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第70話「ヴァンブルク城攻略戦」

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 サヴァラン砦の守将であった公弟シュマイザーの行方は、すぐにわかった。単身で潜伏しているならともかく、行軍しているのだ。農民たちに聞き込みをすればすぐにわかる。



「シュマイザー隊はジェスト砦とかいうとこに逃げ込んだらしい」

 俺は地図を広げ、トッシュたちと打ち合わせをする。ここでの俺たちは通信要員に過ぎないが、状況を把握しておかないと正確な通信ができない。



「国王軍がシュマイザー隊の逃亡兵を捕らえた。彼らは自分の村に戻っていたから、捕まえるのは簡単だった。もちろん、手荒な真似はしていないぞ」

 ディハルト参謀はその辺りの加減を間違えないので、なかなか見所があると思う。彼らの扱いを間違えると、デギオン領を統治するときに響いてくる。



「シュマイザーは行軍速度を最優先したので、多数の脱落者が出たようだ。もともとみんな逃げたがっていたから、夜陰に紛れて脱走した兵も多いと思う」

 するとトッシュが苦笑する。



「守っていた砦を捨てることになって、別の砦でまた籠城戦だもんな。俺なら絶対に逃げるぜ」

 スピネドールが後輩の頭をコツンと叩く。

「自慢になるか。だが言われてみれば道理だな。連中は近くの村に家がある。家族が恋しくなっても仕方ないだろう」



 意外にも「家族」というところを気にしているスピネドール。

 もしかすると、彼は結構家族想いの少年なのかもしれない。

 いずれにせよ、俺も異論はない。



「二人の言う通りだ。脱走兵の話によると、シュマイザーは最初の脱走兵を処罰しなかった。彼らを先導として脱出したようだが、そのせいで軍紀が緩んだな」

 苦渋の決断だったろうが、脱出に成功した代償として多数の脱落者が出てしまった。



「シュマイザー隊はおそらくかなり減っているが、これはシュマイザーとしても織り込み済みだろう。むしろ少し減った方が都合がいい」

「ふーん。……え、どうして?」

 アジュラが首を傾げたので、俺は苦笑する。



「砦の収容人数には限界があるからだ。砦に蓄えた兵糧も早く底をついてしまう」

 籠城したら外にほとんど出られないから、砦の中が生活の場所になる。寝床が足りなくなれば床で寝て戦うしかなくなるし、厠も順番待ちになる。士気が下がってしまう。



「ジェスト砦の守備隊は300程度と推測されている。砦の規模もサヴァラン砦より一回り小さい。サヴァラン砦の守備隊を全て入れるのは無理だから、士気の低い者を敢えて脱走させたんだろうな」

 苦肉の策だ。脱走は脱走を呼び、さらに士気を下げる。

 とはいえ、今のシュマイザーに他の選択肢はない。



 それを聞いたマリエがつぶやく。

「気の毒だけど、シュマイザーをそこから出す訳にはいかないのよね」

「ああ。既に国王軍が包囲している。諸侯からの援軍が到着したので、ジェスト砦の包囲に参加してもらうそうだ」



 後詰めとして到着した軍勢は、日和見した貴族たちが送ったものだ。形勢不利となれば真っ先に逃げ出すだろうし、下手をすればデギオン公側に寝返るかもしれない。

 あまりアテにならないので、ジェスト砦の包囲をやらせておく。それに日和見貴族に軍功を立てさせたくないというのが王室の意向でもあった。



「とりあえずシュマイザーの居場所は突き止めた。兵力も士気も乏しく、他の戦力からも分断されている。脅威ではないな。頃合いを見て降伏を勧めよう」

 そんな話をしていたら、ディハルト参謀がやってきた。



「ジン殿、朗報です。ヴァンブルク城の脱走兵を保護しました」

「こっちも脱走兵ですか」

 これは戦わずして勝てるかな?



 ディハルト参謀の説明によると、昨夜未明にヴァンブルク城から数名の兵がこちらの陣地に逃げ込んできたらしい。ヴァンブルク城は川と国王軍に包囲されているから他に逃げ場はない。

「やはり帝国の軍旗を掲げたのが奏功したようです」



 ディハルト参謀は安堵の表情を浮かべつつ、当直兵に命じて全員分の温かい紅茶を運ばせた。

「サヴァラン砦の陥落と、公弟シュマイザーの寝返り疑惑。そして帝国からの援軍が嘘であること。これらが立て続けに起きたので、デギオン公の軍は士気がガタガタだそうですよ」



 無理もないか。俺はつぶやく。

「デギオン公の人望も地に落ちたのではありませんか?」

「ええ。実弟への救援を出しませんでしたし、帝国軍が救援に来ると嘘をついていたのがバレたそうですからね。敗色濃厚で籠城戦をしている兵にとっては、もうやってられませんよ」



 ディハルト参謀は帝国の軍旗を陣中に掲げさせると同時に、城内に向けて降伏を勧める矢文を何度も放っている。中には暗号めいたものも混ぜ、守備隊に内通者がいるようにも見せかけているという。

 人の心の弱みにつけ込むのが上手い男だ。ちょっと怖いな。



「脱走兵の話によると、ヴァンブルク城の騎士2名が寝返りの意志を示しているそうです。ギルメット卿とデルマ卿、いずれも守備兵100人ほどを預かる隊長です」

「うん?」

 俺は何か引っかかるものを感じた。

「脱走兵がなぜそんな重要な情報を?」



「ああ、そのことですか。脱走兵の1人がギルメット卿から預かった密書を携えていました。我が軍の矢文に対する返書です。脱走兵の一部は連絡要員として、ギルメット卿が意図的に逃がしているようですね」

「そんなことが……」



 事実なら、ギルメット卿の寝返りの意志はかなり固いと見てもいい。計画的なものだ。

「密書によると明日の夜、西の城門を開いて我が軍を招き入れるそうです。ギルメット卿は西門の守備隊長だそうで。その代わりに騎士としての身分と領地を安堵してほしいとのことでした」

「ふむ」



 俺がうなずくと、ディハルト参謀はフッと笑う。

「これもジン殿のおかげですよ。守備隊の士気は崩壊寸前ですから、城内に突入できれば瞬く間に決着がつくでしょう」

「確かに理想的な終幕ですね。敵の話が真実なら、ですが」



 俺は静かに答えると、ディハルト参謀が笑うのをやめて真顔になった。

「確かに……こちらの思惑通りに事が運ぶので、少し浮かれていました」

「ええ。順調なときほど用心した方が良い気がします」

 俺は立ち上がった。


   *   *   *


【偽計の将ギルメット】


 夜の闇が全てを覆い隠していた。篝火が届かない場所は完全な暗闇だ。

「隊長、これより城門を開きます」



 守備隊の兵士からの報告を受けて、デギオン公の騎士ギルメットは腰の長剣を抜いた。完全武装の部下たちに薄く笑いかける。

「おう、アホどもの面でも拝みに行くか」



 騎士デルマが国王軍への投降を画策していたことに気づいたデギオン公は、デルマを謀殺すると同時に一計を案じた。腹心の騎士ギルメットに偽の寝返りを指示したのだ。



 騎士階級の投降であっても、国王軍は容易に信じるだろう。今の状況なら全く不自然ではない。事実、デルマは投降しようとしていた。

(悪いな、デルマ。お前の領地は俺がもらうぜ。だがその前に一仕事せんとな)



 西門の中庭は完全に封鎖され、城門から入った敵は中庭で立ち往生することになる。ギルメット隊は中庭を囲むように弓兵を配置していた。侵入してきた敵を皆殺しにするためだ。

「敵が入ってきたら俺が応対する。命令するまで手は出すなよ」



 ゆっくり城門が開く。落とし格子も引き揚げられ、西門は完全に開放された。

 城門の先は真っ暗闇だ。

「さて、国王の犬どもは……」

 それがギルメット卿の最後の言葉になった。


   *   *   *


『2番砲、着弾確認。中庭に命中』

『3番砲、発射せよ』

『3番砲、着弾確認。城壁に着弾。照準修正します』

『4番砲、発射せよ』



 遥か遠くで閃光と轟音が夜陰を貫き、国王軍の火砲がヴァンブルク城の西門を襲っている。

「良い調子です。城門を閉じさせないよう、撃ち続けてください」

 後方の本陣でディハルト参謀が地図を広げ、地図上に配された部隊マーカーを動かしていた。



「工兵隊に伝達。『第2段階開始。砲声に紛れて城壁に接近せよ』とお願いします」

「はい! 工兵隊に『第2段階開始。砲声に紛れて城壁に接近せよ』と伝達します!」

 本陣に詰めている30人ほどの魔術師たちのうち、工兵隊との連絡を担当するアジュラが元気に叫んだ。



 一方、砲兵部隊との連絡担当たちは、砲兵部隊に配備された魔術師たちからの念話を受信していた。

「1番砲、装填完了」

「17番砲、着弾確認。中庭に命中」



 各砲には護衛部隊がついており、夜陰に紛れてあちこちに分散配置されていた。

 真っ暗闇の中で大砲をドカドカ撃っているので、砲兵たちは周囲の状況が全くわからない。戦場での通信手段は太鼓やラッパだが、今は轟音で何も聞こえないからだ。

 だが念話のおかげで、彼らは本陣からの指示を的確に受け取っている。



「6番砲、不発。砲身の点検と清掃中とのことです」

「わかった、それでいい。7番砲を繰り上げ発射」

 俺は砲兵部隊の命令を統括しているので、この程度の案件はディハルト参謀の指示を待たずに処理する。



 ディハルト参謀が俺をちらりと見て、それから苦笑した。

「部隊単位ではなく砲1門ごとに魔術師を随伴させれば、分散配置された各砲が連携して夜戦でも砲撃できる。しかも本陣からの指示がきちんと届く。素晴らしい」

 遠くで瞬く砲火を見てから、彼はしみじみと言う。



「やはりジン君には希有な軍才がありますね」

「いえ、師匠の『書庫』で少し調べただけです」

 師匠が見てきた『神世』では、これが当たり前の運用のようだ。全ての兵器が電波通信で連携し、極めて複雑な作戦を遂行できる。



「それよりも大砲の砲身がそろそろ限界です。工兵隊からの報告はありませんか?」

 ちょうどそのとき、工兵との通信を担当するアジュラが叫んだ。

「工兵隊から報告! 城壁の真下まで接近完了だって!」



 すかさずディハルト参謀が命じる。

「砲兵隊、第3段階です。攻撃目標変更。右上の胸壁を攻撃」

「了解、各砲に通達します! 攻撃目標を右上胸壁に変更!」



 城壁の最上部にある胸壁には、多数の射手が潜んでいる。これを胸壁ごと吹っ飛ばす。

 その間は城門には着弾しないので、工兵隊が爆薬を仕掛けるという作戦だ。待ち伏せがわかっているのに、わざわざ突入なんかしない。



 密書を携えた脱走兵は、ギルメットとかいう騎士の手先だった。

 何も知らないふりをしていたが、密書を託す使者に選ばれるほどの兵士だ。少し尋問したら「偽証」の魔法に反応したので、悪いが記憶を読み取らせてもらった。



 それによるとギルメットはデギオン公のお気に入りだし、もう一人の騎士デルマは国王軍への投降を企んだとして既に殺されている。

 つまり両者の連名で密書が作成されることはまずありえない。罠なのは明白だった。



 アジュラが叫んでいる。

「工兵隊、第3段階よ! 急いで爆薬を仕掛けて! あんまり待てないわ!」

 重い爆薬を運んでいる工兵たちには悪いが、城門への砲撃が止むと敵が動き出す。その前に城門に爆薬を放り込んでもらい、城門を完全に破壊しなくてはいけなかった。



 俺がハラハラしながら見守っていると、やがてアジュラが嬉しそうに叫ぶ。

「工兵隊、爆薬設置に成功! 点火確認後に撤収完了ですって!」

 次の瞬間、重い轟音が響いてきた。遠く離れた本陣にまで地響きがしてくる。



 そして通信。

「ヴァンブルク城の西門、周りの城壁を一部巻き込んで倒壊しました。あと建物の一部が炎上中だそうです」

 監視部隊からの連絡を受けたトッシュが報告すると、本陣に詰めている魔術師や士官たちが歓声をあげた。



「攻城部隊突入! 夜明けまでにヴァンブルク城の西側を制圧せよ!」

 ディハルト参謀の命令が全軍に通達された。

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― 新着の感想 ―
[一言] 通信兵が入ると、戦争の様相が一変しますね。
[一言] 少し気になったのですが、今回は確かに罠だった訳ですが、騎士デルマは本当に裏切ろうとしてた訳ですし、何らかの手段で確認が取れての砲撃だったのでしょうか? それとも、本当に裏切るつもりだったとし…
[良い点] 怖いくらい上手くいきましたね。 [気になる点] これで戦は終わりですかね。 [一言] 魔術師にとって大きな功績ですね。
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