。
長身なアルベルトと小柄なエリシアだから、まるで大人と子供のようだが、首席参謀エリシアがそんなことで引き下がるはずもなく。
またアルベルトもエリシアに遠慮する理由はなかった。
「正気とは随分な言いようだねクラウス」
「帝国軍ドワーフ工兵隊の捕虜の価値がわからん貴様でもあるまい、数日の休戦期間のために還すなど、兵糧で堀を埋めるような行為だ」
こいつはいつもこうだ、自身の意見を通すとき、必ずアルベルトが反対意見を述べるのを承知で戦略を組んでくる。
「だが人の命がかかってる、このままでは術師達に死人が出る」
休戦を申し入れたい切実な王国軍の現状がそれだった。
帝国軍にとって工兵が貴重であるように、王国軍にとって術師は生命線なのだ。
「どの道援軍が到着したら、こちら岸に引きずりこんで野戦を挑むのだろう?」
「そうだ、その援軍が到着するまでの時間稼ぎの意味もある」
リンデル市国とアルデン公国からの援軍が到着し、旅装を解いて体制を整えるまであと数日から一巡。その時間が欲しい、だが今の状態で精霊術師達を酷使すれば死人が出る。
「野戦なら勝てる。という前提がすでにおかしい。帝国軍の野戦能力を低く見すぎだ」
「そういう貴様は我軍の野戦能力を低く見すぎだ」
「工兵隊をかえせば、あっというまに橋がかかり、砦をつくって、道を整備する」
そうなればドナ平原は永久に帝国に実行支配される。游撃戦で補給を脅かし帝国軍を泥沼に沈める、アルベルトが帝国軍に対抗するなら、それしないと踏んでいた作戦の難易度がはねあがる。
「負ける前提で話をするな」
「勝つ前提で話をするな」
二人は同時に言い放ち睨み合う。
見事なまでの平行線。
「我らとしては山岳旅団の参謀殿に賛成だ」
エルフの傭兵隊長が発言する。
帝国軍との交戦経験が豊富であり、工兵隊の脅威をよく知っているからだろう。
思わぬ賛同意見に会議の間がざわつき始める。
アルベルトが投げかけた疑問は喧々諤々の議論へと発展した。
エリシアの狙い通りだ、休戦は必要だ、野戦もするだろう、だが王国軍の首脳に危機感を持たせる。そのためにアルベルトを利用する。
「ありがとうアル」
議論の輪から離れて壁際に移動した二人。
なにがありがとう、だ。未だに数人の将官がこっちを睨んでいる。
「おかげで脳筋たちが少しだけど頭を使ってくれる」
それがエリシアがレジナルドと共謀してアルベルトを会議に呼びつけた理由なのだろう。
演習でエリシアは将官たちの無体なまでの実力で作戦を潰されたことがある。
だからエリシアの言には最後の最後で説得力に劣る。
アルベルトは方法こそまともではないが、最終的に彼らに勝ったという実績がある。だからどれだけ不快であろうと、アルベルトの言には重さがある。
「正直下策だ」
とはいえ、このまま降雨が止めば、多少の犠牲も問わず帝国軍が渡河してくる可能性がある。
兵糧を運び込む途上、対岸にひしめく帝国軍を眺めた際に覚えた違和感を、アルベルトは拭えずにいた。
「真面目な話、帝国軍の動きの鈍さは異常だ。軍旗は見ただろう?白騎士ヴィルヘルムの第三軍だぞ」
「理由はわからんが、どうもヴィルヘルム将軍は陣内に居ないらしい、総大将のレオンハルト皇子と折り合いが悪くて後方に控えているのかもしれん」
「そんなタマかよ、あの男が……とにかく油断はするなよ」
議論の喧騒にまぎれてヒソヒソと話あう二人の元にレジナルドがやってくる。
「やぁアル、シア。まるで夫婦のように息の合った芝居だったな」
「レジー、殴っていいか?」
「暴力反対だアル、あとシア、つねるのはやめてくれないか?」
共和国に留学していた時の学友にして同居人だった三人のいつもの会話になると、ここが戦況の逼迫した最前線だとは思えなくなる。
「で、どの辺が落としどころだい?」
「捕虜返還は半分にしろ、副隊長を還して、隊長は捕虜のままにしとけ」
王都の指呼の間まで迫られたとして、工兵隊長ならば交渉材料として値千金だ。とアルベルトは言う。
「期間は……一巡は無理ですが、せめて四日で」
なんとかします。とエリシアがいうのだから、なんとかするのだろう。
「よしわかった、ではそのようにまとめよう、ついでに休戦協定も結んでくるよ」
「レジーがいくのか?」
「そりゃそうさ、その為にここに来ているんだ、相手が皇子なら僕が行くしか無いだろう?」
その後はエルフの精霊船で河下りだよ。そう王太子が笑う。
ドナエル河を下り、今度は河口付近で海エルフの精霊高速船を使って海路共和国を目指す。陸路の数倍の速さで共和国へと入国できる。
「共和国を説得して軍を出させるから、それまで頑張ってくれ」
前線の様子をつぶさに観察し、その事実を持って交渉にあたる、生粋のネゴシエイターであるレジナルドの弁舌が共和国の議場で披露されれば、世論が動く。
アルベルトもエリシアも、間違いなくレジナルドは援軍を連れてくるだろう、そう確信していた、それまで、それぞれの戦場で時間を稼ぐ。
もちろんそんな決意はおくびにもださず、二人は黙って首を縦に振った。
頼んだよ、アル、シア。そう言って王太子は二人のもとを離れた。
パンパンと手を叩いて注目を集めると
「さて、皆腹は決まったかな?それぞれ意見を聞いて、決を採ろうか」
上座から、静かに、しかし通る声でレジナルドが言う。
結果は工兵隊の半数を返還し、当初の予定ほどではないがギリギリ援軍が到着し体制を整えるまでの期間の休戦を申し入れることとなった。
それがやむ得なかったとは言え、このドナエル河の戦いの勝敗を決定づける判断となることをまだ誰も知らなかった。
大陸歴669年。九の月、第二巡、火の日(第二巡の四日目)両軍は金の日(この巡の最終日)までの四日間、戦闘行為を休止する休戦協定に合意。
一度の折衝で見事に協定を結んだ王太子は精霊船で共和国へと向かい。
ヤマイヌ隊はその護衛として南の大森林のエルフの国まで付き従い、その後情報収集の為にドナエル河を渡り、潜伏する。
エリシアは要塞に残り帝国軍が渡河した後の戦略と戦術を練る。
だが、中央山脈を山越えした帝国軍により国境要塞の後詰の要、山岳旅団の本拠地灰狼城が陥落、旅団長戦死の報が飛び込んできたのは、休戦から5日目のことであった。




