第49話「王室の裁き」
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俺はサフィーデ王国の南東部の領主、ビアジュ家を訪問していた。
「マルデガル魔術学院より、ゼファー学院長の代理として参りました。特待生首席のスバル・ジンと申します」
シュバルディン教官長という肩書きもあるにはあるが、この見た目じゃ信じてもらえないだろう。
幻術で偽装する手もあったが、俺は本職の幻術師ではないので極力避けたい。
俺はビアジュ家当主のおっさんに用件を伝える。
「先日、我が学院に侵入を試みた集団がおりました。その中に卒業生のミザイアによく似た人物がおり、身元調査を行ったところ貴家に奉公していることが判明した次第です」
当主のおっさんは俺をじっと見ている。無表情だが、カジャからの報告で彼の心拍が上昇しているのがわかった。
「ジン殿、その侵入者は自分がミザイアだと名乗ったのか?」
「いいえ。発見時に他の侵入者によって毒殺されました」
これは嘘だが、ミザイアは表向き死んだことにしておかないと危険だ。そうしないとベオグランツ帝国は口封じのため、彼女を狙い続けるだろう。
ミザイアは俺の作った魔術紋を解除する方法を知っているが、これは『書庫』の技術がなければ無理だ。帝国にとっては、彼女がサフィーデ側で生存していると非常に都合が悪い。
当主のおっさんは少しホッとした表情を浮かべる。
「確かに当家ではミザイアという魔術師を雇っていたが、少し前に職を辞しておる」
「今はどちらに?」
「わからん。領内にはおらんようだ」
こいつ、いい度胸してるな。ミザイアが死んだと聞き、これ幸いとばかりにしらばっくれるつもりらしい。
俺は重ねて問う。
「では、我が学院が捕らえたミザイアは偽者だと?」
「さあな。どちらにせよ、当家には関係のないことだ。ビアジュ家は由緒ある名門、そのような盗賊まがいの連中とは関わりがない」
するとカジャが姿を隠したまま、念話で質問してくる。
『名門の定義とは何ですか、あるじどの?』
『難しいな。ビアジュ家は確かに古い大貴族の家系だが、分家筋だ。ビアジュ本家が何代か前にここを飛び地として拝領したとき、次男に相続させたのが家の興りでな』
本家も含めれば確かに歴史ある家だが、本家とは既に縁が切れて別の家として認識されている。だから家格はそんなに高くない。そして領地も小さい。
『ただここは隣国との交易で儲けているので、同規模の領主よりは潤っていた』
『過去形なんですか?』
『今はその隣国と実質的に戦争中で、国境が封鎖されているからな』
『ああ、竜茨……』
ベオグランツの火薬や優れた工芸品を仕入れて、王都や北部で高く売る。これがビアジュ家の主な収入源だ。国境に近い領主はこういう稼ぎ方ができる。
それが今はできないので、ビアジュ家はサフィーデ王室に対して相当な不満を溜め込んでいるはずだ。
だからといって自分の国を裏切っていいはずはないのだが、サフィーデのように中央集権が進んでいない国では領主は小さな国王だ。自分の領地を国全体より優先しても、それは恥ずべきことではないとされる。
だから俺は彼が敵方と内通していたことを責める気はなかったが、別のことで腹を立てていた。
「ではビアジュ家はベオグランツ帝国と内通し、ミザイアを密偵として差し向けた訳ではないのですね?」
「もちろんだ。そのようなことがあるはずがない」
領主ともなれば腹芸の類は相当に手慣れており、この程度の弱小領主も例外ではない。彼らは組織の統率者であり、経営者だ。
ただ、それも魔法の前では大した意味を持たない。
『あるじどの、偽証の魔法が反応してますよ』
『わかっている。念話の中継はできているな?』
『はい。念のために5拍(秒)の遅延を入れて、王都イ・オ・ヨルデまで映像を中継してます』
ではこれで俺の仕事は終わりだ。
『遅延を解除しろ。双方向通信を開始する』
『了解しました。あるじどの、王都のマリアム様からリアルタイム送信です』
俺は客間の壁に映像を投影する。
映し出されたのは王宮の玉座だ。国王が険しい表情でこちらを見ている。
『ビアジュよ、どうやら最後の救済の機会を自ら逸したようだな』
「へ、陛下!? これはいったい、どのような……はっ!?」
ビアジュ家の当主は、目の前にいる俺が魔術師だということを改めて認識したらしい。
それに構わず、国王は厳しい口調で告げる。
『国境地帯にある貴家がベオグランツの誘惑に応じてしまうのも、この情勢を鑑みれば無理からぬことではある。それは余の力不足として認めよう。だが』
国王は従卒から宝剣を受け取ると、それを抜いて軽く払った。国王が臣下を厳罰に処すときの伝統だ。
『王室の財産であるマルデガル魔術学院に密偵を送り込み、そしてその事実を認めず謝罪もせぬのであれば、そなたに未だ叛意ありと認めざるを得ぬ』
「お、お待ちください陛下! 私はそのようなことはしておりません!」
見苦しいぞお前。俺は言ってやる。
「ミザイアは死ぬ間際、ビアジュ家当主の命に従ったことを自白している。他の密偵も捕らえ、魔術で記憶を吸い出した。もはや言い逃れはできんぞ」
ビアジュ家当主のおっさんは、ぎょっとした表情で俺を振り返った。
「だ……騙したのか!?」
「最初に騙したのはお前だ」
俺は雷震槍を杖形態から槍形態へと変化させると、放電する穂先を彼に向けた。
「忠義の家臣を使い捨てにする恥知らずめ」
「ま、待ってくれ! 誰か、誰かおらぬか! 狼藉者だ!」
「誰も来ねえよ、みんな『誘眠』の術で寝てる」
おかげでお茶の1杯も出てこなかったので少し困った。
国王は統治者の威厳をもって、厳かに命じた。
『まず最初に、おぬし個人に対する沙汰だ。サフィーデ王室はそなたに隠居を命じる』
「ひいっ!?……え?」
怯えた表情から一転して、おっさんは不思議そうな顔をした。
「隠居……で、ございますか?」
『左様、嫡子に家督を譲って引退せよ。今回に限り、その首は預けておく』
国王は不満そうに鼻を鳴らすと、宝剣を鞘に納めた。
王室に対して叛意を抱いているのは、おそらくビアジュ家だけではない。国境地帯の領主の多くが不安や不満を抱いているはずだ。
ここでビアジュ家に苛烈な処罰をすると、国境地帯の領主たちがどう動くかわからなかった。もしかしたら良い見せしめになるかもしれないが、雪崩をうって帝国に寝返るかもしれない。
今はとにかく平穏を保つ必要があるので、国王は穏健策を選んだ。
『続いて、貴家に対する沙汰である。本来ならば改易に処すところだが』
そう言った後、国王は渋い顔をした。
『マルデガル魔術学院への侵入は未遂であり、学院側も重い処罰は求めておらぬ。所領のうちシュナンとビボークの2村を学院に寄進すれば、全て不問としよう』
「減封でございますか……」
『いいや、寄進だ。貴家は王室と学院に敬意を示し、魔術の発展を願って所領を寄進した。まことの忠臣である。誰が貴家を裁けようか?』
王様が邪悪な笑みを浮かべていらっしゃる。腐っても国王だけあって、腹芸も弱小領主なんぞとはレベルが違う。
ビアジュ家は10余りの農村と、それらを取り囲む山林を所有している。そのうちの2村を没収し、学院の荘園とする。
税収はあんまり期待できないが、この荘園はビアジュ家を監視する役割も兼ねている。ついでに戦技研究にも使わせてもらおう。
交易ができないのに領地まで減らされてビアジュ家の跡継ぎは大変だな。
しかし今回は「減封」という処罰ではなく、むしろ名誉とされる「寄進」だ。ビアジュ家の家名に傷はつかないので、それで我慢してもらおう。
ビアジュ家当主のおっさんはしばらく脂汗を流しながら映像と俺を見比べていたが、とうとう最後にがっくりとうなだれた。
「全て陛下の仰せのままに……。御温情に感謝いたします」
『次はないぞ、心しておけ』
国王は重々しく告げた後、こちらを向いて機嫌良く言った。
『しかしこの念話とやら、実に見事な術だな。これほどの秘術、なぜ今まで世に知られていなかったのか不思議でならぬ。もっと早くに知りたかったぞ』
俺は雷震槍を納めながら、適当にごまかしておく。
「ゼオガの古い諺に『銃兵の矢、弓兵の弾』というものがあります。自分の持っているものにどれだけの価値があるのか、自分の価値観ではなかなか正確に理解できないものです」
『なるほど、確かにそれは道理だ。ジンよ、そなたは若いのに実に知恵者だな』
「恐れ入ります」
若くはないんだよな。
「それよりも陛下、我が学友たちの実力はいかがですか?」
『おお、マリエの実力は確かに見た。街道筋で中継を担当した生徒たちも見事である。王宮で慰労の宴を開き、若き魔術師たちをねぎらいたい』
そりゃ良かった。駆り出されたトッシュたちが喜ぶぞ。
俺たちマルデガル魔術学院の魔術師は王都とビアジュ領を念話で繋ぎ、リアルタイムの双方向通信を行った。
本来なら書状の往復やらビアジュ家当主の招集やらで何日も……下手すれば何ヶ月もかかる案件だが、国王とビアジュ家当主を対面させたので1日で片付いた。
国王はこの新技術が既に実用レベルに達していることを実感し、非常に興味を持ったようだ。
『魔術師は火の球など飛ばさずとも、魔術師にしかできない技で立派に活躍できる。むしろ戦で失わせては惜しい。これは王国の宝だ』
「同感です、陛下」
これでまた、俺たちの企みが楽になるぞ。