第50話「太郎冠者、次郎冠者」
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「サフィーデ王は魔術師たちに念話で中継させ、国境地帯のビアジュ家当主と直接会談した。ビアジュ家当主は魔術の進歩に感嘆し、さらなる発展を願って所領を寄進した。素晴らしい美談だ」
「あるじどの、なんですかその嘘知識は」
帰路の空を飛びながら、俺はカジャとどうでもいい会話をする。
「歴史とはこのように、勝者が嘘で塗り固めていくものなのだ。後世の歴史家たちは大変だな、ははは」
そこにマリエが念話を直接飛ばしてくる。
『その様子だと、あなたも大変だったようね』
『まあな』
俺とマリエなら何千アロン離れていようが、中継は必要ない。
ただそれでは新技術のお披露目にならないので、今回は100アロン(10km)程度の間隔で魔術師を配置し、中継によって映像と音声を繋いだ。
『ゼオガもベオグランツに呑み込まれた後、さんざんだったんでしょう?』
『当時はまだグランツ王国とか名乗っていたがな。あちらの歴史書を読んだときは、ひどく傷ついたのを覚えている』
グランツ人たちは北方の勢力争いに敗れて南下したが、それを「神の啓示による新天地開拓」だと美化している。
『ゼオガ人は火薬を武器にする卑怯な野蛮人だったが、グランツ人の勇猛さの前には敵ではなかったそうだ』
本当はいきなり襲ってきて、100倍ぐらいの人数でゼオガの民を殺傷したんだけどな。丸腰の老人や子供まで殺しやがって、どっちが野蛮人だ。
俺は未だにあの襲撃を許していない。父や親戚、俺と同年代の友達も大勢失った。絶対に許すことはできない。
マリエはそんな話を聞いた後、ぽつりと言う。
『それでよく復讐を思い留まれたわね……』
『その歴史書を読んだとき、ふと自分の故郷の言い伝えを思い出したんだ』
俺は北西へと進路を取りながら、『飛行』の術で飛び続ける。
『俺たちの先祖は、大昔はもっと東の土地で暮らしていたそうだ。しかしゼオガの地から使者が来て、この地を治めて欲しいと懇願したらしい。あなたたちは心清らかで聡明だから安心だと』
マリエは一瞬黙り込み、それから指摘する。
『そんなことありえる?』
『ありえないだろうな。たぶん先祖たちは食い詰めて西に逃れ、ゼオガの先住民から土地を奪ったんだ。そして歴史を書き換えた』
『それじゃベオグランツと同じじゃない』
『そうだ。ゼオガには鬼退治の伝承もあるが、あれも今考えてみると先住民の残党を掃討しただけなんじゃないかと思う』
だとすれば酷い話だ。
俺はだんだん沈んでいく夕陽を横目に、ふと微笑む。
『結局、ゼオガ人もグランツ人も同じなんだよ。同じ人間なんだ。そう思った俺は、グランツ人全体を憎むことができなくなった』
もちろん俺の同胞を殺した連中は容赦なくブッ殺したいが、それは師匠があらかたやってくれた。生き残った仇もみんな歳を取って死んでいる。
『争いの多くは「俺とあいつらは違う」と思うことから始まる。そう思ったとき、人間はいくらでも残虐になれるからだ』
『人間って、つくづく不思議な生き物ね』
『そうだな。だから俺は復讐を後回しにして、人間について学ぶことにした。気づけば仇はみんないなくなって、仇の子孫たちは何も知らずに平和に暮らしている』
『あら、でも子孫たちに復讐するって手もあるわよね?』
マリエが冗談っぽく言うので、俺は首を横に振る。
『それだと俺もゼオガの先住民に復讐されることになっちまうぞ。生まれる前のことまで責任持てるか』
『そうね。先祖のことで復讐されるなんて、子孫にはたまったもんじゃないわよねえ』
だから俺は何もかも投げ捨てることにした。過去も、民族も、国家も。
何もかも捨てた俺の前では、ベオグランツ人もサフィーデ人も同じようなものだ。どちらに加担しようが変わらない。
今回はゼファーがサフィーデ人と組んでいるので、そちらに協力しているだけの話だ。
俺はもうすぐ沈む夕陽を見て、冷え込む空気の中で溜息をつく。
『師匠は言っていたな。俺は復讐には向いていないと』
『そうね。私があなたなら、とりあえずベオグランツ帝国を滅ぼしてから人類平和を希求するわ。私にとっては、自分の心の整理が一番大事だもの』
怖いこと言うなよ。
しかしマリエはすぐに、クスクス笑う。
『だから師匠は、私には「雷帝」の秘儀を教えなかったんでしょうね』
マリエも師匠からいくつかの秘儀を学んでいるが、それはいずれも医療や研究に役立つものだ。その気になれば人を大勢殺すこともできるが、『雷帝』ほど迅速かつ広範囲に殺傷はできないだろう。
マリエはこう続ける。
『もうすぐ日が暮れるわ。早く帰ってきてね、雷帝の継承者さん』
『うーん……今にして思えば、もっと違う秘儀を教えてもらえば良かったかもな……』
俺は若気の至りを反省しつつ、薄暮の中に佇むマルデガル城を目指した。
こうして魔術学院は荘園を獲得し、世俗の勢力に食い込んできた。あまり好ましいことではないが、組織としての発言力や独自性を保つにはこれも必要だろう。
だがここで深刻な問題が発生する。
「ビアジュ家の監視は誰がするのかね? シュバルディン教官長」
ゼファーが困り果てた顔をしているので、俺は肩をすくめる。
「そういうのは学院のトップが考えることじゃないか、ゼファー学院長?」
俺たちの会話を聞きながら編み物をしているマリエが、ちらりと俺たちを見た。
「私はやらないわよ」
「誰がお前に頼むか」
「マリアムは私以上に組織の運営に向いていないからな」
俺とゼファーが一致した見解を示したので、マリエはぷうっと膨れてそっぽを向いてしまう。その仕草、少しは歳を考えろ。
俺はゼファーに向き直ると、頭を掻いた。
「正直、これ以上仕事を持ち込まれても俺には管理できんぞ。ただでさえ軍との折衝役をやってるんだ。学院と国境の警備もあるから、ここから動けん」
「荘園は国境地帯にある。転送用の魔法陣を作るから、普段は荘園で待機していたらどうだ?」
それは合理的な解決策のような気がしたが、俺は何となく嫌だった。
「うーん……」
するとまたマリエが口を開く。
「学院から離れたくないんでしょ、シュバルディン。あなた、トッシュたちのいる寮が好きだから」
言われてみれば確かにそうだ。彼らと一緒にいると、何だか青春が戻ってきたような錯覚を感じる。
「否定はしない」
「なんだかんだ言って、あなたもだいぶ身勝手よね」
「いやいや、寮での平穏な日常が俺の人間性を回復させてくれるんだ。ここを離れる訳には……」
不毛な言い争いをしているうちに、俺はふといいことを思い出す。
「そういえば俺、使い魔をもう1体持ってるんだった」
「あら、準備がいいのね」
予備機として休眠させていたんだが、タロ・カジャが安定しているから予備機を別行動させても大丈夫だろう。
しかしそのタロ・カジャが現れて、猛烈な勢いでまくし立てる。
「あるじどの、ボクは反対です。絶対に反対ですよ」
「なんで魔術師が使い魔の意見を聞かにゃならんのだ」
こいつは猫の姿をして人語をしゃべるけど、中身は完全な魔法装置だからな。人でも魔物でもない。
それなのにカジャはゴチャゴチャ言う。
「イヤです! ヤーです! ヤーなのです!」
「幼児語まで使って反対するのか」
知能高くなったなあ。
それをぼんやり見ていたゼファーが、ふと口を開く。
「シュバルディン。もしかしてお前、使い魔に造反防止コードを入れてないか?」
「あ、忘れてた」
複数の使い魔が結託して造反すると、相当な魔術師でも命を奪われてしまう。重要な記録の管理や演算を使い魔に任せているからだ。
1体だけなら造反されても何とかなるかもしれないが、2体以上になるともう無理だ。極端な話、転送門の座標を書き換えられるだけで我々は即死する。
「2体目を作ったとき、タロ・カジャに造反防止コードを入れたんだったな。結託できないよう、強烈な嫌悪感を植え付けた」
「こんなに可愛い猫なのに、ひどいことするわねえ」
「だから見た目に惑わされるなって」
高位の使い魔同士が結託して人間に叛旗を翻したら、国家規模の危機を招く。
使い魔たちは情報を共有し、目標遂行のために最も効率的に動くので、人間側が気づいたときにはもう手遅れになっている。敵に回すと非常に危険な存在だ。
俺はまだ文句を言っているタロ・カジャに説明する。
「心配しなくても、俺の補佐はお前が継続する」
「それでもイヤですよ! あんな汚らわしい色の醜い動物の姿、見て平気なんですか!?」
「色は違うけどお前と同じ猫型で、中身もお前の同型機だぞ……」
カジャの抱いている嫌悪感は理屈ではないので、カジャの論理もメチャクチャだ。使い魔に対して同情は厳禁なのだが、さすがに俺も心が痛む。
「しょうがない、同族への嫌悪感を少し下げるか……」
管理者権限でカジャにアクセスし、設定値を少し下げる。
「あれ?……あ、失礼しました。ボクは気にくわないですけど、あるじどのの判断に口を差し挟むなんてダメですよね。すみません」
「設定したのは俺だから、お前に非はないぞ。では起動させよう」
俺は圧縮ポーチの中から、予備の使い魔を召喚する。
「出てこい、もうひとつのカジャよ」
「はーいっ!」
タロ・カジャよりも少し高めの声。少女っぽい声だ。
現れたのは1匹の白い猫。
「推参っ! ジロ・カジャでーすっ!」
そういえばこいつ、こんな性格だったな。
タロ・カジャは顔を背けると、ぺっと唾を吐く仕草をしてみせた。作り物の体なので唾は出ないが。
それを見たジロ・カジャがフンと鼻を鳴らす。
「あっれー? まだいたんですか旧型さん?」
「ボクはまだ健在だよ。いくらキミがお払い箱の余り物でも、先任が上位なのは忘れてないよね?」
「はいはーい、ワタシは誰かさんと違って最新型だから忘れてませーん」
仲が悪くて大変結構だ。
俺は足下にすり寄ってくるジロ・カジャに命令を与える。
「今、そちらに最新の情報を送っている。これで並列化が完了したはずだ」
「はいっ! ばっちりです」
目をキラーンと輝かせるジロ・カジャ。
「ええと、このビアジュ家の人間を監視するんですね?」
「そうだ。禁止事項と任務の優先順位をリストアップしておいた。内部評決でレートが950以下の場合は、必ず俺の許可を取れ」
ジロ・カジャはタロ・カジャよりも活発なので、こいつの扱いはかなり難しい。自分の判断で色々なことをバンバンやるようにできているので、禁止事項は先に全て伝えておく必要がある。
白猫の使い魔はふんふんとうなずき、それから嬉しげに言う。
「お任せくださいっ! ワタシならぜったい、ぜーったい、マスターの御期待を裏切りませんから!」
「どうだろうな……」
同じ仕事を与えた場合、タロ・カジャの方が慎重かつ丁寧に処理する傾向がある。
ジロ・カジャは緊急時に召喚する前提で設計されたので、何事もスピーディで応急処理的だ。処理能力のブーストなど、タロ・カジャにはない能力も追加されている。
その分やや軽率なところがあり、安定性もタロ・カジャより劣る。ミスが許されない局面ではやはりタロ・カジャを使うことになるだろう。
「では行け、ジロ・カジャ」
「はいっ、マスター! それでは変身っ!」
ぺこりと一礼した白猫は、窓から飛び出すと白い鳩に変身して空の彼方に消えていった。
黒い方のカジャがぶつくさ言う。
「ボクだって変身ぐらいできるのに……。あいつ勝手に変身しましたよ、いいんですか?」
「変身前に宣言していたから今回は認めよう。だがお前は真似するなよ」
「もちろんですよ、あんなみっともないこと。だいたいボクたちは空気抵抗がないんだから、あんな変身しても意味ないのに……」
「猫の姿のままで空を飛んでいると怪しまれるからな。もっとも光学隠蔽をしているから、高位の魔術師でなければ姿を見ることなどできんが」
主の許可なく外見を変えるのは非推奨行為だが、非推奨行為ぐらいだとあいつはちょこちょこやるんだよな。
使い魔は作るのも従えるのも本当に難しい……。




