表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/102

「盛り上げていくよ」

お兄ちゃんのゲーム配信三話目です。

さっそくレイチェルを可愛がったツケが回ってきます。


「失礼を承知で言わせてもらうけれど難易度狂ってる」


「……だから言ったのに」


〈草〉

〈草〉

〈草〉

〈草〉

〈これはしゃあないw〉


 レイチェルがおめかししたところのステージから先へ進み、次のステージへと向かうと、まずストーリームービーから始まった。


 ストーリームービーの中でも、ちゃんとレイチェルはルームウェアからお着替えしたほうのお洋服に切り替わっていて『服変わってる!』『すっごい可愛い!』と礼ちゃんと一緒に盛り上がっていたのだけど、盛り上がったのはそこで最後だった。


 至る所にゾンビが徘徊していて、主人公はレイチェルの手を取りながら時に遮蔽物に身を隠したり、時に石ころを投げて音を立てることでゾンビの注意を逸らしたりして、どうにかこうにか発見されないように研究所まで向かう。


 しかし徐々に安全に通れるルートが少なくなっていった。右を見ても左を見てもそこかしこにゾンビがいる。もう他に進める道はない、きた道を戻ることもできないという極限の状態に追い詰められ、誘い込まれるように主人公とレイチェルはショッピングモールへと足を踏み入れた。


 本来のショッピングモールの来客数とは比べ物にならないほど少ないだろうけれど、それでもとんでもない数のゾンビがウィンドウショッピングを楽しんでいた。明らかに死地である。


 円柱状の支柱や植木、モール内の案内図などに隠れながら、主人公とレイチェルは近くの店に身を寄せる。なんの因果か、またもやアパレル関係の店だった。店内にいたゾンビを背後からナイフで仕留め、音が立たないように静かに床に寝かせた主人公は離れたところで待たせていたレイチェルの手を引いて店の奥へと踏み込む。


 ここでストーリームービーは終了し、再びプレイヤーへと操作がバトンタッチされた。窮地になった途端、コントローラーを押しつけられた気分だ。


 数が数だ。ここから全部ワンタップで撃ち倒せたとしてもゾンビよりも先に弾が切れる。ゾンビたちの押し寄せる量を考えるとピストルではリロードも間に合わないかもしれない。なんなら銃を撃つこと自体が間違いだ。ピストルの引き金を引いたが最後、このショッピングモールにご来店中のお客様全員が大集合するおそれもある。追加でご入店されないとも限らない。


「これがレイチェルを可愛がった結果だけど、どう?」


「……悔いはないよね。こんなに可愛いのだから」


「くっ……本当にかわいいこの子っ! なんなの! かわいすぎていらいらする!」


〈草〉

〈めっちゃかわいい〉

〈守ってあげて!〉

〈お嬢w〉

〈感情ぐちゃぐちゃで草〉


 あまり怖いものを見せないようにと主人公が配慮したのか、レイチェルは前のステージに引き続いて今も試着室にいた。試着室内にあった椅子に腰掛けて不安そうにしながら主人公の手を弱々しげに握って見上げている。その仕草に、僕も礼ちゃんも二人そろってハートをワンショットで撃ち抜かれていた。もう何この子、可愛すぎる。


「必ずどこかに道があるはずだよ。このゲーム、難易度は驚くほど高いけど理不尽なことはしない、はず」


 心配げに見つめてくるレイチェルには安全な場所にいてもらい、主人公は入れそうな通気口や資材搬入路がないか調べたり、アイテムがないかを探す。


 隠し通路は見つからなかったが、いくつかアイテムはあった。


 レジ付近にスモークグレネード、バックヤードに弾薬があったところまではぎりぎり納得できないこともないけれど、フラググレネードが植木鉢に置かれていた時にはさすがに脳内がクエスチョンマークで埋まった。


「どこかに裏道とかあるといいね? ちなみに私の時はアサルトライフルで弾ばら撒いて力技でぎりぎり押し切った感じだったよ。襲ってくる数すごいんだから」


「そんなのピストルでどうにかできるわけないんだよね。何か……何かないか」


〈お嬢でぎりぎりはやばい〉

〈ピストルじゃ火力が足りん〉

〈絶望で草〉


 普通の人よりよっぽどFPSが上手な礼ちゃんがアサルトライフルを持ってぎりぎりならFPSの経験がない人や、ガンショップのルートを選ばなかった人は確実にクリアできなくなる。そこまで無慈悲なことを、このメーカーはしてこないだろうと信じている。というか祈っている。そうじゃないとここで詰みだ。


 一通り店内の怪しそうなところを見て回ったが、アイテム以外は見つからない。強力な武器も、隠し通路も、何もない。


 仕方がないので一度レイチェルに話しかけてみようかと試着室の近くまで戻る道中、一瞬だけなんらかのボタンが表示された。


「あれ……お兄ちゃん、さっきなにかちらっと」


「うん。何か見えたね。このあたりには服しかないけど」


 この店舗はアパレルショップだ。もちろん、ラインナップに銃はないし、防弾チョッキや防刃ベストのような尖った品揃えはしていない。何にアクションボタンが反応したのだろうかとゆっくり歩いて確認してみる。


 マネキンの目の前で足が止まった。


「……ポンチョだね」


「ポンチョだ。フードつきの」


「お兄ちゃん着てみたら? おしゃれだよ」


「お洒落するのは小さい礼ちゃんだけでいいんだけどなあ」


 マネキンが着ていた、地は黄土色でエキゾチックな模様が施されたフード付きのポンチョ。そのポンチョにアクションボタンが表示されていた。どうせなので取って着てみる。


〈草〉

〈w〉

〈呪いの装備か?〉

〈上見えんw〉

〈草〉


「ふふっ、視界……っ。狭まってるっ……くふふっ」


「これ絶対防御力とかないよね? だって服だもんね。なのに視界潰されるとか、これなんの意味があるの? 本当にお洒落だけ? 嘘でしょ?」


「あはははっ!」


〈兄悪魔おこ〉

〈憤怒の悪魔きた〉

〈草〉

〈お嬢めっちゃわろとるw〉


 主人公の一人称視点だと見た目がよくわからないので、レイチェルのいる試着室のほうへと向かう。たしか鏡があったはずだ。


『きゃあっ!? ……ビル? よかった……だれかと思った』


「……小さい礼ちゃんの悲鳴で心が痛い」


「悲鳴あげられてたよっ……くっ、あふふっ」


「あ、鏡あった。……まあ、これは怖がられても仕方ないね」


「ふつうに怖いよ。ゾンビだらけになっただけでも充分に怖いのに、フードで顔隠した筋肉むきむきの大きいおじさん出てきたら、そりゃあ悲鳴も出るよ」


「何人か人を殺めてそうだもんね」


「斧とか持ってたら違うホラーゲームになっちゃう」


〈こっわ〉

〈普通に怖いw〉

〈何人かやってそう〉

〈本当に何人かやってるしな〉

〈実際その通りで草〉

〈いややっとるんよ人を〉


「……ん? もしかして……」


「なに? なにか見つけた?」


「ちょっと……試してみたいことができたかも」


 間違っていたら説明しても時間の無駄になるので、まずは思いついたことができそうなのかどうか確認してみる。


 もう一度マネキンのところまで戻って、アクションボタンを押す。僕がポンチョを借りる前と同じように、マネキンはポンチョを着た。ちゃんとフードも被っている。


「…………」


「お兄ちゃーん?」


 次が大事だ。マネキンのすぐ近くまで主人公を近寄らせ、他にアクションボタンが表示されないか調べる。マネキンの後ろに回り、密着している状態でマネキンの足下に視線を落とすと『持つ』というボタンが表示された。


「おお……持てた」


「え、なに……マネキンで戦うの?」


「いや、戦わないよ……。ピストルでも敵わない相手にマネキンで挑むって、そんなの負け認めてるのと一緒だよ。前衛的なサレンダーだよ。持つ以外に振ったりとかはできないみたいだし、そういうアイテムじゃないんでしょ」


〈武器マネキンw〉

〈草〉

〈弱くて草〉

〈マネキン使うくらいなら素手の方が百倍マシw〉

〈丸太だったらなー〉

〈丸太ならワンチャンあった〉


 主人公を動かしてみたら、マネキンを持ちながらも歩けた。通常通りとまでは行かないけれど、思っていたほど動きは遅くない。


「……いけるかも」


「そのマネキンなにに使うの?」


「僕は、あの元人間様たちには、ある程度の知性があると思ってるんだよね」


「……元人間様? なにそれ」


「今もウィンドウショッピングしてるゾンビたちのこと」


「元人間様って呼んでるんだ……たしかに間違ってはないけど。でも、ゾンビに知性?」


「うん。最初の、主人公のアパートで思ったんだ。おそらくは外にいただろう元人間様たちが的確に主人公の部屋やお隣さんの部屋に攻めにこれたことも不思議ではあったんだけど、まあそれはゲームだしそんなもんかって思ったんだよね。でも元人間様たちを主人公の部屋に誘導して外に出る時、お隣さんの家の扉を見たらドアノブに握った跡が残ってたんだ」


「あれじゃない? ほら、壁に手で血を塗りつけるみたいなホラー表現あるでしょ? そういうのじゃないの?」


「偶然当たったとか、そういうグラフィックじゃなかったんだよね。それに主人公の部屋を通り過ぎる時にそっちのドアノブも見てみたけど、しっかり握った感じの痕跡があった。少なくとも、扉はドアノブを動かせば開くっていう程度の知性はあるんじゃないかって、その時思ったんだよ」


〈よく見てる〉

〈急に賢くなるやん〉

〈悪魔的頭脳〉

〈人の心はないのに〉

〈やっぱり考察してたのか〉


「知性があるとして、どうするの? 逆に厄介なんじゃないの? 相手が賢かったら」


「下手に知性があるなら利用しやすくなるよ。人間様並ってなると大変だけど、そこまでは高くなさそうだから問題ないかな。なにはともあれ、一度検証してみないとね」


 これまでずっと持ったままだったマネキンを床に下ろし、またマネキンからポンチョを剥ぎ取る。


 ポンチョを装備して画面の上側一割二割ほどを暗くしながら、試着室で待つレイチェルに会いに行く。


「え? この子連れて行くの?」


「いやさすがに連れては行けないよ。走ったりもするだろうし、なにより危ないからね。ここで待っててもらうけど、行く前に声をかけないと。勝手に出て行ったら不安がっちゃうでしょ」


「ほんっと優しいね、お兄ちゃんは」


「優しいのは礼ちゃんにだけだよ」


「お兄ちゃんが今優しくしてるそいつ私じゃないんだけど」


〈お兄ちゃん優しい〉

〈身内には聖人だな〉

〈他人には悪魔よりも残酷なのに〉

〈レイちゃんじゃないw〉

〈そういやそうだったw〉

〈それはそう〉

〈正論パンチ〉


『……もう行くの?』


 レイチェルに話しかけると、そう返してきた。その力ない口調には積み重なった疲労が見える。まだ小さな女の子に、これまでの道のりは苛酷が過ぎるというものだった。もう少し休みたいと思うのも当然だ。


「なんだこいつ、動きたくないみたいな言い方して」


「厳しい、礼ちゃん厳しすぎるよ……。まだ小さい礼ちゃんは小さいんだから」


「かわいければなんでも許されると思ってるのか!」


「やめてあげて! 小さい礼ちゃんには休息が必要なんだ!」


〈お嬢厳しい〉

〈かわいいことは認めてるんだなw〉

〈草〉

〈こんなにロリを愛でてるのに兄悪魔はロリコンっぽい感じしないのが不思議〉

〈イケボずるい〉

〈兄悪魔が好きなのはお嬢であってレイチェルじゃないからな〉

〈取り残された子どもたちを躊躇なく見捨てた兄悪魔はロリコンにはなれない〉

〈シスコンではあってもロリコンでは無い〉


 ここで待っているようにと指示を出したかっただけなのだけれど、レイチェルが返事をすると選択肢が出てきた。今回は『もう行く』と『ここで待っていてくれ』と、違う色で表示されている『アイテムを渡す』の三つがある。


 よくわからなかったので、とりあえず『アイテムを渡す』を押してみた。


「ああ、そういうことか、なるほどね。ほら、小さい礼ちゃん。これ飲んでちょっとだけ待っててね」


 主人公の部屋の冷蔵庫で見つけた飲み物がちょうどよくあったので、それをレイチェルに渡しておいた。


 レイチェルはおそらく朝ごはんもまだだっただろう。起きてからここまで飲まず食わずだ。食べ物は手持ちになかったので、飲み物だけで我慢しておいてもらおう。


「ちょっ! お兄ちゃんそれ回復アイテム! なんでそれあげちゃうの!」


「だ、だって、たくさん歩いて喉渇いてるだろうし……」


「だからってついてきてるだけの奴にあげることないでしょ! 戦うのお兄ちゃんなんだよ?!」


「大丈夫だよ。ダメージを負わなかったら不要なアイテムだからね」


「ここから戦う局面に入るのに?!」


〈草〉

〈兄悪魔w〉

〈さすがベテランお兄ちゃんは言うことが違う〉

〈ここまで甘やかしてる配信は見たことない〉

〈嘘やろw〉

〈ここ三択だったか?〉

〈過保護やw〉

〈当たらなければどうということはないしな〉


 飲み物を渡して、もう一度話しかける。今回は『アイテムを渡す』選択肢はなかった。ここで待っていてね、とレイチェルに言い聞かせ、主人公は店の外に出る。


「それで? どうやって検証するの?」


「うーん……試そうにも、ここでは元人間様の人数多いからなあ……。少し動いただけで誰かしらには見られちゃいそうだね。たしかストーリームービーの途中であった案内図では、ここのお店からモールの奥側にちょっと進んで曲がったところにエレベーターホールがあったはず」


「エレベーターで二階に上がるってこと? それ絶対待ち伏せとかされてるやつだよね」


「エレベーターだと、もし元人間様とエンカウントした時に逃げ回れないから使わないよ。少なからず音も鳴るだろうしね。静まり返ったモール内だと響きそうだ。だいたいこういう施設だとエレベーターの近くに階段があったりするから、そっちを使う」


「ほー、なるほど」


〈まじで記憶力いい〉

〈案内図なんかあったんか〉

〈ただレイチェル甘やかしてるだけじゃないな〉

〈レイチェルしかみとらんかった〉


「ん? えへへっ! お兄ちゃん賢いでしょ!」


 別画面に表示されているコメントを眺めていた礼ちゃんが、ふふんっ、と胸を張りながら言った。なんでそんなに嬉しそうにしてるのかよくわからないけれど、礼ちゃんが嬉しそうだからそれでいいや。


〈お嬢かわいい〉

〈妹悪魔もたいがいブラコン〉

〈お嬢はお兄ちゃんさん大好きだもんね〉

〈えへへやばいな〉

〈破壊力高いわ〉


 どうにかゾンビたちの目を掻い潜って階段へと向かう。


 とりあえずエレベーターホールにゾンビがいないことに安堵しつつ、階段を上がる


 二階に到着。まずは安全確保しなきゃと思って左を見たら、すぐ近くのエレベーターの扉の前でゾンビがいた。ショッピングモール内だというのにお一人様だ。


「あ、いた」


「はぴゃあっ!? 近っ!」


「礼ちゃん、痛いし危ないからじっと座ってて」


「そんなの驚かせてくるゾンビに言ってよ! ていうかちゃんと遠くから見つけなかったお兄ちゃんが悪い!」


「無茶言わないでよ。このフードのせいで自分より位置が上の場所を確認するのは大変なんだ」


 驚いた礼ちゃんの奇声で耳が痛いし、びっくりして跳ねたせいで礼ちゃんのお尻の下に敷かれてる僕の足も痛い。


 主人公の足音のせいか、それとも礼ちゃんの奇声のせいかはわからないが、ゾンビはぐるりとこちらに顔を向けた。


「ぴっっっ! お、おおおに」


「鬼じゃないよ、ゾンビだよ」


「わかってるよ! お兄ちゃんはやく倒してよ!」


「倒しちゃったら検証できなくなっちゃうよ」


 抱きつくように掴みかかってくるゾンビを、一度屈んで躱して横へと回り込む。


「み゛ゃっ! あぶ、あぶない!」


「だーいじょうぶ、大丈夫。ふむ、素早さはそれほど高くないみたいだね。元人間様の攻撃アクションは一度発動すれば方向転換はできない、と。攻撃範囲もそれほど広くはなさそうだ。でも視界から完全に外れてもターゲットを見失うことはないんだね。ちゃんと逃げた方向に追ってくる」


「はっ、はやく倒してよおっ! わかっ、わかってるの?! お兄ちゃんがやられちゃったらレイチェルは一人でここに取り残されるんだよ?!」


「任せて任せて」


〈キャラコンえぐ〉

〈なぜそんなに冷静〉

〈レイちゃん反応良w〉

〈模範的なリアクションする妹悪魔を見習えよw〉

〈なんて声出してんだw〉

〈情に訴えてて草〉


 ここからちょっとゾンビとの距離を空けなくてはいけないので、一度通路側に背を向けて、エレベーターがあるほうの壁へと近づく。


「なんでそっち行くの! 逃げ道ないよ?! やられちゃうっ」


「思ったよりも元人間様の動作は緩慢だから掴まれたりはしないよ」


 大の男を簡単に組み伏すだけの筋力はあるはずなのに、ゾンビの動きは鈍い。礼ちゃんはやけに怯えているが、これなら四方を囲まれでもしない限りやられることはないだろう。


 ちなみに、一度でも掴まれれば簡単に死ぬ。おそらく掴まれたが最後振り解くことはできないし、一発でもゾンビの馬鹿力パンチを受けると主人公の貧弱装備では死んでしまいかねない。身につけているのは普通の衣服のみ。こんなもの、防御力という面で見れば裸も同然だ。


 ゾンビが追ってきているのを確認しながら壁際の端っこまで走り、ジャンプする。


「あっ、壁ジャンできない」


「なにしてるのっ?! やってるゲーム貴弾じゃないんだからね!」


「まあそれでも振り切れそうだからセーフだね」


「すぐ倒すかすぐ逃げるかどっちかにしてよ……。ゾンビ相手に舐めプしないで……心臓もたないよ」


「舐めプじゃないよ。検証してるだけ」


〈完全に貴弾やってる時の動きだった〉

〈視点移動がまさにそれ〉

〈体に染みついとるんやな〉

〈兄悪魔のリアクションを妹悪魔が担当しとるw〉

〈いい反応するなぁw〉


 ゾンビの攻撃を避けて通路へと向かったことで距離は稼げた。ゾンビの視界からは主人公の姿はなくなったが、おそらくゾンビは追ってくるだろう。


 ここからが検証の第二段階だ。適当なお店に入って、少し待っていれば検証結果は自ずと出る。


「あとは適当にお店に入っ……ぬいぐるみのお店がある! あのお店にするよ!」


「え、なんで? 一番近い雑貨屋さんでもよかったんじゃ……」


「あのお店じゃないといけなくなった!」


 かなりぎりぎりになってしまったけれど、どうにか二階の通路までゾンビが追ってくる前にぬいぐるみのお店に入れた。


 お店の中は無人かと思ったが、奇妙な配置の棚のせいで生まれている死角で小さな人影が動いた。床に落ちている何かを屈んで見ている。床に落ちているのは、何かのキャラクターのぬいぐるみのようだ。抱き枕くらいのサイズがある。


 小さな人影に近づくと選択肢が現れた。声をかける、肩を叩く、倒す、の三つだ。


「クリアリングクリアリング」


 もちろん『倒す』を選ぶ。すると次は銃とナイフの二択が出てきたので『ナイフ』を選択。このあたりの判断を間違う僕ではない。


 ぬいぐるみに気を取られている小さな人影を、後ろからナイフで仕留める。他にはゾンビはいないようだ。これでゆっくり漁れる。


「なあ゛っ!? なんで! なんで?!」


 と、思っていたら、がばっと礼ちゃんが物凄い形相で振り返って腕を掴んできた。ゾンビよりよっぽどこっちのほうがホラーだった。


「なんでって……銃使ったら音で寄ってきちゃうでしょ?」


「違うよ! こども! なんで殺しちゃったの?!」


「ああ、そっちか。こんな元人間様だらけのところで子どもが一人でいるわけないでしょ? 子どもの元人間様だったんだよ」


「いや、だからって……さっきのゾンビは生かしてたのに……」


「あの元人間様は仮説の検証に付き合ってもらってるから倒してないだけだよ。今はそれ以外の不確定要素は排除しなくちゃね。さっき礼ちゃんが言ってた通り、僕が死んじゃったら小さい礼ちゃんが一人になっちゃう。倒さずに済むなら倒さないけど、避けられないなら倒すしかないよね? 優先順位はこの名前も知らない元人間様の子どもより、小さい礼ちゃんのほうが上なんだから」


「そ、それはそうだけど、こう……うーん?」


「じゃあそういうわけで、漁ろうか」


〈これは悪魔〉

〈迷わなかったぞ〉

〈動きが暗殺者〉

〈サイコやん〉

〈やっぱりロリコンにはなれません〉

〈考える時間もなかったな〉

〈人の心はインストールされてないらしい〉


 まだ納得できていないのか礼ちゃんは首を傾げていたけれど、そちらは気にせずに店内を漁る。グレネードや弾薬、回復アイテムなどは見つけられなかったけれど、目当ての物は手に入れた。満足である。


 ぬいぐるみショップを出て、柱の影に隠れながら隣の雑貨屋さんを覗いてみる。


「いたね。さっきの元人間様」


「あ、ほんとだ」


「やっぱり多少の知性はあるんだね」


「これでなにがわかるの?」


「あの元人間様の立場に立って考えてみて? エレベーターホール前で人間を発見して襲いかかった。でも人間には逃げられてしまった。人間は通路側へと走っていく。だからそれを追いかけた。ここまではわかるよね」


「う、うん。ゾンビだもんね、人間がいたら襲いかかるし追いかけるよね」


「そこまでは『ゾンビの本能なんだろうな』で納得できるんだけど、問題はそこからなんだ。通路側へと追いかけたけれど、人間の姿が見当たらない……わかる? ここで一度、元人間様の追跡を完全に振り切ったんだ。なのに、あの元人間様はこの雑貨屋さんに入ってきてる。これは、ただ追いかけてきただけじゃ説明できない。頭を使って考えなきゃできないことなんだ。二階の通路は一直線で見晴らしもいい。近くには隠れられそうなものもない。なのにエレベーターホールから通路に入ってすぐ姿が見えなくなった。すぐ姿を消すためにはどうすればいいかってところまで考えて、あの元人間様は一番近くのお店、雑貨屋さんに入ったんだ」


「それじゃあ、今歩き回ってるのは……」


「探してるんだと思うよ、主人公を。お店の中まで入ったけど、それでも姿が見えない。ということはお店の中のどこかに潜んでいるんだ、って考えたんだろうけど……でも正直、店内を捜索するとまでは思わなかったね。これからは一度姿を見られたら倒すまで追われ続けるって覚悟しておいたほうがいいかも」


〈やっば〉

〈そんな賢かったんか〉

〈倒すから気づかんわ〉

〈ハイドで抜けるのむずそうだ〉

〈大丈夫かこれ?〉

〈やっぱごり押しが正解なんか?〉


 検証の第二段階も成果はあった。予想を超えて相手のタゲが外れないことには驚いたけれど、これもまた収穫だ。最後の最後まで追いかけようとしてくるのなら、それはそれで計算がしやすくなる。


 それでは検証の仕上げだ。ここで成功しなければ、このステージをクリアできる目処が立たない。


「さあ、最後の検証だよ。気合い入れて行こうか」


「お、おー……またゾンビ相手に舐めプするの?」


「検証のこと舐めプっていうのやめてね?」


 ゾンビが入店している雑貨屋さんの出入り口付近で足音を立てる。これはあくまでついでだけれど、音への感度がどれほどのものか調べておきたかった。


 少々距離があるためか、歩いた程度では見向きもしなかった。二歩三歩と走った時にようやくゾンビは振り返った。


 取り逃した人間を探していた時のゾンビの動きは普通の人間とほぼ遜色なかった。なのに人間を見つけた瞬間、スイッチが切り替わったようにゾンビが駆け出す。


 その豹変ぶりに、礼ちゃんはとてもびっくりしていた。こうなることはわかっていたでしょうに。


「わぴゃっ! もっ、ほら! お兄ちゃんが煽るから!」


「どこまで音を出してもいいかの調査だよ。わりと距離が近くても歩くだけなら見られない限り問題ないみたいだね」


 ついてきたことを確認してエレベーターホールへと走り出す。時折ちゃんと追ってきてくれているか後ろを振り返りながら階段を下りた。


「……ここでほかの元人間様に見つかるのは困るからなあ……」


「は、はやく逃げないと追いつかれちゃうよ!」


「焦らない焦らない。動きが結構鈍いって言ったでしょ? あと七秒から八秒は余裕があるよ」


 もののついでの気持ちで調べた足音への感度の調査がもう活きた。ゾンビの視線は通る位置だけれど距離があるおかげで音までは拾われない。他のゾンビについては視線さえ切れれば走っても大丈夫そうだ。


「階段下りてきた! きちゃったよお兄ちゃん!」


「やっぱり元人間様の特性も踏まえて作られてるのかなあ? 出来過ぎだもんなあ」


「のん気!」


 二階からすたこら走ってきたゾンビには悪いけれど、もう少しだけ走ってもらう。あと少しだ、頑張って。それで楽にしてあげられるから。


 追ってきているゾンビよりも違うところのゾンビに見つからないようにだけ気を使いつつ、元いた衣料品店──つまりはレイチェルが待つお店へと舞い戻る。


「お、お兄ちゃん! そこっ、レイチェルが!」


「そうだけど、でも他にマネキンを置いてある場所を見つけられてないからさあ」


「んあぁうっ? マネキン?!」


 レイチェルは大層驚かせることになるけれど、今だけは我慢してほしい。


 ダイナミックに駆け込み入店した主人公をマネキンまで走らせ、マネキンに借りていたポンチョを返す。全身暗褐色気味のコーディネートと特徴的なデザインのポンチョ、加えてフードを目深に被っていて顔がよくわからないこともあり、ぱっと見れば主人公と似ていないこともない。


 ポンチョをマネキンに着せたら、主人公は近くの物陰で縮こまって身を隠す。後はゾンビの到着を待つだけだ。


 やがて、どたどたと足音が近づいてきた。


 果たして。


「……成功だね」


「うそおっ?!」


 店に入ってきたゾンビは主人公には目もくれず、ポンチョを着たマネキンへと一直線に向かう。一度たりとも足を止めることなくそのまま掴み掛かった。


 検証は無事終了。これでどうにかショッピングモールから脱出する筋道は整った。首の皮一枚といったところだけれど。


 さあ、これまで長きにわたって検証に付き合ってくれたゾンビさんには感謝と哀悼の念を込めつつ引導を渡してあげよう。


「ご苦労様でした」


 別のゲームでも手慣れた作業だ。背後からナイフを一振り。白刃一閃。瞬きの間すらなく、首を刈り取る。


「え、なに……どういうこと?」


「多少知性があるのなら、姿も覚えるんじゃないかなって思ったんだよね。ほら、(からす)は人の顔も覚えられるなんて話があるでしょ? それに近い知性がもしあるのなら、ポンチョを着た人間っていうのを覚えさせてしまえば、稼いだヘイトをポンチョを着たマネキンに押し付けられるんじゃないかなって」


「ゾンビのタゲをポンチョっていう印象的なアイテムに集めて、それをマネキンに被せたってこと?」


「言い得て妙だね。そう。ヘイトもポンチョもマネキンさんに受け持ってもらったんだ。それができるかどうかの検証だった。実験成功だ。これでなんとかなりそうだね」


〈やば〉

〈賢者とサイコパスの間で浮遊する悪魔〉

〈なんで一周目でわかる?〉

〈草〉

〈賢すぎん?〉

〈もう怖いわ〉


 ゾンビの特性といい、このショッピングモールの初期位置といい、ちゃんと制作サイドはクリアできるように考えて作っている。なら、ここから使う必要不可欠なアイテムだってすでに用意されていると見るべきだ。


 ちゃんとヒントは散りばめてもらっている。なら、僕たちプレイヤーはそれを繋げていくだけだ。


「それじゃあここからもポンチョを着て、ショッピングモール中のゾンビからヘイトを買って、ここを抜けるってこと?」


「大まかな流れはそうなるね。元人間様からのヘイトはすべて『ポンチョを着た人間』に被ってもらう」


「でも……どうするの? このエリアってめちゃゾンビいるよ。同じやり方なら安全に倒せるだろうけど、二、三体一気に引き連れてきたとしてもかなり時間かかると思うけど……。それはちょっと、さすがに画が地味というか……」


〈たしかにw〉

〈作業ゲーになるわな〉

〈草〉

〈絵面が地味は草〉

〈一回二回ならともかくね〉


 さすが礼ちゃん、配信者としての大先輩。よく気がつく。


 変わり映えしない作業を何十分も、下手すれば一時間以上も繰り返していてはリスナーが退屈してしまう。


 いくら雑談で繋ごうにも限度というものはある。


 ゲームをクリアすることは大事だけれど、あくまでも配信者であることを忘れてはいけない。


 リスナーが見ていて楽しい面白いと感じるように、画的に映えるようにプレイするというのも配信者としての大事な要素だ。


 それはそれとして、配信を盛り上げることは大事だけれど、あくまでも僕は礼ちゃんの兄であることを忘れてはいけない。


 礼ちゃんが見ていて楽しい面白いと感じるように、魅力的なプレイをするというのもお兄ちゃんとして大事な要素だ。


 わざわざ見にきてくれた礼ちゃんに、今日の配信のハイライトを飾るような結果を見せてあげたい。


「心配しないで。あの倒し方はあくまで検証だよ。できるかどうか試しただけ。きっと豪快に、いや爽快にかな? なんにせよ満足できるものになると思うよ。ここからはお祭りだ。一発とはいえ花火も用意してもらってるんだから、盛り上げていくよ」


長かったゲーム配信も次でラストです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ