第59話「調略の始まり」
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そして俺は渋々、ビアジュ家を訪問していた。
「マルデガル魔術学院特待生、スバル・ジンです」
「ようこそ、ジン殿。お待ちしておりました。ギュレー・ルイヌ・ビアジュです」
ビアジュ家の新当主は、先代の長男だ。
20代の男性で、歳に似合わず落ち着いている。素朴で真面目そうな印象で、よく鍛えられた戦士の体格をしていた。
使い魔の報告によると、彼は普段から懐に鉄鎖を忍ばせている。強力な隠し武器だ。丸腰だと思って斬りかかると頭を砕かれるだろう。
貴族には武芸を趣味にしている者も多く、こういう変わり種の使い手がいる。そういえば投げナイフの得意な王もどこかにいたな。
そして彼の隣には、顔色の悪い先代当主が座っていた。
久しぶりだな。元気にしてたか?
俺が先代当主に軽く会釈すると、向こうは顔色が悪いまま会釈で応じてきた。
すかさずギュレーが口を開く。
「いかがですか、シュナン郷とビホーク郷の様子は?」
事実上没収された領地だが、表向きは寄進したことになっている。できれば避けたいであろう話題を真っ先に持ってくるあたり、この青年なかなか面白い。
「非常に良い土地を寄進して頂き、マルデガル魔術学院は大変感謝しております。こちらが学院長からの感状です」
「ああ、それはありがとうございます。大切にします」
この手の書状は通常はただの紙切れだが、場合によっては命の引換券にもなる。ギュレーは書状を開封して読み、父親に手渡す。
「いかがです、父上?」
「そうだな……」
何気ないやりとりだが、昨日の2人の会話を盗み見ている俺はおかしくてしょうがない。
しかし今の俺はただの17歳の小僧、学院長の使い走りだ。何も知っているはずはないので、知らん顔をしておく。
ギュレーは俺に向き直り、こう言った。
「当家は今後とも王室に忠誠を誓います。若輩の身ではありますが、このギュレーの忠誠を受け取って頂きますよう、陛下にお伝えください」
俺は魔術学院の一生徒の身分で、王室とは直接関係ないことになってるんだがな。
とはいえ先日、ここに国王のリアルタイム映像を映し出したのは俺だ。国王直属の密使だと思われているんだろう。あながち間違いでもない。
仕方ないので俺はうなずく。
「学院長を通じて、必ずお伝えいたします。ところで」
俺はビアジュ家に釘を刺しておくことも忘れなかった。
「焼き菓子の件は、お伝えしなくてもよろしいのですか?」
「焼き菓子?」
ギュレーは首を傾げる。『偽証』の術に反応していないので、本当に知らないんだろう。
一方、先代はギョッとした顔になった。まだ何も言っていないのに、こっちは『偽証』の術に反応している。相当慌てているな。
息子のギュレーは父親の方を振り返り、そして溜息をつく。
「父上?」
「う、うむ。いや、うん。……その件は私からジン殿に話そう。お前は退席しなさい」
「僕は当主ですよ?」
「いいから、いいから」
先代は強引に息子を部屋から追い出すと、ドアを閉めて俺を振り返る。
「リープラント家の件か?」
「そうだ。ビアジュ家との間で焼き菓子の交換を頻繁に行っているな?」
俺が先代をじっと見つめると、彼は真っ青になって額に脂汗を浮かべた。
「リープラント家とは私の祖父の代から親しくしているのだ。焼き菓子を贈ったぐらいで咎められる筋合いはあるまい」
確かにその通りだが、俺はニヤリと笑う。
「リープラント家からの焼き菓子はどんな『味』だった?」
「ぬ……」
先代がうめく。もうバレてるんだぞ。あきらめて白状してしまえ。
俺はもう一押しする。
「貴家が『甘酸っぱい』焼き菓子を我が学院に贈ってくれるのなら、我が学院も同じ味の焼き菓子を贈る。学院長はそう仰せだ」
「『味文』の解読までご存じか。さすがは大賢者ゼファーよ……」
兄弟子の株が本人も知らないところで上がっていくのが楽しい。この遊び方はアリだな。
先代はしばらく額を押さえていたが、とうとう溜息をついた。
「祖父とリープラント家には申し訳ないが、もはやここまでか……」
俺に向き直ったビアジュ家の先代当主は、覚悟を決めた表情をしていた。
「ジン殿、領主同士の義理は王室への忠義と同じ重さを持つ。決して先日の沙汰に不満あってのことではない。それは理解してくれ」
勝手な言い分にも聞こえたが、皆それぞれに立場がある。俺はうなずいた。
「サフィーデ貴族の不文律は承知している。陛下もそれについては何も言うまい。だが、このままではビアジュ家は終わりだぞ」
「わかっている。だから全てを話そう」
先代は髪を撫でつける。心なしか、前に会ったときより白髪が増えていた。
「リープラント家は街道筋の小領主だが、交易や宿場の経営で資金を持っている。それに人脈が豊かだ。その人脈のひとつに、縁戚のデギオン家がある」
「城持ちの大領主だな」
「そうだ。南東部でデギオン公に逆らえる者はおらん。そのデギオン公がベオグランツ帝国と内通し、謀反を画策しているそうだ。リープラント家から誘いがあった」
つまりリープラント家はデギオン公の謀反に協力するつもりで、あちこちに声をかけているということだな。人脈が豊富だとしたら、声をかけているのはビアジュ家だけとは思えない。
先代は言葉を続ける。
「お前も知っているように、当家は『謀反には加担しない』と、はっきり断った」
「そうだな」
実は知らなかったのだが、そういうことにしておく。『偽証』の術にも反応はない。
「ただ、リープラント家との付き合いは長い。謀反の企てを王室に密告すれば、当家はサフィーデ貴族の誇りも持たぬ卑怯者とそしられよう」
ここの領主たちは王室との縦のつながりと同じぐらい、領主同士の横のつながりも重視している。
するとマリエが念話で疑問を投げかけてきた。
『よくわからない理屈ね』
『はっきり言ってしまえば、王室が頼りにならないのが悪いんだ。領主間で揉め事が起きたとき、王室に仲裁してもらうよりも、当事者同士で話し合う方が早いからな』
農地や用水路をめぐってトラブルが起きるのは日常茶飯事なので、その都度王室に助けを求めていたらやっていけないだろう。
だから近隣の領主とは良好な関係を築いておかないといけない。
とにかくだいたいの事情はわかった。俺は先代に言う。
「それで貴家はどうするつもりだ。ここまで俺に白状した以上、もう王室側につくしかないぞ。それとも王室に密告だけして、後は知らん顔を決め込むのか?」
「それはギュレーが決めることだ。私はもう隠居だからな」
「わかった。ではギュレー殿と相談する。ビアジュ家が不利にならないよう、魔術学院が王室に取りなそう」
俺がそう言うと、先代は少し驚いたような顔をした。それから寂しげな笑みを浮かべ、小さくうなずく。
「そうだな……。そうしてもらえれば助かる。息子を呼んでこよう」
彼は俺に一礼すると、部屋から退出した。
彼を政治の表舞台で見ることはもうないだろうなと、俺は何となく思った。
良い隠居生活を。




