第58話「裏切りの味」
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タロ・カジャに手伝わせて、俺はビアジュ家の動向を改めて洗い出す。
そして夜遅くには、俺の疑念は確信に変わっていた。
「先代当主が何か隠し事をしているな」
「断言できるの?」
マリエの問いに、俺は小さくうなずく。
「ジロ・カジャが集めた記録の中に、いくつか不審なものがあった。例えばこれだ」
俺は空間に投影された映像を指し示す。
「街道沿いの領主であるリープラント家と、最近は数日おきに贈り物を交換している。中身はただの焼き菓子だが、毎回ほぼ同じものだ。これじゃ飽きるだろう」
マリエは首を傾げた。
「貴族が贈り物好きなのは普通でしょう? あの人たち、贈り物で財力を誇示したり人脈を作ったりするもの」
「そう、人脈を作ったりするよな」
俺はうなずく。
「俺の郷里のゼオガには、贈り物に裏の意味を持たせる風習があった。色や形、材料などの組み合わせでな」
といっても贈答品などと無縁の幼少期にゼオガは滅亡してしまったので、俺も詳しくは知らない。
「例えば赤は強い魔除けの色で、白は聖なる色とされた。そして米には神の力が宿るとされたので、紅白の餅はお祝いの定番だったな」
全く同じ風習が遥か遠い『神世』の世界にも伝わっている。例のニッポンという国だ。
どうも不思議な気がするが、穀物信仰や色へのイメージは本能的なものだ。共通していても不思議ではない。……いや、やはり不思議だ。
「だからもし祝いたくない場合は、別の色の餅を贈ればいい。贈り物だから受け取らない訳にもいかないが、相手は嫌な気分になるだろう」
「面白いわね、今度やってみようかしら」
誰にやる気だ。
「さて、それよりもリープラント家とビアジュ家を飛び交う焼き菓子の件だ。タロ・カジャよ、該当する項目を全て『書庫』で検索せよ。お前の実力を見せてやれ」
「めんどくさいですけど、あのバカにオリジナルの実力を見せる好機ですね」
ぶつくさ言いながらも、妙に張り切って検索するタロ・カジャ。すぐに検索結果が出る。
「あるじどの、検索結果を送ります」
「ふむ。『味文』か」
伝統あるサフィーデの貴族社会には、味を暗号にする風習があるらしい。見た目ではわからないので、食べた人たちにだけ情報が伝わるという訳だ。証拠も残らない。
「味の組み合わせでいくつかの定型文を作れるようだ。例えば『甘酸っぱい』だと『あなたに良い印象を抱いている』になる。『しょっぱくて酸っぱい』だと正反対の意味だ」
「あら面白そう」
マリエは目を輝かせる。
「ねえ、今度やってみない?」
「いやいい、手間がかかるだけだ。ところでジロ・カジャ」
俺が視線を向けると、白猫の使い魔は心なしか小さくなっていた。
「すみません、贈答品の味まではチェックしてません……。官能検査は使い魔が最も苦手とするところですし……」
「命じなかったのは俺だから、お前が言い訳せんでもよい。なるほど、人間の方がまだ一枚上手だな」
逆に安心してしまうな。
「ではジロ・カジャよ。次のやりとりの際には贈り物を誰が食べたかを最優先で監視せよ。できれば味もな」
「はいっ! がんばります!」
シャキッとするジロ・カジャ。
しかし本当に重要な情報は既に手に入れている。
贈答品が本当に秘密の暗号なら、内容も察しがつく。絶対に公にできない類の密談、つまりは謀反の相談だろう。
「ゼファーに報告しておくか。おお、そうだ」
俺は立ち上がると、窓の外を見る。
「王室の密偵たちにも知らせておくか。教えないのも意地が悪かろう」
「ああ、スピネドールのお守りの人たちね」
「いくら秘密とはいえ、王姉令息の護衛が2人だけということはないだろうからな。街道筋に交代要員や連絡員がいるはずだ」
とはいえ、ゼファーから王室に連絡が入る方が遥かに早い。『念話』の前には早馬も伝書鳩も旧時代の遺物だ。
スピネドールの護衛たちは、村はずれの空き家に宿泊していた。王室はシュナン村が荘園になった直後、密かに拠点を作っていたようだ。あの王様も侮れないな。
俺の連絡を受けて、護衛の片方が大急ぎで飛び出していった。
さて、これで王室も動くだろう。
問題はビアジュ家の出方だな。マリエが不安そうにしている。
「ユナたちは大丈夫かしら? あの子たちを巻き込む訳にはいかないわよ」
「もちろんだ。だがビアジュ家はまだ動くまい」
俺は事前詠唱している術を入れ替えながらうなずく。準備状態になっている術が増えすぎると、相互に干渉して予期せぬ誤作動を起こすことがある。術をどれだけ増やしても、俺の脳はひとつだ。
マリエはまだ不安そうだ。
「でも今なら、王室に仇なす絶好の機会よ? 国王の甥であるスピネドールまで旧ビアジュ領にいるんだし」
「それぐらいでは謀反は起こせん。今度露見すれば一族皆殺しだ。絶対に失敗できない以上、まずは兵を整える」
ビアジュ家の即応戦力はせいぜい数十人。お抱えの衛士や、各村の郷士とその郎党たちだ。農民兵を動員しても100か200が限界だろう。王室なら片手でひねり潰せる。
「ビアジュ家だけでは何もできんから、傭兵や他家の援軍が頼りだ。だが傭兵を集めていれば、ジロ・カジャがすぐに気づく」
「ということは他家ね。焼き菓子を交換してる……リープラント家でしたっけ?」
「ああ。もっともリープラント家も小領主だ。多数の傭兵を雇っている訳でもない。両家の軍勢を集めても500そこらかな?」
王室直属のどの騎士団でも、その程度なら単独で鎮圧できるだろう。この近くの王室直轄地にも騎士団がひとつあったはずだ。
「だが問題は、そのリープラント家からさらに人脈が伸びていた場合だな。リープラント家は監視対象外だ。そこから有力諸侯に密約があったとしても、俺にはわからん」
「安全とは言い切れない訳ね」
マリエが難しい顔をしている。何かあれば全員まとめて転移魔法で脱出できるので深く考えていなかったが、確かに安全とは言い切れない。
「少々面倒だが、ビアジュ家の問題を解決してしまおう。俺が現当主に挨拶してくる」
「私も行くわ」
「お前は子供たちの護衛を頼む。俺は先代を詰問しに行ったから警戒されているが、お前は警戒されていない。護衛は目立たない方がいい」
「あら、じゃあ何かあれば久しぶりに暴れるわね」
「俺は目立つなと言っているんだ」
「あなたが言うの、それ?」
どういう意味だ。
そして翌日。
俺はシュナン村の郷士を通じて、ビアジュ家に挨拶に行く旨を伝える。
『ジロ・カジャよ、どうだ?』
俺がビアジュ家の監視任務中の使い魔に念話で呼びかけると、すぐに回線が開いた。
『はいはいっ、こちらジロ・カジャです! 中継しますねっ!』
『どれどれ』
俺が見たのは、執務室で押し問答をしている2人の男性だった。片方は先代当主、もう片方は若いから現当主だろう。顔がよく似ている。
『父上、マルデガル魔術学院の特使が来るようです。名前はスバル・ジン』
『うぬぬ……やはり監視されていたか』
すると現当主が不審そうに眉を寄せる。
『父上、まさかとは思いますが』
『いや待て、誤解だ。声が大きい』
先代が慌てた様子で、息子をなだめる。家督を譲った今は、ビアジュ家の全権は息子が握っている。
『実はその……リープラント家から少々な』
『少々どうだというのです? 僕の目の届かないところで、勝手なことをされては困りますよ』
『いやだから誤解だ。私は誘いには応じていない。全てお断りしておる』
先代の言葉に現当主が首を傾げた。
『何の誘いです? まさか謀反ではないでしょうね?』
『……その、うむ。まさかなのだ』
『父上!』
現当主が大声を出すと、先代は慌てる。
『声が大きい。そう気色ばむものではない』
『謀反を持ちかけられたときは、速やかに王室に報告するのが義務でしょう!? いくら断ったとはいえ、王室への報告義務を怠ったとあれば処罰は免れませんよ!』
ビアジュ家は帝国に協力した前科があるから、今度何かあれば改易どころでは済まないだろう。現当主もそれはわかっているから、激しく詰問しているようだ。
『父上、今からでも遅くはありません。王室に報告しましょう。魔術学院の特使に書状を渡せばすぐです』
だが先代は困ったように首を横に振る。
『いかんいかん、それではリープラント家はどうなる? 当家を信頼して重大な秘密を打ち明けてくれたのだぞ?』
『これ以上、身内に謀反人を増やしたくはありませんよ! 父上おひとりでたくさんです!』
この息子、結構言うなあ。父親が困り果てている。
先代は領地の一部を没収されてしまった負い目があるからか、息子に強く出られないようだ。
『しかしだな、リープラント家はデギオン公の親戚だ。この陰謀にはデギオン公も加担している』
すぐさま、ジロ・カジャが必要な情報を補足する。
『デギオン家はサフィーデ南東部に領地を持つ大貴族です。城を1つ所有しています』
『城持ち貴族か、厄介だな』
こんな田舎領主の城館と違い、本格的な城は簡単には攻め落とせない。攻城兵器や大規模な軍勢が必要になる。
そして城を持っているような貴族の場合、財力も政治力も相応に高い。
「うーむ。思わぬところで陰謀の芽を見つけてしまったな」
俺がうなると隣にいたマリエが溜息をついた。
「どうせこれもベオグランツ帝国の仕業でしょ」
「そうかも知れないな。戦場での戦争が休止になれば、戦場の外で戦争が始まる」
厄介だが早めに何とかしないとまずいな。




