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第45話「侵入者」

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 俺はマリエと2人で図書室を訪れ、のんびりと密談をする。

「サフィーデ王国とベオグランツ帝国は形ばかりの同盟を結び、一時休戦となった。おかげで忙しくて困る」

「休戦したのにこんなに忙しくなってるのが、よくわからないんだけど……」



 マリエが首を傾げるので、俺は説明する。

「いずれまた戦争が始まる。それまでに軍事面や外交面でどれだけ有利な条件を作っておくか。それがサフィーデの、つまりはこの学院の命運を決めるだろう」



 休戦など次の戦争までの準備期間に過ぎない。そして戦争において最も重要なのは準備段階だ。

 というようなことを詳しく説明したのだが、マリエはほとんど興味を示さなかった。



「国家って本当に面倒ね。なんでこんなもの作ってるのかしら」

「そりゃ今さら狩猟採集生活には戻れないからだろ」

 農耕を始めれば自然に集落が生まれ、集落と集落が争いながら国へと発展していく。この流れは止めようがない。



「そういえば軍の基本単位は中隊なんだが、どこの国の軍隊も150人前後で中隊を作るんだ。これは何十万年も続いた狩猟採集時代の名残りを……」

「あなたが人類史に興味あるのは知ってるけど、私が興味あるのは人体なのよ。それも知ってるでしょう?」



 むむう。この妹弟子、本当に可愛くない。

 新入りの頃から可愛くなかったが、ますます可愛くなくなってきた。

 俺は溜息をつき、ワガママな妹弟子に合わせる。



「では建設的な話をしよう。おそらく今後は諜報戦が繰り広げられる。マルデガル魔術学院は重点的に調べられるだろうな」

「物理的な侵入は難しそうだから、その点はこの山城に感謝しないといけないわね」



 魔術師が誘導する浮遊円盤に乗らないと学院には入れない。城だった頃の堅固な城門もあるし、王室直属の衛兵隊も駐留している。

「だが過去の卒業生や、退職した教官たちがいるだろ。特に先日退職した教官たちは俺がシュバルディンだと知っている」



「ゼファーはそういうところ、本当に軽率よね」

「機密という概念を理解しとらんからな、あの研究バカは」

 本人がいないのをいいことに悪口を言いまくってやる。



「だから遅かれ早かれ、俺は狙われるようになるだろう」

「あなたが暗殺されるとは思っていないし、買収されるとも思っていないわ。でも帝国には気をつけてね」

 マリエが微笑むが、俺は苦笑して首を横に振る。



「気をつけないといけないのはサフィーデに対しても同様だ。俺は王室に近づきすぎた。知らないうちに敵を山ほど作っている可能性がある」

「まさか?」

「敵と戦っている最中でも味方同士で殺し合う。それが人間というものだ」



 俺は目を閉じる。

 味方だと信じていた人々に見捨てられ、あるいは敵として襲われる。そんなこともあるのだ。



「こういう厄介事にゼファーを巻き込む訳にはいかん。あいつはこれからもマルデガル魔術学院の長として健在でいてもらわねばな」

「だから厄介事を全部引き受けるつもりなの? 呆れたお人好しね」



 マリエは本気で呆れているようだが、俺は笑い飛ばす。

「根無し草の俺にとっては、国家も民族も蜃気楼のようなものだよ。どう思われようが関係ない。用が終われば旅に出るさ」

「そろそろどこかに腰を落ち着けたら?」



 マリエはそう言い、少し黙ってからこう続けた。

「ここでずっと暮らせばいいじゃない。この学院のこと、結構気に入っているんでしょう?」

「ここを気に入ったからこそ、ここには長居したくない。いずれ俺は揉め事の火種になる。それまでに全て終わらせて出て行かないとな」



 俺がそう言うとマリエは腕組みし、それからぽつりとつぶやく。

「わかったわ。でもそのときは一声かけてね、シュバルディン。約束よ」

「約束しよう」

 そのときは黙って出て行こう。



 次の瞬間、マリエにギロリと睨まれる。

「今、約束したのよね? ゼオガの士族はきちんと約束を守れるのかしら?」

「ああ、うむ。もちろん守るとも」

 いかん、見抜かれてるぞ。面倒くさい妹弟子だな。



 そんなやりとりをした数日後の夜、俺はふと夜中に目を覚ました。

 寮の部屋は静まりかえっている。窓の外は快晴の夜空、だが新月なので月明かりはない。

 あの方法で学院に忍び込むには、ちょうど良い夜だな。



「カジャ」

「はぁぃ、あるじどの」

 睡眠を必要としない使い魔のカジャが、即座に反応する。



 窓を開けると爽やかな夜風が頬を撫でる。東からの季節風だな。ますますちょうどいい。

 ここしばらく天候が荒れていたから尚更だ。

「カジャ、学院周辺の警報紋を再確認してくれ」



「ええと、警戒用魔術紋からの警報はありません」

 カジャがよどみなく答えるが、俺は違和感を覚えていた。

「各警報紋との魔力回線を、それぞれ1万分の1拍(秒)だけ開け」

「えー……わかりました。めんどいな……」



 カジャは嫌そうに返事したが、すぐに緊張感のある声を出す。

「あるじどの、11番と12番の警報紋が応答しません。破壊されています」

「周辺地図を表示しろ」



 学院周辺の地図を確認するが、学院とは谷を挟んだ西側に位置している山だ。

「そう来ると思っていたぞ」

 俺は上着を羽織ると、杖状態の『雷震槍』を手に取る。



「警報紋は破壊されたときも警報を発する。警報もなく破壊されたということは、巧妙に解除されたということだ。動物や自然現象じゃない」

「ええと、じゃあ侵入者ですね。ゼファー様とマリアム様に連絡しますか?」

「頼む」



 するとマリエが寝ぼけた声で『念話』を送ってきた。

『どうしたの、シュバルディン? 深い谷を挟んだ向かい側でしょう?』

『西側のな』

『それが何か関係あるの?』



 むにゃむにゃ声のマリエに、俺は答える。

『これこそが魔術師の盲点でな。俺たち魔術師は普通の人より賢いつもりでいるが、肝心なところが抜けてるんだ』

 実は俺もそんなに警戒していなかったので、これは俺自身への戒めでもある。危なかった。



『ちょっと迎撃してくる』

『ん~? じゃあ私も行くわ……』

 眠そうだけど大丈夫なのかな。


   *   *   *


【侵入者たち】


 険しい山の頂で、黒装束の人影が動いている。夜の闇に完全に紛れており、遠目には動いているのが微かにわかる程度だ。人数はわからない。



 彼らの足下には淡く光る魔法陣があったが、新たに線を書き加えると光がスッと消滅する。

「やったか?」

「言われた通りの方法で警報紋は解除した。気づかれてはいないと思う」

 インクと筆をしまいながら、黒装束の1人が答える。



 別の黒装束が背負っていた荷物を下ろす。一見するとテントのようだったが、組み立てていくと黒い三角形の帆のようになった。同様のものが合計3つ用意される。

「行けるか?」

「行けないと言ったら行かずに済むの?」



 魔法陣を解除した黒装束が皮肉っぽく言い、三角形の帆を背負う。他のメンバーよりも少し小柄だ。

「これも契約を果た……」

「余計なことは言うな、敵地だぞ」

「はいはい」



 肩をすくめた小柄な黒装束に、リーダー格の黒装束が言う。

「城壁を越えたら広場に着陸しろ。十分な広さがあるはずだ」

「言われなくても知ってるっての」



 不機嫌そうな声と共に、小柄な黒装束が言う。

「それよりこれ、本当に大丈夫なの?」

「今さら怖じ気づいたとは言わせんぞ。何より契約……」

「おっと、『余計なことは言うな』でしょ?」



 小柄な黒装束は皮肉っぽく言うと、軽く手を挙げた。

「それより風が落ち着いた」

「よし行け」

 やがて3つの黒い帆が夜空に放たれる。



 向かい風を利用して風上に向かって飛び、するりと城壁を飛び越える。

 そして広場に着陸すると、3人は黒い帆を脱ぎ捨てた。

「うまくいったみたいね」

「俺にとっては、だがな」

 知らない男の声がした。



 ハッとした3人が声の方向を見ると、10代の少年が槍を手にして立っている。さっきまでいなかったはずだ。

 そして彼らは、さらに重大な異変に気づく。



「おい足下!」

「これは!?」

 広場の地面だと思っていたものが、白っぽい床に変わっていた。材質は石のようでもあり、金属のようでもあった。円形で、端は絶壁のようだ。



 少年は槍を構えると、静かな口調で3人に告げる。

「この浮遊円盤は水平、おまけに助走に十分な距離もない。もはや離陸はできん。格子も錠もないが、お前たちは囚われた」



   *   *   *



「捕獲したのか救助したのかよくわからんな……」

 俺は侵入者たちの行動を一部始終見ていたが、あまりに無謀な方法だったので逆に慌てた。

 とりあえず魔法で彼らの認知を歪め、「城壁を飛び越えた」と錯覚させた。後は勝手に着陸するだろうから、この浮遊円盤に着陸させたという訳だ。



「こ、こんな巨大な浮遊円盤がある訳ないだろう!?」

 小柄な黒装束が叫んでいる。この反応、やはり魔術師だな。そしてサフィーデ語が流暢だ。とすれば、学院の卒業生かも知れない。



「浮遊円盤は召喚術の基礎だ。さまざまに応用が利く」

 もっともこいつが何なのか、未だによくわかっていないんだけどな。師匠が別の世界で発見した魔法だが、浮遊円盤の正体はわからなかったと言っていた。



『シュバルディン。その変な飛行道具は何だ?』

 ゼファーが念話で質問してきたので、俺は簡潔に答えておく。

『ハンググライダーだよ。書庫で調べろ』



 この世界にハンググライダーはない。骨格の素材となるアルミニウムをまだ作れないからだ。木では強度が足りないし、鉄は重すぎる。

 浮遊円盤の上に転がっている黒いハンググライダーは、いずれも飛竜の翼の骨を使っているようだ。恐ろしく高価で貴重な物で、こんな用途に使える素材ではない。



『飛竜の骨なんか使ってるとなれば、金と権力のある黒幕に雇われたんだろうな』

『だったらそいつらも油断ならないわね。すぐそっちに行くわ』

 マリエが緊張感のある声で言う。確かに応援はいてくれた方が心強いな。



 さてと、ここにいる3人以外も捕まえたいし、さっさと片付けるか。

「俺を殺せば浮遊円盤が消え、お前たちは全員墜死する。もはや逃げることも戦って血路を切り開くこともできん。わかったら降伏しろ」



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― 新着の感想 ―
[良い点] > 新入りの頃から可愛くなかったが、ますます可愛くなくなってきた。 > 「でも帝国には気をつけてね」 > 「ここでずっと暮らせばいいじゃない」 > 「今、約束したのよね? ゼオガの士族はき…
[一言] ダンバー数ですね。進化心理学の新書で知りました。
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