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「……痛ましいね」


「心配しないで。あの倒し方はあくまで検証だよ。できるかどうか試しただけ。きっと豪快に、いや爽快にかな? なんにせよ満足できると思うよ。ここからはお祭りだ。一発とはいえ花火も用意してもらってるんだから、盛り上げていくよ」


「お兄ちゃんの言う『盛り上げる』は、私やリスナーさんたちが思い浮かべてる『盛り上げる』とイメージが違いそうで怖いんだけど……」


「あはは、任せてよ。きっと記憶に残るよ。具体的に言うと、夜寝ようとして目を(つぶ)った時に思い出す感じで」


「それってトラウマって言わない?」


「心に刻みつけてみせるよ。グロテスクなものが苦手な方や心臓の弱い方はしばらく席を外したほうがいいかもしれません、とだけ注意をしておくね」


「あ゜! わたしべんきょうのつづきしなきゃ!」


「一番楽しいところだよ。勉強はあとで僕が見てあげる」


 もともと僕が椅子に座り、その僕の膝の上に礼ちゃんが座り、礼ちゃんの脇の下を通す形でコントローラーをデスクの上に置いて握っていた。だがこれだと体を下にずり落とすようにして逃げられるかもしれないので、ここから動けないようにコントローラーを引き寄せて礼ちゃんのお腹にくっつけるようにした。シートベルトみたいな感じだ。


「びゃああぁぁっ! 腰に手まわされた! 固定された!? 逃げれなくなったあっ?! うう……こうされてると自然と落ち着いちゃう自分が憎い……」


〈てぇてぇ〉

〈てぇてぇ〉

〈ずっと気になってたんだけどお二人は今どうやって一緒にゲームしてるんですかね?〉

〈てぇてぇ〉

〈てぇてぇ〉

〈妹悪魔すごい声w〉

〈腰に手……もしkしてひzqに乗ってr〉

〈お嬢おいたわしや〉


「お祭りの前には準備が必要だからね。二階に上がった時に見えたけど、エレベーターホールのほうに曲がらずに奥に進めばちょっとした広場みたいなところがあった。あの広場をお祭りの会場にしよう。まずは会場にマネキンを運ぶところからだね」


「くふっ、ひゃっ、はんっ」


〈お嬢?!〉

〈えっっ〉

〈えっっっっ〉

〈なにしてるんですか?!〉

〈えっっっっ〉

〈これはセンシティブ〉


「ちょっと、礼ちゃん? 変な声出さないでくれる?」


「ちがっ、お兄ちゃんがコントローラー動かすから! こしょばさないでよ! お腹に手置かないで!」


「はいはい……まったくもう」


「まったくもうはこっちのセリフだよ。私はそういうえっちなので売ってないから」


「当たり前だよ。そんなのお兄ちゃんが許しません」


 なんだか荒ぶっているリスナーさんたちにちょくちょく返事をしながらもゲームを進めていく。


 主人公にマネキンを持たせて店の外へと出る。内心で、もしマネキンを外に持ち出せなかったらどうしよう、と不安だったけれど一安心だ。


 ショッピングモールの奥へとマネキンを抱えながらえっちらおっちら進んでいく。ゾンビに見つかりそうになるたびに支柱やエスカレーターの下、通路中央に置かれている休息用のテーブルや椅子、荷物が載ったままのカートなどに隠れる。ゾンビがこちらを向いた時に毎回びくびくする礼ちゃんが面白かった。


 もしかして、と思い、マネキンを置いてその影に隠れるというお茶目もした。そんな馬鹿なことをしでかした僕に礼ちゃんが驚くとともに怒っていたけれど、それでゾンビの目を欺けてしまった時はさらに驚いていた。正直な話、僕も驚いた。マネキン持ってきていたら遮蔽物いらないじゃん。


「はい、会場に到着しました。マネキンさんも長旅ご苦労様でした。出番までここでお待ちください」


「会場……ショッピングモールの中央広場まで来たはいいけど、こんな端っこでいいの?」


「まだ観客が集まってないからね。ステージに上がるのは開演の準備が整ってからだよ」


「それじゃあ……ここに集めるってこと?」


「そうだよ。できたら、ショッピングモールにいる元人間様全員が来てほしいところだね。せっかくのお祭りだし」


「……それってほんとに『お祭り』……なの?」


「お祭りだよ。少なくとも人間様にとっては」


「人間ってこわい……」


〈おい〉

〈俺らのせいにすんなw〉

〈責任押し付けてきたw〉

〈怯えるお嬢いい〉

〈人間の業ってもんよ〉

〈草〉

〈期待してます!〉

〈眷属は悪い人間じゃないよ!〉


 会場近くまでマネキンは移動できた。この配置なら多少ゾンビに囲まれても問題なく事を進められるだろう。


 次は一番危険なお仕事、ゾンビたちを集めるフェイズだ。


「会場の設営はできたから、次はプロモーション活動だね。お客さんを呼び込もう」


「プロモーション……具体的になにするの?」


 僕を背もたれにしながら礼ちゃんがそう訊ねる。


 その質問に僕はコントローラーを握る指先で答えた。


 ぱぁんっ、と。


 静寂の(とばり)が下りていたショッピングモールに火薬の爆ぜる音が心地よく広がる。返ってくる銃声の残響に、排出された空薬莢の地面を跳ねる音がいいアクセントになっていた。


「ここに生きた人間がいますよってことを伝えれば、すぐに集まってくれるはずだよ」


「なんで撃ったぁ!」


「説明したばかりなのに。ショッピングモール中に聞こえたと思うけど、お祭り開演のアナウンスが聞こえていなかった元人間様もいらっしゃるだろうし、鬼ごっこしながら呼びに行こうか。端っこにいる元人間様だと到着も遅れるだろうしね」


〈響いたなぁw〉

〈トロールで草〉

〈めっちゃ来とる!〉

〈フォーカスやばいw〉

〈いっせいにこっち見てきたの鳥肌立ったわ〉


「びゃあっ! 上からっ、上から落ちてきた!」


「わあ。フードが邪魔だな……二階の通路にいる元人間様が見えないのは結構危ないね」 


 二階通路の手すりを越えて目の前にゾンビが落下した。かなり危なそうな落ち方をしていたけれど、顔色一つ変えずにこっちを見据えている。足が折れていようと、どれだけ痛かろうと、ゾンビたちには関係なさそうだ。


「は、はやく倒しっ……って、はっや。さすがお兄ちゃん!」


「任せてよ。お祭りの前にやられるなんて盛り上がらないからね」


 前へと押し出す足は止めず、そのままのスピードで落ちてきたゾンビへと肉薄し、ゾンビが立ち上がって襲ってくる前にその首元へ刃を走らせる。銀色の輝線がゾンビの首を裂いて血の雨を降らせる頃には、そこにもう主人公はいない。


 近ければナイフで、道を塞いでいるゾンビがいればピストルで排除する。倒すことよりもゾンビに囲まれないことを重視してショッピングモール内を縦横無尽疾風怒濤と駆け回る。


〈無双ゲーかな?〉

〈全部ヘッショはおかしい〉

〈気持ちいいw〉

〈うっま!〉

〈後ろやばいぞこれ〉

〈立ち回りうまくて草〉

〈エイムえぐいわ〉

〈うんま〉


「わあっ! やれー! お兄ちゃん! 頭弾けさせちゃえ!」


「リロード中が一番無防備だから、実はあんまり撃ちたくないんだよね。礼ちゃんからのリクエストだからやるけど。ストッピングが必要ないゲームでよかった」


「きゃああっ! かっこいい!」


 進行方向を塞ぐようにこちらに走ってくる四体のゾンビを四発の銃弾で沈める。


 ゾンビの群れとの鬼ごっこにも慣れてきたのか、礼ちゃんが楽しそうに歓声を上げている。このゲーム、一度リロードのモーションに入るとキャンセルできないし、一応弾薬も限りがあるのでピストルは多用したくはないけれど、礼ちゃんのお願いには代えられなかった。


〈妹悪魔のテンション草〉

〈全弾ヘッショは草枯れるわ〉

〈動きながらよう当てよる〉

〈ただのファンおるww〉

〈妹悪魔っていうエイムアシストがついてるw〉


「ん、あれは出口だね。そろそろ引き返そうか」


 ショッピングモールの出口がゾンビの壁の向こう側に見えたあたりで方向転換。もう充分に引き付けられただろう。会場へと戻る頃合いだ。


「あっ……とうとうお祭り?」


「そうだよ。人間様方が待ち侘びたお祭りだ」


〈草〉

〈もうすでに祭りみたいなもん〉

〈全責任こっちになすりつけるw〉

〈責任転嫁がひどいw〉


 時間を追うごとに激しくなってくるゾンビの猛攻をどうにか凌いで会場であるショッピングモール中央広場へと走る。ナイフとピストルで包囲網を切り開き、どうにか五体満足で戻ってくることができた。


「ああよかった。生きて帰ってこれた。さあ、集客もできたことだしお祭りの始まりだよ、主役の登場だ。見せ場だからね、盛り上げないと」


「……主役? あ、あのマネキン!」


「古来から、登場する際の演出はスモークって相場が決まってるんだ」


 衣料品店で拾ったスモークグレネードを、広場の真ん中とマネキンの間くらいの位置に投げる。かんっ、からんっ、と小気味良い音を立てながらスモークグレネードは転がり、うまい具合に広場とマネキンが待機している物陰周辺を煙で覆い隠してくれた。


「あっ! それで隠れながらっ……」


「そう。マネキンさんにステージへ上がってもらうって寸法だね。ちなみにスモークグレネードは一つしかなくて効果時間は調べられてないから、ここで失敗する可能性は大いにある」


「なら急いで!」


「了解」


 煙が漂っているうちにマネキンを回収し、広場中央の一番目立つ位置まで持っていく。途中で煙が晴れないことを祈りながらマネキンを設置し、ゾンビたちからのヘイトをたんまりと吸ったポンチョを着せてあげるとすぐさま離脱する。


 周囲は円を描くようにゾンビたちで囲まれているけれど、広場の真ん中から少し離れたところには植物が植えられている場所がある。そこは膝上くらいの高さの段になっているので、そこだけはゾンビは近寄れない。その段にジャンプして乗り、安全にゾンビ包囲網を抜ける。身を隠せる場所でその時が来るのを待つ。


 そうこうしているうちにスモークグレネードの効果が終わったようだ。徐々に視界を奪っていた煙が薄くなっていく。


 ショッピングモールの広場の天井は採光のためか、強化ガラスにでもなっているようでそこから光が差し込んできていた。


 中央広場ど真ん中。降り注ぐ日差しを浴びたマネキンが、これからライブでもするかのように姿を現した。


「わあ、位置完璧だ」


「あははっ、ふふっ、くふふっ……スポットライトみたいになってるっ!」


〈草〉

〈草〉

〈草〉

〈これは主役w〉

〈ドームコンサートか?w〉

〈周りのゾンビがまるでファンで草〉


 世界が凍りついたような一瞬の静寂。ポンチョを着てポージングを決めるマネキン。


 ざっ、とゾンビの足音が重なる。


 押し寄せた大波に揉まれる木の葉のように、マネキンはゾンビの群れに呑まれた。


「ああ……マネキンさん。僕らのために……」


「うわあ……こんな光景を昔、デパートで見たことあるよ。あれはバーゲンセールの日だった」


〈バーゲンの時のおばちゃんたちで草〉

〈おばちゃんはゾンビよりも強いぞ〉

〈レイちゃんもなかなか言うねw〉

〈アメにたかるアリみたいだ〉


「さあ、お祭りのフィナーレだよ。景気良く花を咲かせてくださいね」


「え、ちょ……」


 衣料品店の植木鉢から生えていたグレネードを、押し競饅頭(おしくらまんじゅう)しているど真ん中に放り込む。狙う位置がわかりやすくて助かる。あれだけの人混みの中でも独特のセンスをしたポンチョはよく目立つ。


 ずどん、と腹の底から響くような爆発音。爆煙が晴れた頃には、立っている者はマネキンを含めて主人公以外誰もいなかった。


「これが人間様が望んだお祭りだよ……痛ましいね」


「……お祭りっていうか、血祭りだよ……」


〈ひどくて草〉

〈草〉

〈俺らのせいにすんなw〉

〈あまりにも残酷〉

〈嫌な事件だったね……〉

〈汚ねえ花火だ〉

〈草〉

〈血祭り草〉

〈どうあがいても悪魔〉


「尊い犠牲もあったけど、これでだいたいショッピングモールは安全になったかな。小さい礼ちゃんを連れてここを抜けようか」


「……もうここに暮らしたほうがいいんじゃないかな。レイチェルが動くたびに、きっとここみたいな惨劇が繰り返されると思うんだ……」


「何言ってるのさ。小さい礼ちゃんをお父さんの下まで連れて行かなきゃいけないんだ。ここで立ち止まってなんていられないよ。僕は小さい礼ちゃんの為ならなんだってするって誓ったんだ。たとえ……何が立ちはだかろうともね」


「逃げてっ、ゾンビたち逃げてっ……」


〈ゾンビより怖い〉

〈悪魔がゾンビ如きに負けるわけねえんだよなあ〉

〈存在としてのティアーが違いすぎる〉

〈ゾンビ逃げて!〉

〈なんなら人も逃げた方がいいw〉

〈足止めしてくるやつ全員排除するぞw〉


 爆心地にしばし待機して生き残りがいないことを確認してから衣料品店へと戻る。道中でしっかりと怪しげなポイントは漁りもする。この主人公、未だに装備が自室を出た頃と変わらないのだ。アイテムのあるなしに今後生き残れるかどうかがかかっている。


 衣料品店の軒をくぐり、試着室で大人しく待っててくれたレイチェルに話しかけた。


『出発するの? いつでも行けるよ!』


「ああっ! 小さい礼ちゃん元気になってる! よかった!」


「こいつのせいで数がわからないくらいのゾンビが犠牲になったんだけどね」


〈レイチェル元気になってる!〉

〈妹悪魔辛辣で草〉

〈こんなんあったっけ〉

〈見たことないモーションをよく見る日だ〉

〈テンションやばw〉


「さ、おてて繋いで一緒に行こうね。一階は……お祭りで散らかっちゃったから、二階から行こうか?」


「このガキにも見せるべきだって。これがあんたの責任だぞって。ねえ、お兄ちゃん」


〈散らかした本人が言うのやばw〉

〈ガキw〉

〈草〉

〈お嬢スパルタだ……〉


 中央広場のお祭り会場は凄惨な有様になっているので、そんな光景を目にしないように二階に上がってショッピングモールの反対側に向かう。


 レイチェルを連れてショッピングモールデートをしていた途中、お店はいくつもあったけれど、どれもシャッターは閉じられていた。開いていたお店が特殊だと言うことだろう。ガンショップとかが開いていたほうがおかしかったのだ。


 そんなシャッター街みたいになっているショッピングモールの中で、久しぶりにシャッターが閉まっていないお店があった。


 ここぞとばかりにドラッグストアが開いている。なんともわかりやすい。ゾンビラッシュで減らした体力を回復させてくださいね、という開発側の優しさだ。もしくは、この次もハードになってるからここで回復アイテム調達しとけよ、という予告。


「お、何かアイテムもらえそう……選択肢だ」


「お兄ちゃん。わかってるよね?」


「言わなくてもいいよ。わかってる。任せといて」


 誘蛾灯に誘き寄せられる虫のようにドラッグストアでアイテムをたかろうとしていたけれど、その前に選択肢がポップアップした。


 視界の奥に見えているドラッグストアに入るか、ドラッグストアの手前で大きく広がっているフードコートに立ち寄るか。どちらを選ぶか問われている。


 こんなこと、わざわざ選ばせないでほしい。行く所なんて決まっているじゃないか。


「フードコートしかないよね。朝ご飯まだなんだもんね」


「このばっ……ほんっとっ、ばっ……」


「え、なに……礼ちゃんどうしたの?」


『うれしいっ! お腹すいてたの!』


「だよねー? ほら、礼ちゃん。小さい礼ちゃんも喜んでるよ」


「こんのっ、ばっ……」


〈耐えとるw〉

〈ば、で我慢してるw〉

〈草〉

〈実質一択やったな〉

〈選択肢ないのが悪いw〉

〈こうなることはわかってたw〉

〈予想通りで草〉

〈選択肢用意してないのが悪い〉


「元人間様方もいないから、ゆっくりご飯食べていいからね。ちょっとここで休憩していこうね」


「いないんじゃないでしょ! そいつのせいで排除されたんだよ! ていうか、そいつずっと休憩してるじゃん! いらないって! 休憩! 回復アイテムもらえたのに!」


「いや、でも……あ、ほら! ここでも一応回復したみたいだよ。主人公の体が緑の光でぽわってなった」


「まだ無傷だったでしょ! 無駄にこのガキに回復アイテム使ったんだから拾っとくべきだったのに!」


「無駄じゃないよ! 小さい礼ちゃん元気になったんだし! それに相手の攻撃が当たらなかったら回復なんていらないんだ。バックを圧迫するし。そう考えたら持ってないほうがいい、っていう考えもできない?」


「できない」


「できないかあ……」


〈負けてて草〉

〈できないかあ……w〉

〈ど正論パンチw〉

〈草〉

〈当たらなければ以下略〉

〈回復使わないから邪魔は新しいなw〉

〈実際ここまで被弾ゼロなんだよな〉


 礼ちゃんと口論しているうちにレイチェルと主人公のお食事は終了。ショッピングモール脱出を再開した。もしかしたら、と思ってドラッグストアに入ろうとしたけれど、見えない壁(ゲーム的要素)に阻まれて入れなかった。サウンドもグラフィックもリアルなのに、こういうところはゲーム感を押しつけてくる。


 念のためゾンビの奇襲には気をつけていたけれど、ショッピングモールにいたゾンビは全員あのお祭りに参加したようで一人として遭遇しなかった。


 そのままショッピングモールの出口に近づいたところでストーリームービーが入る。


「このステージもどうにかクリアできたね。最初はどうなることかと思ったけど」


「ほんとにね。なんでクリアできるの、これで。お兄ちゃんはレイチェル甘やかしすぎなんだよ。どうするの? 世の中がしっちゃかめっちゃかになってる騒動が起きてるのに、お兄ちゃんのせいでこいつ騒動が始まる前より太るよ?」


「ふとっ……なんてこと言うの! これだけいっぱい歩いてるんだから太らないよ。小さい礼ちゃんには栄養と休息が必要なんだ」


〈www〉

〈それは草〉

〈ゾンビパニック前より体重増えてたら笑うわ〉

〈可愛い服着れんくなるw〉


「そいつ甘やかさなかったらもっと簡単に突破できたのに」


「甘やかしてないよ。礼ちゃんと同じように接してるだけで」


「いやめちゃくちゃに甘やかして……ちょっと待って。それだと私がいつもお兄ちゃんに甘やかされてるみたいになる?」


〈なっとる〉

〈甘やかされてるでしょ〉

〈ブーメランで草〉

〈特大のブーメラン返ってきた〉

〈頭にブーメラン刺さってますよ〉

〈草〉

〈墓穴や〉


「大丈夫、ならないならない。礼ちゃんは僕に甘やかされてないし、僕も小さい礼ちゃんを甘やかしてない。そういうことなら理屈が通るね」


「おお、それだ! みんな聞いた? 私甘やかされてないからね!」


〈言いくるめられてて草〉

〈ええんかそれでw〉

〈お嬢……〉

〈お兄ちゃんさんとおるとお嬢IQ下がるなぁ〉

〈いつもはもっと賢いお嬢なんです……〉

〈眷属がフォローしてて草〉


 ショッピングモールを脱出するムービーが終わり、オートセーブが行われる。


 ちょうどいい時間とタイミングなので、今日はここでお開きとしよう。


「きりがいいので、本日の配信はこのあたりで終わりにしたいと思います。ここまでご視聴いただき、ありがとうございます。礼ちゃんも途中から参加してくれてありがとうね。僕も楽しかったし、きっと視聴してくれていた人間様にも楽しんでもらえたと思うよ」


「そうかな? 急に現れてお兄ちゃんのプレイにいろいろ口挟んじゃってたけど、邪魔にならなかったかな? 大丈夫でしたか?」


〈ぜんぜん大丈夫!〉

〈楽しかったよ〉

〈イチャイチャ助かる〉

〈めちゃくちゃ楽しめた〉

〈いいリアクションだった〉

〈妹悪魔のツッコミが光ってた〉

〈兄悪魔は淡々とボケるから助かる〉

〈お嬢ありがとうございました!〉

〈また軽率にリア凸してください〉

〈『ゆきね:手描き切り抜きチャンネル』レイチェルゴスロリver描いてます〉

〈悪魔兄妹しか勝たんのよ〉

〈ゆきねチャンネル!〉

〈ゆきねさん!〉

〈よう見とる〉


「あっ。礼ちゃん礼ちゃん、ゆーさん観てくれてたよ」


「まあ、ゆーなら観てるだろうね。ところでストリートファッションのほうじゃなくてゴスロリのほうを描いてるのはなぜだ? 忖度か?」


「こら礼ちゃん。圧かけない」


〈『ゆきね:手描き切り抜きチャンネル』ど、どっちも描きます……〉

〈圧やばいw〉

〈怖いw〉


「ならばよし。無理せずがんばるように」


「ゆーさんもお忙しいだろうし、本当にご自身のペースでいいからね?」


〈有無を言わせない圧草〉

〈『ゆきね:手描き切り抜きチャンネル』ありがとうございます! 無理せず毎秒描きます!〉

〈兄妹の温度差えぐいw〉

〈毎秒描くを本人が言うのかw〉

〈エンジンかかってて草〉

〈自分で言うパターンw〉


 無理せず毎秒〇〇する、という冗談の定型文のようなものがあるらしいけれど、夢結さんだと本当にやりかねないのが怖い。なんせ、一日足らずでイラストを仕上げた人なのだ。また睡眠時間を削ることのないように、ゆっくりとマイペースに描いてもらいたい。こちらは描いてもらえるだけで嬉しいし助かるのだ。


「ゆーさんには、ちゃんと健康を気遣いながら(・・・・・・・・・)、描いてもらえるようです。楽しみが増えましたね」


「健康のところ、すごい強調してる……。大丈夫だって、お兄ちゃん。ゆーも冗談だってわかってるんだから」


「ゆーさんの場合冗談じゃなくなりそうで心配なんだよ。あのイラストの件があるから」


「イラストびっくりするくらい早かったもんね」


「僕もゆーさんのイラストの一ファンとして、投稿されるのをゆっくりと待ちたいと思います。いずれ動画がアップされると思うので、ゆきねさんのチャンネルのほうも登録していただけると嬉しいです。並びにジン・ラース、レイラ・エンヴィのチャンネル登録もしていただけると幸いです」


「私たちのほうがついでみたいになってる」


「明日は礼ちゃんと……明日()っていうか、結果的に明日()になったね。明日も礼ちゃんと一緒に配信しますので、お時間に余裕があればぜひお越しください」


「明日はお兄ちゃんとアイクリコラボ配信しまーす! 魔界創造計画の第二弾です! よかったら来てくださいねー!」


「では、今日はこのあたりで失礼します。ご視聴ありがとうございました。おやすみなさい」


 お別れの挨拶をして配信を閉じようとしたのだけれど、コメント欄を見て手を止めた。


〈えおわり?〉

〈挨拶は?!〉

〈いつものがない!〉

〈待ってよ!〉

〈いつもの挨拶は?〉

〈せっかくリアタイで聴けると思ったのに〉

〈いつものは?〉

〈あれ聞かなきゃ寝れない〉


 リスナーの皆さんからはお別れの挨拶は返ってこず、戸惑いの声で溢れていた。思ったよりもいつもの挨拶は求められているようだ。


「ほらお兄ちゃん! リスナーさんたちがあれ聞かないと終われないって!」


「いつの間にそんなに定着してたの……最近できたばっかりのいつもの終わりの挨拶……。そんなに何回もやってないよね、これ」


「求められてるんならやるしかないよね!」


「今日はコラボ配信の予定じゃなかったんだけど、まあ結果だけ見たらコラボみたいなものだったもんね。いいか。じゃあ、さん、に、いち、どうぞ」


「やたー! 『New Tale』の悪魔兄妹! 妹のほう! 途中参戦で枠を取ってない嫉妬の悪魔、レイラ・エンヴィと! 血も涙もないけれど家族愛だけは人一倍あるサイコパスと名高いー……こちら!」


「相変わらず挨拶しにくい振りが飛んでくる……。それで答えたらサイコパスを認めてることになりそうなんだけど……。『New Tale』の悪魔兄妹、兄のほう。動画内の残虐な行為はすべて人間様に指示されました憤怒の悪魔、ジン・ラースでした」


「わーっ! ありがとうございましたー! また明日会いましょうねー!」


「ご視聴ありがとうございました。明日もお会いできることを楽しみにお待ちしております。それでは、良い夢を。おやすみなさい」


〈わー!〉

〈初リアタイで聞けた!〉

〈いつものだー!〉

〈お疲れ様でした〉

〈おもしろかったよ〉

〈最後に責任転嫁で草〉

〈これがないと締まらんのよな〉

〈おやすみなさい〉

〈明日もきます〉

〈おやすみなさい〉


 本当に定番化しつつある挨拶をして、配信を閉じる。リスナーさんもこの挨拶をしないと挨拶を返してくれないあたり、浸透していることを実感する。それだけ期待してくれているというのも嬉しいものだ。


「お兄ちゃん、配信閉じれた?」


「うん。もう閉じたよ。ありがとね、楽しかったよ」


「ううん。私も勝手に乗り込んじゃってごめんね? 楽しくなっちゃって」


「大丈夫だよ。今日の配信は眷属さんたちもたくさん来てくれてたし、リスナーさんも喜んでたしね。いいサプライズみたいになったんじゃないかな」


「……だったらうれしいなあ」


 僕に体を預けながら、礼ちゃんは呟いた。


 人馴れした猫のように、目を細めながら僕の胸元に顔を擦り付ける。このまま寝てしまいそうな雰囲気だ。


 僕のせいで勉強を中断してしまったのだ。ここで寝てもらっては困る。


「はい、礼ちゃん起きて。勉強再開するよ」


「んえーっ。……お兄ちゃん」


「わかってるよ、見てあげるから」


「やたーっ! そうだ、SNSであげとこーっと」


「僕も明日の宣伝兼ねてSNS更新しとかなくちゃ。礼ちゃんは先に部屋戻っといてね」


「ん? 別にいいけど、なにかあるの?」


「ちょっと野暮用」


「……なに? 怪しいなあ……」


「怪しくないよ。ちょっとSNSを巡回するだけ」


「エゴサ? ……どうせ気分が悪くなるものばっかりでしょ? やめといたら?」


「すぐ終わるから大丈夫だよ。見て回るところは決まってるから安心して」


「……なら、いいけど……」


 不快そう、というよりは不安そうに眉を(ひそ)める礼ちゃん。せっかく気持ちよく配信を終えられたのだ、心配事を残したまま自分の部屋に帰って欲しくない。話を変えよう。


「それに、ゆーさん……夢結さんにお礼をって思ってね。コメントしてくれてたし」


 僕がそう言うと、背後に光輪のエフェクトが出そうなくらいに、ぱぁっと表情を明るくした。


「あははっ! うんっ! してあげて! きっと喜ぶよ! イラスト描くのも気合い入るだろうしね!」


 椅子から降り、結露して水滴のついたペットボトルを手に取った礼ちゃんが笑いながら言う。


 秋の空のように打って変わってご機嫌になった礼ちゃんは軽やかな足取りで僕の部屋を出て行く。『部屋で待ってるからはやく来てねー!』と廊下から聞こえた。相変わらずよく声が通ることで。


 礼ちゃんが自室の扉を開き、扉が閉じられる音を聞き届けてからSNSをチェックする。


 まずは自分のアカウントだ。今日の配信を終えたことと、観にきてくれた人たちに感謝を伝える投稿をして、ついでに明日の配信予定にも触れておく。


 次に礼ちゃんのアカウントだ。


「……注意はしてたけど、やっぱりだめだったか。僕の責任だなあ……仕方ない」


 嘆息も出ない。僕なりにできる限りの努力はしていたつもりだったけれど、それでだめならどうしようもない。


 諦念(ていねん)の思いで瞑目(めいもく)し、僕はメッセージアプリを起動した。



というわけでお兄ちゃんのゲーム配信終了です。続きもいつか投稿できるといいんですけどね。

この物語もとうとう佳境、最後まで走り切れるようがんばります。

次はとある人視点。

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