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23. エピローグ ーこの世界で生きていく意味ー

今回が最終回です!

「リリ。準備はいいか?」

「はい。父上」


 チャド族の正装に身を包んだ父の右肩に手を添え、新郎の待つ会場に向けて歩き始めた。


 今日は結婚式だ。


 ゼダ王子とダライ様から二度目のプロポーズをされたあの日から、1カ月が過ぎた。

 この日を迎えられたことが、夢の様に思える。


 ゼダ王子とダライ様に出会うまで、恋愛など、とうてい無理だと諦めていた。


 ゼダ王子は私が前世で心酔していた大魔術師リーンの孫だ。自信溢れる言動や表情が、華やかで逞しい見た目によく似合っていて、いつもキラキラと輝いていた。初めの頃は馴れ馴れしくて少し軽薄な印象だったが、いつからか騎士のように接してくれるようになった。それがとても嬉しくて、こそばゆい感じがしたものだ。

 魔王戦に挑む彼を助けたくて、私は戦場を駆け抜けた。正直、『戦女神』と呼ばれる働きが出来たのかは謎だが、あの時の高揚感と使命感を一生忘れることはないだろう。


 ダライ様は眼鏡が良く似合う知的な紳士だが、初めのうちはまともに目線を合わせてくれなかった。てっきり嫌われているのかと思っていたら、実は照れていただけだと分かり、逆にこっちが恥ずかしくなってしまった。私がネコール王国で何とかやっていけたのはダライ様がいたからだ。

 だから、途中で疎遠になってしまった時は本当に悲しかった。


「リリ、考え事か?」

「……はい。父上。……私……起きてます? 本当にするんですよね、結婚。あれ? 夢!?」

「夢じゃないぞ!?」


 父に「ガッハッハ!」と笑われて、本当に結婚するのだと実感が湧いてきた。

 結婚が決まった時、喜ぶ母とは対照的に父はしょんぼりと肩を落としていた。しかし、嫁に行くのではないことや、「そのうち孫に会えるかもよ?」という母の一言で、父は立ち直った。今日は上機嫌である。大好きな父に喜んでもらえただけでも、結婚出来てよかったと思う。


「父上」

「何だ?」

「大好きです。これからもよろしくお願いいたします」

「……っくうっ!!」


 しまった。式が始まる前から泣かせてしまった。

 父が落ち着くのを待って、広場に設置した大テントの垂れ幕を潜る。


 真っ直ぐに伸びた赤いバージンロードの先に、夫となる相手が見えた。


 着飾った沢山の種族が、色とりどりの花を抱えて私の歩みを見守ってくれている。巨人族だけでなく、エルフや妖精、獣人、人間の姿も見える。魔王戦で共に戦った人々の姿も見えて、目頭が熱くなった。本当に私は恵まれているのだと、喜びが胸に広がる。

 ……後で知った話だが、会場にはレダコート王国代表として、ゲームの攻略対象者であるパルマという青年もいたらしい。魔王戦で連合軍の総指揮官を務めたほどの優秀な魔法使いなのだが……地味すぎて気が付かなかった。実に残念だ。


「リリ」


 名を呼ばれて顔を上げると、間近に右手を差し出す夫の姿があった。実を言うと、式の準備などで忙しく、会うのは久しぶりだ。眩しそうに目を細める彼に、私は満面の笑みで応えた。


「本当に、私でいいのですか?」

「はい」


 心の奥から湧き上がる喜びを嚙みしめながら、私は父の肩から手を離し……ダライ様の手をとった。

 私はあの日、ゼダ王子ではなく、ダライ様を選んだのだ。


「本当に、本当に、私でいいのですか? 今ならまだ……」

「あなたがいいんです!!」


 ダライ様がしつこいので、思わず大声が出てしまった。

 穏やかな空気で包まれていた会場が、一瞬にして凍り付く。ダライ様もビクッと肩を震わせ、しゅん、と耳と尻尾が垂れ下がった。


(堂々とプロポーズしてくれた時のカッコよさは、どこに行ったのよ!?)


 こんなことで国父が務まるのだろうかと不安になる。


 ゼダ王子とダライ様が私を巡って対立したという噂は瞬く間に世界中に広まっており、今日集まってくれた人々の多くは、このゴシップに興味津々なのだ。そしてそのほとんどがゼダ王子推しであり、地位も容姿も王子に劣るダライ様が選ばれたことに疑問を抱いている。


 それが分かっているからこそ、今日はドンと構えていて欲しかった。


 ダライ様は地味だけどハンサムで、内面はもっとハンサムで、芯が強くて真面目で努力家で、シャイで可愛くて賢くて温かくて胸板厚くて意外と筋肉質で腹筋割れてて体幹強くて弓も一流で、声も低くて甘くて良い匂いするし、とにかく面倒見が良くて優しいナイスガイなのは私が一番良く知っている。


 けれども、今日は結婚式なのだ。一国の王女の伴侶として相応しい振る舞いをして欲しかった。


「何度も言わせないでください!」


 周囲が注目していることも忘れて、私はダライ様の胸倉をつかもうと手を伸ばした。

 が、勢い余って胸を跳ね飛ばしてしまった。

 ダライ様と別々に眼鏡が盛大に吹っ飛ぶ。

 

 会場から悲鳴が上がったその時。


「ダライ。やはりお前ではリリの相手は務まらんな! 俺に譲れ!」


 意気揚々と、祭壇の前にゼダ王子が舞い降りた。

 白地に緑の刺繍が施されたエルフらしい礼服に身を包み、金色の長髪を高く結い上げ、いつも以上に色気が増している。

 ゼダ王子の突然の登場に、会場から歓声が上がった。


「リリ! 今からでも遅くない。むしろちょうどいい。新たに結婚式を開く手間が省けるというものだ」

「ななななな何言ってるんですか!」


 倒れている新郎の目の前で堂々と新婦の手をとりキスをする王子に、女性陣から黄色い悲鳴があがる。何故かうち(チャド族)の野郎どもからも野太い声援があがった。『強い・デカい・かっこいい』ゼダ王子はチャド族でも大人気なのだ。デカさだけならダライ様も負けてないのに……!


「ちゃんと、お断りしたじゃないですか! 離してください!」

「だが、肝心のダライはこの期に及んでまだ覚悟が決まっていないようだぞ? せっかく身分が釣り合う様にと、父上が養子にしてくれたのに。同じネコール王国の王子として、俺は恥ずかしい。……それに」


 フッと、とゼダ王子は魅惑の笑みを浮かべた。


「お前は俺の事も愛していたんだろう?」

「そ、そりゃそうですけど……あっ! そうじゃなくて!」


 口が滑った。

 観衆の目は完全に私とゼダ王子に向いている。母に至ってはキラキラと目を輝かせ、映画でも見ているような雰囲気だ。ポップコーンとコーラがあれば、最高だろう。

 たしかに、祭壇の前で向かい合う私達を何も知らない人が見れば、ゼダ王子との結婚式だと思ったに違いない。


 下を見ると、ダライ様がショックのあまり突っ伏している。ヤバい。これはヤバい状況だ。


「違います! 私はダライ様を愛しているんです!」

「命懸けで俺を助けに来てくれたのに、か? あの時、リリは充分に戦える体ではなかったというのに、純粋な巨人族でありながら魔力を発動させるという奇跡までおこし、戦場に駆け付けてくれた。これが愛ではないと?」

「あの時は私も必死だったんです!」


 どちらかと言えば、今の方が必死だ。

 ダライ様に誤解され、破談されては元も子もない。


「ゼダ王子はこの世界にとって必要な方です! 絶対に死なせちゃ駄目だって……私はゼダ王子を助けるために生まれてきたんだって、本気で思ったんです! 身体が勝手に動いたんだから、仕方ないでしょう!?」

「ほほう? 俺のために生まれてきたと」

「だけど!」

「だけど?」

「あの時、確かに私は『ゼダ王子を助けられるなら、死んでもかまわない』って思ってました。でも、体が動かなくて、このまま何も出来ずに死んじゃうんじゃないかって、恐怖で震えてました。……そしたら、急に背中があったかくなったんです」


 はっ、とダライ様が顔を上げた。

 私はゼダ王子の横を抜けて、ダライ様に手を伸ばした。


「あなたの温もりだと分かったら、『ああ、死にたくないな』って思ったんです」

「……!!」

「ありがとうございます、ダライ様。あの時、来てくれて。……たった一人で。死ぬかもしれない戦場に。私を……私だけのために!」


 あの時の感情が蘇る。きっとあの時、私の運命は変わった。『この世界に生まれた意味』を探す人生から、『この世界を生きていく意味』を探す人生へと。


「ありがとうございます、ダライ様。いつも私を支えてくれて。私は、これからもずっと、あなたに傍にいて欲しいんです。どんな時も、何があっても、あなたと生きていきたい……!」

「リリ……!!」


 ダライ様は私の手を掴むと、勢いよく立ち上がった。そのまま私を抱きしめると、ゼダ王子から離れるようにクルリと回って祭壇に上がった。


 大きな両腕で抱え込むように抱きしめられながら、私はダライ様の唇を受け入れた。


(暖かい)


 じんわりと、胸の内から熱が広がっていく。

 『この世界に生まれてきた意味』は、ゼダ王子を救うことだった。ゼダ王子は私にとって特別な存在だ。だが、彼に対する想いは憧憬であり、乙女ゲームのキャラクターに没頭していた時の気持ちに近い。愛していると言われて胸の奥がギュウッと締め付けられたのは事実だが、何かが違っていた。どこか現実離れしていて、彼との未来が、どうしても想像できなかった。

 この先の人生を……『この世界で生きていく意味』は、ダライ様と一緒じゃなければ見つからない気がしたのだ。


「ダライ様。これからも、私の背中、支えてくださいね?」

「……もちろんです……!!」


 そう言うとダライ様は私から顔を離し、会場へと向き直った。


(ん? 会場? ……会場ぉぉぉぉ!?)


 結婚式だという事をすっかり失念していた。

 全員がうっとりと私達を見つめている。そんな中、ゼダ王子だけが寂しそうに微笑んでいた。


(……ああ……!)

 

 その笑顔に、ズキンと胸が痛む。

 ゼダ王子は、わざと道化を買って出たのだ。

 ダライ様を、皆に認めてもらうために。私がどうして彼を選んだのかを、知ってもらうために。


 それが分かったのか、ダライ様は眼鏡をクイッと上げて観衆を見回した。


「私は、ゼダ王子のように華やかでも強くもありません」


 あ、それは分かっているんだと、満場一致で会場が頷く。さっきとは別の意味で、ちょっと胸が痛い。


「ですが、リリを愛する気持ちは、誰にも負けません!」

「「「!」」」

「この人を愛するが故に、この人の気持ちを大事にしたくて、この人がもっと幸せになるなら身を引く覚悟もありました」


 そう言うと、ダライ様は私に向き直り、正面から見つめ合った。両肩に置かれた手が、とても熱い。


「ですが、先程あなたの気持ちを聞いて考えが変わりました。私は、誰に何と言われようと、あなたを離すつもりはありません! 私は、弓と矢のように、ずっとあなたの傍で、あなたをお支えします!」

「ダライ様……弓と矢は離れますよ? 凄まじく」

「……はっ……!」


 ドッと、観衆が笑う。

 せっかくカッコよくアピールするチャンスだったのに、テンパって失敗してしまうところが堪らなく愛おしい。

 カアッと顔を赤らめるダライ様の様子に、私は思い切り笑った。そして、笑顔のまま、彼の胸に飛び込んだ。


「ダライ様の放った矢は、私の心に刺さりまくりですよ」

「!」


 私は右手でダライ様の左手を取ると、高々と掲げた。


「わたくし、トルク王国王女リリは、ネコール王国王子ダライを婿に迎え、永遠の伴侶とすることをここに宣言します!!」


 わあっと、拍手とともに歓声が沸き起こる。

 父も、母も、義理の父となったゼノ王も温かい眼差しで見守ってくれている。大小様々な種族が一緒になって、私達の門出を祝ってくれている。


 私はこの日を一生忘れることはないだろう。


(あ……)


 視界の端、会場を去る広い背中が見えた。

 ダライ様も同じことに気が付いたのか、私の手をギュッと握った。


(分かってる。引き留めたりしない)


 観衆の声援に精一杯の笑顔で応えながら、私は心の中で深く、深く頭を下げた。


(ありがとうございます。ゼダ王子。どうか、あなたの進む道が光に溢れていますように)


 涙が一筋、笑顔の頬を伝った。


 ―――トルク歴318年。

 この日、一つの失恋と沢山の愛情に包まれながら、私とダライ様は夫婦になった。


 ◇◇◇◇


 この世界は美しい。


 煌びやかなエルフ。

 愛らしい妖精。

 モフモフの獣人。


 そして、愛する旦那様と、可愛い子供達。


 キラキラと温かな光に包まれながら、今日も私は弓を握る。


 結婚式から10年が経った。


 魔王戦で和弓の魅力が伝わったらしく、今では世界中から和弓を習いにトルク王国へと冒険者や騎士達が訪れるようになった。普通の弓よりも造りが難しいため、浸透するのは難しいだろうが、いつかスポーツとして世界大会が開けたらいいなと思っている。


 風の噂によると、ゼダ王子はネコール王国の貴族の中から妻を娶ったらしい。それが恋愛結婚であったのか、政略結婚であったのかは分からないが、幸せでいて欲しいと、切に願う。


「リリ。土木事業の予算の件で相談したいのだが……」

「はーい! もう一本撃ってから行くから、ちょっと待っててね、ダライ」


 王となった私は、今日も大忙しだ。

 さすがに元文官だけあって、『優秀過ぎる補佐官』としてダライ様も大活躍中だ。


(ああ、幸せだな)


 弓に矢を番え、ふう、と息を吐く。

 心を鎮めて弓を引くと、すっと静謐が訪れる。


 ふと、この世界に生まれてきて本当に良かったという気持ちが沸き起こった。


 きっとこれからも、愛する人たちとこの世界で生きていける喜びを噛みしめながら、私は生きていくだろう。


 指から、矢が離れる。


 矢は緩やかな弧を描きながら、ゆっくり、ゆっくりと光の中に消えていった。


評価、感想、ブックマーク、ありがとうございます!

やっと、やっと完結しました! 

いやあ、難産でした(泣)途中で心が折れそうでしたが、何とか最後まで辿り着きました。

最初のプロットでは、ゼダ王子とエンディングを迎えるはずだったんですが、途中から迷子になってしまい、最終的にダライ様に到達しました。ごめんね、王子!


最後までお付き合いいただき、本当~~~にありがとうございました。

これでようやく新しい作品に取り掛かれそうです。

これからもジュゴンをよろしくお願いいたします。

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