第60話「シュバルディンとスバル・ジン」
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ビアジュ家の新当主ギュレーは、深刻な表情をしていた。
「そうですか、僕の知らないところでそんなことに……」
この様子だと、彼は父親宛の「焼き菓子」は食べていないようだ。
「釈明させてください。僕はビアジュ領の領主であると同時に、サフィーデ王室に仕える騎士でもあります。そのどちらも筋を通すつもりでいます」
ギュレーは懐から鉄鎖を取り出すと、壁に掛けた。
それから彼はちらりと俺を見る。
「おや、驚きませんか?」
使い魔に調べさせていたから当たり前だが、俺は適当にごまかしておく。
「知っていましたから。懐の不自然なたるみと、微かな金属音。鉄鎖しかありえません」
「なるほど、国王陛下の懐刀だけのことはありますね」
誰が国王の懐刀だ。
ギュレーは真剣な表情で俺に向き直る。
「さあ、これで僕は丸腰です。僕の忠誠にもし一片でも偽りがあれば、この首を差し出しましょう」
本気で言ってるな。『偽証』の術にも反応はない。
彼はこう続ける。
「ここから先は僕が当主として全権を握ります。父上には邪魔させません。何かあれば僕が父を討ちます。どうか当家を御信頼くださるよう、陛下とゼファー様にお伝えください」
「わかりました、学院にそう報告します」
俺はあくまでも一介の学生だからな。見た目も完全に若造だし。
だがそのせいで、俺はギュレーと重大な相談ができない。せっかく一対一で交渉できる機会だというのに、これはちょっともったいない気がする。
だから俺は一計を案じて、少しズルをすることにした。
「ゼファー学院長は多忙なのでお呼びできませんが、シュバルディン教官長なら魔術でお話して頂くことも可能です。お呼びしましょうか?」
「ああ、父上が仰っていた例の術ですね」
ギュレーは一瞬だけ考える様子を見せたが、すぐにうなずいた。
「お願いします。当家の命運がかかっていますので」
「ではおつなぎ致しましょう」
俺は澄ました顔でうなずき返し、呪文を唱える。ただし『念話』ではない。
幻術はあまり得意な方ではないが、保存している画像を平面に映し出すぐらいなら簡単だ。
すぐに壁に気難しそうな老人の姿が投影される。昔の俺だ。
『お初にお目にかかります。マルデガル魔術学院で教官長を務めております、シュバルディンと申す者です』
幻術で作った俺の声で挨拶すると、ギュレーは慌てて一礼した。
「はじめまして、ギュレー・ルイヌ・ビアジュと申します。あなたが隠者と名高いシュバルディン様ですか」
『そのように呼ばれることもあるようですが、ただの一学徒に過ぎません』
隠者が名高いのは、ちょっと困りものだな。俺は内心で溜息をつく。
『事情はそこの生徒からうかがっております。このような簡略な方法で恐縮ですが、貴家のためにできることを御相談しましょう』
さて、どうなることやら……。
* * *
【畑のトッシュ】
「田園は季節によって、さまざまに姿を変えます。播種の頃は地面が柔らかく戦闘には不向きですが、麦が生い茂ってくると乾いた草原です」
サフィーデ軍のディハルト参謀が指揮杖で麦畑を指し示す。
「収穫直前なら麦畑に兵を隠すことができます。黄金色に実った麦の穂は燃えやすいので、麦畑に隠れた敵には火を放つという手もありますね」
ディハルト参謀の言葉に、トッシュはしかめっ面をする。
「そんなことしたら、村の人たちが困りますよね?」
「戦争だからね。困る程度で済めば儲けものだよ」
淡々と言うディハルト。
「今トッシュ君が気づいたように、畑への放火には食糧を奪うという一面もあります。敵の領地に侵入して畑に放火しまくる戦術もあり、敵にやられると深刻な被害が出ます」
「サフィーデ軍はしませんよね?」
ユナが恐る恐る言うと、ディハルト参謀はにっこり笑った。
「我が軍は他国への侵攻を考えていませんからね」
「よかった……」
するとナーシアがぽつりと言う。
「他国に侵攻する必要が出てきたら、やるってことだよね……」
「もちろん勝つためには何でもやりますが、後々の住民感情を考えると避けたいですね。サフィーデの一般兵には農村出身者が多く、兵たちが心情的に嫌がるというのもあります」
淡々と述べるディハルト参謀だったが、ふと笑顔を見せる。
「ですが、そんなことをしなくても済むように、あなたたちが頑張ってくれるのでしょう?」
思わずみんな大きくうなずいてしまう。
「はい!」
ディハルト参謀はにっこり笑い、こう言った。
「では講義を続けましょう。農村部で防衛線を構築する方法について説明します」
シュナン村の地図を取り出し、野外に設置したテーブルの上に広げるディハルト参謀。
彼は手際よく駒を並べながら、さらに言う。
「魔法が使えそうな場面があれば、それも教えて頂けると助かります」
するとスピネドールが腕組みしながら、真顔でつぶやく。
「なるほどな。戦場での魔術師の使い道を調査するのが軍の目的か」
「御明察です」
ディハルト参謀はにっこり笑った。
(おっかねえな……)
トッシュは首をすくめて、スピ先輩とディハルト参謀のやりとりから目をそらした。
(こういうのは実家でさんざん見たけど、俺には向いてないよ)
それよりも畑の景色でも眺めていた方がいい。遠くで農民らしい男性が休憩していた。草刈り鎌と布鞄を傍らに置き、パイプを吸って一服している。
のどかな風景だ。
麦は余計なことを言わないし、戦争もしない。
(来世は麦がいいかな……。でも収穫されるのはめんどくさいな。いや待てよ、ほかほかの焼き立てパンにもなれそうだし、案外悪くないか?)
そんなことをぼんやり考えていたトッシュは、ふと気づく。
「そういや、ジンはまだビアジュ家なのか?」
「ええ、そうみたい」
答えたのはマリエだ。彼女はジンのことなら何でも知っている。
「……そっか」
トッシュはうなずくと、腰に鉈を差す。
それからすたすたと歩き出した。
「トッシュ、どうしたの?」
マリエの問いに、トッシュは答える。
「あのおっさん、自分の村で農作業してる割に荷物が多すぎるぜ。薬篭や銅貨袋をベルトに吊ってるけど、自分の村でそんなもん持ち歩く必要はないだろ?」
薬は高価な上に保管が難しいので、自宅の薬箱から持ち出さない。薬篭は旅人の道具だ。
また、商店のない農村では金銭の支払いがほとんど発生しない。お互いに顔見知りなので、払うときも月末にまとめるのが普通だった。
「この距離からよくそこまで見えるわね」
「目はいいんだ」
トッシュが大股で歩き出すと、その男は立ち上がって村外へと歩き出した。
「おい、あいつ逃げたぜ。追おう」
するとアジュラが慌てる。
「ちょっと、なに勝手なことやってんのよ!?」
「だってジンは忙しいんだろ? 今ここにいるのは俺たちだけなんだ」
トッシュは走り出す。
「待ちなさい、トッシュ! ジンに連絡するから!」
マリエが背後で叫んでいたが、トッシュはもう聞いていなかった。
* * *
『そいつは参ったな』
俺はマリエからの緊急連絡を受け、眉間にしわを寄せる。
こちらは今、シュバルディン教官長がギュレーと会談中だ。
俺はここから動けない。俺がいなくなれば、幻術で作ったシュバルディン教官長が止まってしまう。もちろんギュレーとの会談も中断だ。
その場合、ギュレーは「ジンがいなくなっただけで、どうしてシュバルディンとの会談が中止になるんだ?」と疑問を抱くだろう。
スバル・ジンがシュバルディンであることは、誰にも知られてはいけない。
俺は今、スバル・ジン兼シュバルディンとしてここにいるので、完全に身動きできない状態だった。
『すまん、そっちはマリエ1人で頼めるか?』
『坊やのお守りぐらいなら問題ないはずよ』
マリエが得意とするのは治癒術だし、万が一のことがあっても何とかなるはずだ。
あっちにはディハルト参謀がいるし、彼の護衛が数名いる。
いざとなればスピネドールの護衛たちも動くだろう。
俺は彼らを信じることにして、このまま交渉を続けた。
『いかに国王陛下といえども、デギオン公の謀反の証拠をつかまねば討伐はできんでしょう。言いがかりをつけたと思われかねない』
するとギュレーが困ったような顔をする。
「シュバルディン殿の仰る通りです。では当家に、その証拠集めをせよと?」
『して頂けますかな?』
映像の中の俺が微笑む。あいつ悪いヤツだ。
ギュレーはますます困った顔になる。
「反乱阻止の功績と引き換えに王室に取りなして頂くというのはわかります。しかし世間からリープラント家を見捨てたと思われますと、当家はこの地でやっていけなくなります」
貴族ってのも大変だな。安定した治世が長く続いたので、身動きが取りづらくなっているのだろう。
だがその悩みは、そこの三賢者シュバルディンとやらが何とかしてくれる。
『ではリープラント家もデギオン公から離反させましょう。ビアジュ家もリープラント家も謀反の陰謀を内部から阻止した功労者、ということにすればいいのですよ』
「そんなことが本当に可能ですか?」
『確約はしかねますが、見込みがあるからこそ申しておるのです』
俺は映像の俺にそう言わせてから、こちらを向かせる。
『ジンよ。策を授けるゆえ、お前に一働きしてもらおう』
俺は虚像に向かって深々と一礼してみせた。
「はい、教官長」
とうとう自分にまで無茶振りされるようになったぞ。
人生というのは何年生きても新鮮なものだな。




