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第66話「隠者の烽火」

066



 燃え上がる森を見上げながら、タロ・カジャが分析した。

「北からの強風が山の斜面を駆け上がり、火勢を強めている模様です」

 ヴァンブルク城は風上だから火計が使えなかったが、サヴァラン砦は風下だ。



 俺は友軍からの念話に耳を傾け、戦場の隅々にまで注意を向けていた。

 トッシュたちや王室直属の魔術師たちが、配置された部隊に随伴してリアルタイムの報告を本陣に届けている。



『王立第6騎士団がルッケン砦からの敵歩兵600を撃退しました。双方の損耗は軽微です』

『北側第2監視地点より報告。上流からデギオン家の軍旗を掲げた軍勢800が川沿いに進軍中』

『石橋付近に敵影なし。工兵隊は引き続き爆破待機中です』

 全ては順調のようだ。



 それにしてもこの山、よく燃えるな。

「デギオン公は、今ごろさぞかし困っているだろう」

 俺は少しだけ彼に同情した。

 するとタロ・カジャが質問してくる。



「いくつかある砦の1つが攻撃されたところで、そこまで困らない気がしますけど……」

「軍事的な側面ではな。だが戦には様々な側面がある」

「どういうことですか?」



「サフィーデ貴族の絆は、これまでに見てきただろう? 彼らは王室への忠誠や祖国への愛情よりも、貴族同士のつながりを重んじる。特に縁故で結びついた貴族同士はな」

「そういうものですか」

 なんとなく納得できていないようだが、使い魔はそれぐらいでいい。

 人間心理に通じた使い魔は危険だ。



 俺はヴァンブルク城から狼煙が上がっていないか注意する。タロ・カジャの処理能力を通信と分析に割り振っているので、今は索敵範囲が狭い。

「あの砦にいるのはデギオン公の実弟だ。デギオン公にとっては最もつながりが深く、心から信頼している存在だろう。少なくとも皆がそう思う」



「うーん?」

 タロ・カジャにはよくわからないらしく、首を傾げている。

「するとどうなるんですか?」

「そんな大事な弟が今、兄の目の前で焼き討ちされている訳だ。まあ……この程度の山火事で死にはしないだろうが」



「ううーん……?」

 タロ・カジャはさらに首を傾げる。

「よくわかりません」

「実弟の苦境に援軍を出さないデギオン公を見て、家臣たちの一部は主君を冷酷な男だと軽蔑するだろう」



 戦争をするときにいちいち情に流されていたら勝てるものも勝てないが、サフィーデ人の大半は戦争慣れしていない。どうしても日常の感覚で物を見てしまう。

「そしてこれはデギオン公兄弟の問題だけではない。城と砦は相互に連携し、互いを守るようにできている。だが今、サヴァラン砦を守る味方はいない」



「でもそれ、国王軍が街道の南に陣を張って敵を遮断しているからですよね?」

「そうだな。下流の砦から偵察がちらほら来ているが、国王軍の規模を見て引き返している」

 敵の援軍を阻むためだけに2千も派遣したからな。砦にはそれぞれ数百程度の兵しかいないので、これを突破して救援に行くのは無理だろう。



「上流の砦にしても、大半の橋を焼かれて援軍に行けない。残った橋はひとつだけだが……」

 そう言ったとき、背後で轟音が響く。続いて銃声が連続して鳴り響いた。

「あるじどの、石橋が爆破されました。対岸にいる敵が引き返していきます」

「こちらの鉄砲隊が撃ちまくっているからな」



 これでしばらくは北側の敵は無視できるだろう。北側の敵はどこかで川を渡らないと、こちらに来ることができない。

「このように、他の砦にはサヴァラン砦を救出するだけの力はない」

「なるほど」



「そうなるとヴァンブルク城から救援を出すしかない訳だが、デギオン公は出てこない。出られないんだ」

「なぜです?」

「城門を開けた瞬間、国王軍が反転して城門に突撃してくるのがわかっているからな」



 ヴァンブルク城のひとつしかない城門の前には、まだ6千もの兵が待ち構えている。城門を開いて敵が出撃してくれば、二本の川を挟んだ地形で殺し合いだ。

 そして橋は全部破壊したので、逃げることも援軍を期待することもできない。



「デギオン公は時間を稼ぐ必要がある。それも年単位でな。今ここで城門を開き、ほぼ全軍で出撃するのは危険すぎる」

 デギオン公は兵力を損耗しても簡単には補充できないから、用兵は慎重になる。



 一方、国王軍は貴族たちからの増援を期待できる。国王軍優勢だとわかれば、日和見貴族たちも一斉に動き出すだろう。ぐずぐずしていたら戦後処理で処罰されかねないからだ。

 だからデギオン公は軽々しく動けない。両軍が激突して双方の被害が同程度なら、デギオン公は圧倒的に不利になる。



「出撃すれば死期を早め、見捨てれば士気が下がる。難しいところだな」

「で、どっちになるんですか?」

 それはデギオン公の判断次第だ。だがどちらに転んでも、こちらには有利となる。



「デギオン公は絶対に負けられない戦いをしている。そう考えると、やはり慎重な選択をするだろう。ここで弟を救援しても、戦に負けてしまえば弟を救えないからな」

「で、その間にサヴァラン砦の周辺の山は丸焼けになる訳ですね」

「そうだ。森がなくなれば兵の動きは丸見えになる。もう奇襲もできまい」



 するとそこにレイヌが血相を変えてやってきた。サヴァラン砦の守将シュマイザーの妻だ。

「魔術師殿!?」

「どうされたのですか、レイヌ殿。ここは戦場ですよ」



 レイヌは真っ青になっている。

「夫を……夫を焼き討ちになさるのですか!?」

「そうなるかもしれません。ディハルト殿のお考えと、シュマイザー殿の出方次第ですが」

 表向き、俺はあくまでも通信係だからな。



 ただ、これだけは言っておこう。

「シュマイザー殿は降伏せぬと仰いました。デギオン公に与して戦うのであれば、国王陛下とその騎士たちは全力でシュマイザー殿を打ち倒します」

「それはそうですけれども……」



 レイヌは気が気でないらしく、ハンカチを握りしめて山を見上げている。気持ちはわかる。俺も故郷を焼かれたからな。

 だがそれでも、この火を消す訳にはいかない。



 だからなるべく優しく、こう言った。

「ここで陛下の軍勢が手心を加えてしまえば、シュマイザー殿を愚弄したことになりましょう。この陣にいる将兵は皆、シュマイザー殿を高名な騎士として尊敬していらっしゃいます。だから本気でお相手せねばと考えているのです」



 レイヌは俺を見て悲痛な表情をしているが、覚悟が固まってきたらしい。無言で小さくうなずく。

 よし、もう一押しだ。実はここからが重要なので、俺は慎重に言葉を選ぶ。



「それともうひとつ。互いに本気で戦わねば、デギオン公がシュマイザー殿の忠誠をお疑いになるかもしれません。敵方との内通を疑われた将は、往々にして悲惨な最期を遂げます。それだけは絶対に避けねばなりません」

「それは……!」



 レイヌが息を呑む。俺はサフィーデの歴史にそこまで詳しくないが、やはり過去に色々あったのだろう。

 レイヌはしばらくハンカチを握りしめて必死に耐えていたが、やがて振り絞るように言った。



「では、どうか……どうか夫に武門の誉れある戦いを、させてやってくださいませ……」

「私はただの従軍魔術師ですので何の権限もありませんが、ディハルト殿にそうお伝えしておきます」

 それから俺はにっこり笑う。



「ディハルト殿はシュマイザー殿を何とか降伏させたいとお考えです。私たち魔術師も全力でお手伝いしますので、今しばらくお待ちください」

「まだお若いのに、なんという気配りを……。ありがとうございます、魔術師殿」

 レイヌはそう言って、静かに頭を下げてくれたのだった。

 俺の方がだいぶ年上なんだけどな。



 彼女が去った後、俺はタロ・カジャに問う。

「今の策略がわかるか?」

「ぜんっぜん、わかりません……」

 しきりに首をひねりながら、黒猫の使い魔は「うーん?」と唸り続けていた。


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